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共鳴アヴェンジホワイト  作者: 朝露ココア
3章 壊れたココロ
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52. 蒼麗騎士

「風よ、穿て!」


 鋭利な豪風が木々の間を駆ける。風の矢は魔物の体躯を抉り、邪気を染み出させる。その威力は凄まじく、通常の魔物であれば即死級の一撃である。


『ピィイイイイイッ!!』


「くっ……!」


「隊長、あの怪鳥……耐久力がとんでもねえ!」


 巨大な鳥の魔物を取り囲む数名の人間。

 魔物の苛烈な攻撃を耐え、連携の取れた動きで戦い続ける。

 彼らの腕章は、二対の翼と炎の刻印。ディオネ神聖王国騎士団の紋章である。


「ライラは右に回り込んで援護を! ケードは負傷者を守って!」


 的確かつ冷静な号令が木霊する。その指示を出す者は、同時に魔法弓を引いて怪鳥と交戦する。

 彼女の矢は全て魔力から構成されており、魔物に対しては特攻……だと言われているが、どういう訳か、眼前の鳥は深手を負っていないようだった。


「さっさとくたばって下さいまし! 旋風(ウェイン)!」


 後方から魔導士が風属性の魔術を放つ。

 木の枝が激しく揺れ、木の葉が舞う。放たれた風は次第に強風となり、風の刃が怪鳥の身体を切り刻まんとする。


『ピイッ!』


「……やはり、あの魔物には魔法障壁が張られている。総員、退却準備! 私達では手に負えない!」


「おい、マリー隊長! このままコイツを放置すんのかよ!?」


「ケード、冷静に考えて。私達ではアレに致命傷すら与えられないの。一旦退却して戦力を集めないといけない」


 ケードと呼ばれた騎士は逡巡を見せたが、諭された末に退却の意思を示す。


「……チッ、分かったよ。で、どうすりゃいい?」


「ありがとう。アレは私が引き受ける、みんなは峡谷の入り口へ退却して!」


 ルフィア王国騎士団研修、第一部隊隊長……マリー・ホワイトはこの場における最善手を考え、実行に移そうとする。しかし、それは己を犠牲にする策であった。

 無論、マリーの力を信頼する他の隊員は彼女が遅れを取るとは考えていない。ただ一つ懸念されるのは、この魔物から逃げた場合に近隣の街に被害が及ぶこと。


「大丈夫……私なら出来る」


 他の隊員の退却を確認し、己を鼓舞して魔物に向き合うマリー。

 今まで、彼女はこうして己を奮い立たせ困難を乗り越えてきた。自身を肯定し、信じることで。たとえ相手が何者であっても……責務を果たすために。


四葉(よつのは)……『魔法弓雨(フェール・リア)』!」


 風を纏い飛び上がると同時、四属性の矢が怪鳥に雨のように降り注ぐ。

 草木は燃え、拡がった炎には水鞭が注がれ、土砂流が巻き起こり、突風が荒れ狂う。

 その連射は絶える事なく、一帯を魔の暴力で支配し続ける。


『ピィ!』


 怪鳥は猛攻に為す術もなく、ただ魔結界を張り巡らせ続ける。一つ一つの矢が魔物に特攻を持つ神能。結界による威力減衰も虚しく魔物の生命は確実に削られていった。


「これで……終わり!」


 隙。そこに放たれた必殺の一矢。

 魔物の体表を穿ち、止めどなく邪気が溢れ出す。

 それは、絶命の報。


『ピ……』


 虚しき断末魔を上げ、動きを止める鳥。


「はぁ……はぁ……勝った……!」


 彼女はまた乗り越える。

 困難を、己の道を阻む者を。


「これで大丈夫かな。一応もっと調べた方が良さそうだけど……魔力も減ってきたし、一旦戻らないと」


 ひとまずの脅威は去ったが、この怪鳥について調べなければならない。特殊な成立過程の魔物か、或いは恒常的に出現する新種か。後者であればこのシィーメ峡谷はより危険な地帯に指定される。


