53. 就労経験はありますか?
「アルス君、こっち」
しばらく歩いて行くと、レーシャと先程会ったマリーの仲間達が見えて来た。
「えっ!? レーシャちゃん……?」
そういえばマリーは幼い頃に何度かレーシャと遊んだ事があったな。僕が師匠の元で修行している間にも、しばしば遊びに来てくれたらしい。
マリーは友人がこんな場所に来ていることに驚いている。彼女もレーシャが魔導士だということは知っている筈だ。
ぴょんぴょんと跳ねながら、レーシャが手を振っているのが見えた。その後ろには数名の研修騎士が見える。
「おお、あれが隊長の兄貴ってのは本当だったのか」
「本当にここに来ていたのですね……」
彼らは僕を珍しい物でも見るように見定めてくる。
僕も兄妹がこんな場所で出くわすなんて思っていなかった。
「レーシャ、お疲れ様。早速で悪いんだけど、マリーにかかった呪いは解呪できる?」
「ああ、変な魔物を倒した時に出るアレだね。任せて」
意気込むと、彼女はマリーの手を取る。
「あ、あの……レーシャちゃん、お久しぶりです」
「うん、久しぶり! しばらく会ってなかったけど、元気だったかな?」
気楽に話しかけながら、彼女は解呪を進めていく。同時に、失われた魔力と体力の回復も施しているようだ。
無論、こんな芸当は一般の人間には出来ない。
神の奇跡……なんて呼ぶほど大層なものではないが、魔力をどこからともなく持ってくるなど到底真似できる事ではない。
「す、すごい……! 魔力が、回復していく……!?」
「はい、これで大丈夫だよ。すっかり動けるようになったでしょ?」
「は、はい! ありがとうございます!」
よし、マリーに呪いなんてものを背負わせている訳にはいかないからな。レーシャが居て助かった。
「しかし、すげえよなその人。俺たちの魔力も回復してくれたし」
「そんな技聞いた事もありませんわ。一体何者なんですの?」
一連の流れを見ていたマリーの仲間達が驚愕する。
少しでも魔術を学んでいる者からしたら信じられない光景なのは間違いない。
「ともかく、これで一段落だ。それで……これからマリー達は報告に戻るのかな?」
「はい、事の仔細は重大であると判断し、応援を要請します。アルスさん達も、ここは危険ですので共に帰還をお願いします」
さっきまでお兄ちゃんと呼んでいたのに、仲間の前ではアルスさんと呼ぶんだな……
(アルス君、奥から嫌な気配を感じるんだけど……どうする?)
(こいつ……頭の中に直接!? そうだね……一旦はマリー達を入口に送って、その後に調べ直そう)
(りょーかい)
「それじゃあ、峡谷の入口に戻ろうか。僕が先導するよ」
「いえ、私が先導します」
「あ、ああ……」
言うや否や、マリーに遮られる。
ここは隊長らしく先導させてあげよう。責任感を持つのは良いことだ。
「それでは、出発します」
急勾配の道を進み、フロンティアの外を目指す。その最中に、例の魔物について考えてみる。
ここに生息する種ではない、合成獣のような魔物。
ただ、人工の装備が無い上に、魔力波から魂が複数継ぎ止められていないことが分かるので合成獣ではない。適当にくっつけられたような感じだ。
個々は竜種に匹敵する戦闘力を持つ。また、倒した際には呪いを付与する呪印が刻まれていた。
呪印が刻まれているということは、何者かがあの生命体を作っているということ。
魔物でも合成獣でもない……奇妙な感覚を覚える。それは着々とここシィーメ峡谷を、世界を侵食しているような気がしてならない。
「──下がれ」
巡り巡る思考を断ち切ると共に、前方を歩いていた騎士の手を引く。飛来したのは、高速のソニックウェーブだった。
「うおお! なんだ!?」
「レーシャ、前方を頼めるかな」
