幕間1. 結末
「……終わった、のか」
壊世主の眷属は一斉に消滅し、地上の黒き灰を日の光が消し飛ばす。
アビスハイムは万感の思いと共に杖を下ろした。此度の勝利はまさしく奇跡。どれか一つでも異なるピースが混じっていれば、厄滅を乗り越えることはできなかっただろう。
彼は安堵に思わず倒れそうになるが、まだ王としての責務が残っている。
大きく息を吸い込み号令を。
「──此度の戦、我ら人類の勝利であるっ!」
大歓声が響き渡った。
戦場から、王城から……人々の喜びが聞こえる。天を舞う神々すらも喜悦の咆哮を上げ、勝利と新たなる世界の到来を祝福しているのだ。
この一瞬のために魔導王は戦い続けた。
ただ喜びを民と分かち合う刹那のために。
~・~・~
ルミナの消失を確認したアルスは共鳴を解除する。
彼方ではアビスハイムと共に人々が勝利に打ち震えていた。
周囲を見渡す。かつての王都アビスは暗黒に呑まれ、そしてルミナの消滅と共に崩れ去った。
長き時をかけて築かれた高度な魔導文明も、全てが融解して更地になったのだ。ソレイユの人口も大半が死滅した。残された問題は大きい。しばらくは対処に追われることとなるだろう。
「安らかに」
戦いの犠牲となった人々に祈りを捧げる。
以後、この国はどうなるのだろう。ソレイユとしての形を引き継ぐのか、はたまた新たな国として生まれ変わるのか。それはアルスの与り知るところではない。役目を終えた彼は黙ってこの国を去るべきだ。
「…………」
傍らに立つかつての創世主。
アテルは微笑んで歓喜する人々を眺めていた。これが彼女の見たかった景色なのだろう。
「アテル。君は……どうする?」
これから先、どのように世界を歩くのか。
もはや彼女は主ではない、只人である。今後の生で何を望むのか。
「見届けるよ、新しい世界を。私の因果から巣立った子どもたちがどのような世界を築くのか……未来を心待ちにして」
「きっと面白い未来が待っているよ。二つの主による庇護がないぶん、今までよりも過酷な世界になるかもしれないが……」
「それもまた世界の在り方だ。……うん、ありがとうアルス。ノアによろしくね」
彼女は微笑んで去っていく。
更地になったソレイユを一歩ずつ踏み締めて。
アルスは彼女の後を追うこともなければ、呼び止めることもない。世界へ踏み出すアテルを見届ける。
「アテル。君に祝福を、よき未来を」
遥か昔、アテルがアルスを世界へと送り出したように。
~・~・~
この国で残った建造物は二つ。
ソレイユ王城と半壊したノアの塔のみである。
生き残った民と厄滅に抗った英雄たちはソレイユ王城の広間に集い、魔導王アビスハイムの言葉を待っていた。やがて王が現れ、広間は静まり返る。
「……さて、まずは民に感謝と謝罪を。此度の厄滅を乗り越えるために協力してくれたことに感謝し、そして多くの犠牲を出してしまったことを謝罪する。すまなかった」
王冠を外してアビスハイムは頭を下げる。
しかし彼の謝罪を糾弾する者は誰ひとりとして居なかった。彼が国を率いなければ、ソレイユが滅んでいたことなど誰もが分かっていたから。
「まずはソレイユ王国の未来についての話を。結論から言おう。先代国王アズテールとも話し合い、ソレイユ王国は亡きものとすることになった。我が魔導王朝ソレイユを興してからおよそ五千年、この国は常に誇り高き繁栄と共にあった。しかし此度の厄滅により文明は滅び、国民の大半は亡くなられてしまった。我が興した国は、我が責任をもって滅国する」
仕方ない。
もはやソレイユは国としての体裁を保てていないのだ。
「ソレイユは未だに結界に包まれているが、もしも結界が解除されれば諸外国は驚愕と恐怖に包まれるに違いない。それに侵略してくる不敬な国もあるだろう。故に結界は解除せず、このまま領域を閉ざし続けることにした。ここに集った人々は領域内に残る者、国外へ移住する者の二つに分けられるだろう。我はどちらの選択も尊重する。もちろん、少し結界内で暮らしてみて合わなければ国外へ出てもよい。逆もまた然りだ。全ての責は我が背負う」
住民には国外移住、もしくは帰郷の自由が許されるとのこと。
たとえ民が国外へ出て今回の話を漏らそうが、誰も話を信じようとはしないだろう。それに結界に阻まれて国外の者は侵入できないので、話が事実かどうかを確認する術もない。
「そして……なんだ。我は王位を退く」
アビスハイムが王位を辞退すると聞き、はじめて群衆がざわついた。
この有能な王が民を率いず、誰が率いるというのか。国の再建など彼の力なしにはできないだろう。
不安に駆られる民を安心させるように、アビスハイムは錫杖で地面を叩く。
「待て。王位を退くとは言ったが、我が消えるとは言っていない。この国は王制ではなくなるというだけのこと。つまり……我はお前らと同じ、いち国民となるのだ」
民を率いるのではなく、民に寄り添う生き方をアビスハイムは選択した。
もっと近い場所で彼らの笑顔を見るために。
「外国の協力なしで、そしてこの人数で国を再興するのは骨が折れるだろう。しかし案ずるな。このアビスハイムある限り、栄光は確約されておる。今後は民の一員として国を繁栄させることに貢献しよう」
何はともあれ、アビスハイムがついているのならば不安はない。それにリリスの補佐もある。
厄滅に抗った英雄たちも安心して国を去れるというものだ。
「……よし! 我が伝えたいのはこんなところだが、最後に一つ大切なことを決めねばならぬ。この国の新たな名前だ。我も一晩中考えていたのだがな……こんなのはどうだ?」