「みんな、大丈夫かな?」


 隊員の身を案じ、戻ろうとしたその時、


「っ……!」


 身体の奥から湧き上がる、鈍痛。これまでに感じた事のない不気味な痛み。身体の底から叩きつけられるようなダメージがマリーを襲った。


「……疲れてるのかな? 早く戻ろう……」


 痛みはすぐに消え、彼女はその原因を自らの疲労によるものだと考える。

 早く帰り、報告しようと往路を戻る。隊員達も待っている筈だ。


「にゃ〜」


「え……? 猫?」


 ふと、彼女の耳をくすぐったのは甘ったるい鳴き声。魔物が闊歩するフロンティアにおいて、その声は世界から切り取られたかのように違和感を感じさせるものであった。


 ガサリ、と茂みが動く。

 そこから顔を出したのは……想像通りの猫である。

 しかし、


「魔物……!?」


 その大きさは尋常ではなかった。それこそ、先程の怪鳥を想起させるような巨躯である。

 加えて目についたのは、ちぐはぐな手脚。前脚は竜種に似た獰猛な爪を持ち、後脚は虎に似た頑強な腱を持っていること。

 先の怪鳥も、大蠍の尾を持つという特徴があった。


「合成獣……にしては、人工の装備が見えない。やはり、この森に何か異変が……」


 異常だ。

 合成獣に似ていて、竜種以上の力を誇る魔物の大量発生。


「……これ以上は」


 戦えない。

 仮に目前の魔物が、先程の魔物と同等の力を持っているとしたら?


「…………負ける、きっと。でも、逃げる?」


 猫はじっとマリーを見つめ、動きを伺っている。

 しかし、殺意を常に発し続けている事が魔物たる証である。


 逃げたくはなかった。だが、彼女は騎士として退かなければならない。この異常事態を報告する為に。


「嫌。逃げるなんて」


 自分は馬鹿だと、改めて彼女は理解する。

 だが。己の誇りにかけて、霓天の家系として、逃げることは許されない。

 五年前、復讐を誓ったあの日から。


「はあっ!」


 先手を取る。

 渾身の一矢を放ち、巨猫の急所を狙う。

 

「ア゛ーーッ!」


 それを振り払い、猫が唸る。やはり、この矢を受けてまともに立っているとは普通の魔物ではない。

 直前の戦闘で魔力は消耗しているものの、まだ魔法弓を連射する余裕はある。


「もう一度……魔法弓……ッ!?」


 奥義を射とうとした、その時。

 先程感じた鈍痛が彼女の動きを阻害する。

 体勢を崩し、思わず蹈鞴を踏む。魔物は彼女の隙を見逃す事はなかった。


「──!」


 取り付けられた竜の手が肉薄する。

 凶爪がマリーの身体を捉える、刹那。


「飛雪の撃──『連環』」


 光。

 蒼い輝きが岩肌を駆けたかと思うや否や、周囲にはこの峡谷には似つかぬ氷の結晶が降っていた。


「え……」


 猫の魔物は全身に傷を刻まれ、絶命していた。

 霜のついた傷口を見るに氷属性の一撃。

 それを為した当人は、


「まさか、君がいるとは……」


「お兄ちゃん……?」


 マリーの兄であった。


              ----------


 魔剣リゲイルを振るい、鞘に納める。この剣はリンヴァルス帝国からの贈り物で、氷属性の魔剣である。価値の程は不明だが、恐らく貴重なものだろう。


 眼前にはリゲイルによって作り出された白霜と、魔物らしき猫の死体が転がっていた。

 合成獣に見えるが……違うな。見た事ない魔物だ。


「……呪印か」


 どうやらこの魔物には、己を殺めた者へ呪いをかける細工がなされているらしい。僕は持ち前の耐性で弾き返せたが、マリーには呪いが付与されているようだ。

 レーシャならば治せる筈だから、一旦合流を目指すか。


「マリー、ここへは騎士の仕事で?」


「……はい。調査目的ではありませんが、魔物の討伐という目的で」


 なるほど。被害があまり出ていない未確認の事象に対する調査では、騎士団はあまり動けない……というか、上から動くように指令が出ない。

 そこで、彼女は魔物の討伐という名目でこの異常を確認しに来た訳だ。


「とりあえず、ここは危険だ。君の仲間たちとさっき会ってね。魔力も消耗しているだろうから、一緒に彼らの元へ行こう」


「いえ……結構です。一人で、行けますから」


「いやいや、離れて行動する理由も無いよ。僕の仲間も彼らと居るし、一緒に行くべきだ」


「はぁ……分かりました。では、ついてきて下さい」


「……マリー、そっちは逆方向だ」


 彼女は無言で踵を返し、歩いて行った。

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