「うん、任せて」
南東から衝撃波を飛ばした魔物が一体、飛翔しながら接近している。そして前方からも同等の邪気がこちらへ向かって来ている。
それにしても、数百メートル離れている地点から攻撃を飛ばせるなど……かなり厄介だな。
とは言っても知性には欠けるようで……遠距離攻撃が可能なアドバンテージがあるのにも関わらず、こちらへ猪突猛進して来ている。
「……彗星の構え」
向かって来るのは、僕を啄まんとする巨鳥。ならば単純に物理を受け流す構えを取る。
遥かなる大空を、黒翼の大鴉が疾走する。ただ真っ直ぐに、殺意をこちらへ向けて。
「はっ!」
鋭利な嘴が僕の身体へと届くその直前。攻撃を逸らし、反撃を叩き込む。魔剣リゲイルを袈裟懸けにし、連撃、牙突。
氷属性を纏う刃は漆黒の体躯を斬り刻む毎に傷口を凍らせ、動きを鈍らせる。そして最後の白刃が魔物を絶命へと導いた。
「死んだな」
……この魔物にも一角獣の角と、毒蛇の鱗がチグハグに混ぜられていた。
レーシャの方を見ると、彼女も魔物を魔術の一撃で沈めていたようだ。出立前の戦闘力に関する憂いは不要だったみたいだ。
……というか、明らかに僕より強い。まあ創世主のアバターなのだから当然と言えば当然なのだが、少し悔しいな。
「おお、凄いです……!」
「マジかよ、アルスさん……あんた強いんだな! 見る目が変わったぜ!」
「は、はあ……それはどうも」
この研修騎士は今まで僕をどんな目で見ていたのだろう? 僕に関する評判が悪いのは知ってるけど……まさか、弱いとまで思われているのか?
個人的な僕へのイメージとしては、強いのに国に尽くさない怠け者みたいな感じかと思ってたんだけど。
「よし、それじゃあ行こうか」
レーシャの掛け声を合図に、一向は再び歩き出す。
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「なあ、アルスさん。なんでそこまで強いのに傭兵なんかしてるんだ?」
さっきの騎士が訪ねて来た。
傭兵なんか、か。きっと騎士こそが最も安定して、栄誉ある職だと教育を受けてきたのだろう。
僕もそうだったし、珍しいことではない。実際騎士の方が安全な上、身も立てられる。
「なんとなく、かな。べつに明確な理由は無いよ。ただ、研修騎士は退屈だなって。……あ、僕の闘いが見たいならリンヴァルスのデュアルフィールドに入場してね。入場料は1500ルアだけど……二十歳以下なら三割引きだよ」
すかさず宣伝もかましておく。
「アルスさんってバトルパフォーマーだったのか……まあ、金が出来たら行ってみるよ。……じゃあ、来年の騎士試験は受けるのか?」
「うーん……分かんない。まあ、受けるなら折角だし選抜戦に残って聖騎士と戦ってみたいものだね」
「アルスさんならいけると思うな。隊長だって聖騎士当確だって言われてるし」
……マリーが聖騎士当確? たしかに、彼女は強いし、活躍も目覚ましいが……現時点では聖騎士ほどでは無いんじゃないかな。二年後の事を見据えているのであれば届き得るかもしれない。
マリーの才能の開花は驚くべきものだ。
僅か五年で上位の騎士にも匹敵する能力を身につけた。剣の才能には恵まれなかったようで、十二歳の時には僕の下を離れて別の人に師事したが、弓の才能はあったようだ。
実際、四歳から約十二年間もの戦闘訓練を積んでいる僕でもハッとする技量だ。さすがマリー。
「うむ……」
「ケード、私語が多いです。任務中ですよ」
その時、隊長から叱責の声が飛んだ。
なぜだか僕も姿勢を正してしまった。しっかり者でえらいぞ。
「お、着いたか」
そうこうしている内に、僕達はシィーメ峡谷の入り口に戻って来たのだった。




