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共鳴アヴェンジホワイト  作者: 朝露ココア
20章 因果消滅世界アテルトキア
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178. 春を待つ蕾のように美しかった

 彼女(ノア)が見る景色は、左目と右目で異なる。


 紫紺の右目が映すは現在(イマ)

 世界を取り巻く混沌と秩序。二つの因果が折り重なって生まれる普遍的な事象を観測する。調停者として創世主と壊世主が不正を働いているか、世界が異空の介入で乱れていないか。

 水晶の陰影は超常の加護を許さず。

 施さず、選別するための眼である。


 真紅の左目が映すは未来意志(ココロ)

 因果は心によって作用する。たとえば創世主が不要だと断じた神があったとしよう。その神は混沌の因果によって裁かれて死ぬ。

 しかし、もしも人々の祈り──意志力が創世主の意志に勝れば因果は変わる。場合によっては人の意志が因果を捻じ曲げることもある。そうして無数の可能性が分岐し、Xugeという概念が生まれるのだ。未来へ向かう九つに分類される魂は、普遍的に盤上世界(アテルトキア)の生命体に備わっている。

 瞳孔を覆う虹彩は意志の後退を認めず。

 屈さず、邁進させるための眼である。


「……見えない」


 左目は何も見えない。ただ闇が広がっている。

 盤上世界(アテルトキア)開闢以来、彼女の左目から光が消えたことはない。

 災厄によって滅ぼされた世界では右目から光が奪われたが、それでも左目が機能を失うことはなかった。


 未来意志を見通す眼は死に絶えた。

 ならば世界に未来はないとでも言うのだろうか。

 いや、これはきっと──


「ノア。大丈夫か?」


 虚空をじっと見つめ続ける彼女を心配したのか、アルスが不意に尋ねた。

 明日の聖戦が終わるまで、真紅の瞳は何も映さないだろう。何も見えないからといって、心配は無用。世界に未来が存在しないわけではないのだ。


「はい。私ならできます。問題は……」


「壊世主が君の力を凌駕していて、封印できないことか。愚者の空でルミナと相対した時も、彼は馬鹿げた力を持っていたな。本人曰く、アテルやノアの力をも凌駕したとか」


「そうですね。ルミナは調停の目を搔い潜って力を蓄えていた。無数のXugeを吸収し、異界との接続を確立し……許されるべくもない力を手にしていました。秩序盾ルナの封印内でさらに力を蓄積していた可能性もあります。前回以上に凶悪な力を得ていると考えて対処すべきでしょう」


 世界に有り得べからざる怪物。

 壊世主を超える存在がいないのならば……詰みだ。封印を施すことは、単純に倒すことよりも難しい。壊世主と共に世界が滅びる以上、ルミナはなんとしても封印しなければならないのだから。


「……不安だな。君よりも僕の方が心配しているのかもしれない」


「ふふっ……まあ、なるようになるでしょう。小さい頃から暴君だった子供が育って、止められなくなった母親の気分です。ルミナはずっと昔から厄介事しか運んできませんね」


「個人的に僕は壊世主に対して嫌悪感しかないのだが。君は親近感のようなものを感じているのか?」


 アルスの問いは簡単に答えられるものではなかった。

 ノアのルミナに対する心は、親近感だとか嫌悪感だとか……単純な言葉で形容できるものではない。


 しばし言葉を吐き出そうとしては飲み込んで、やっと言葉を絞り出す。

 形容するならば、


「……人形、でしょうか。私のルミナに対する気持ちは、人形に抱くものに近いです」


「……?」


「旧世界に、イージャという少年がいました。彼は私の友人だったのですが……新世界(アテルトキア)における壊世主の候補に選ばれ、心を抉り取られてしまいます。そこに注ぎ込まれたのがルミナの邪悪な心。外形に情を持っていても、中身にはまるで興味がありません」


 人だって人形やぬいぐるみに興味を持つ際、中身の材質など気にする人は少ないだろう。あくまで美しい外見、かわいらしい外見に惹かれるものだ。

 ノアはかつて友であった少年の器に過去の面影を見ているだけ。


「では、アテルは?」


「アテルの器、レーシャもまた私の友でしたが……ええ。彼女は私を認知していません。でもいいんです。レーシャの心が抉られずに生きてくれているだけで、私は幸せですから」


 『幸せだ』と言いつつも、ノアは苦しそうだった。

 アルスには彼らの過去など、旧世界の出来事など知る由もない。故にかける言葉もない。


 ただし一つだけ分かることは。

 この盤上世界(アテルトキア)における全ての罪過は、旧き世界の傲慢により生まれたものだということ。アテルもノアも、或いはルミナも……みな被害者なのかもしれない。

 この世界は残酷だ。誰もが藻掻いて生きている。


「因果。ああ、きっと……混沌と秩序の因果というモノが、全ての幸福を奪っているのだろう。しかしこの世界の根幹を成す因果に抗うこともできない。辛いな」


「因果がなくなったところで、幸せな世界になるとは思えませんけどね。私の予測によればもっと過酷な世界になりそうですが」


「悩ましいな。いや、度し難いと言うべきか。……ノア」


 アルスは諦めたように首を左右に振り、床の一点を見つめた。何もない。ただの石畳だ。


「君は……このままずっと、世界を見つめ続けるのか?」


「はい」


「何十、何百、何千年……何億年もの間、ずっと。愚者の空で一生を終えるのか?」


「……はい」


「それは……世界が因果に囚われているからか? 創世主と壊世主というプレイヤーが存在するからか?」


「…………はい」


 馬鹿げている。

 ノアの声は次第に震えていった。僅かな声を紡ぐ返答すら苦しそうで。


 悠久を覚悟することは怖いに違いない。

 自分がいつまでも死ねず、気が狂うことも許されない生涯。いったい何の罪を犯せばそんな生き方を強制されるのか。

 しかしアルスは無力だ。ノアを救うことはできない。


「…………」


「アルスさん。私のことはいいのです。どんな命にも終わりは来ますから。きっと私もいつか終わりを迎えます。それまでの辛抱……でしょう?」


「その終わり方では、幸せに終われない」


 確信があった。

 アルスの生など、ノアに比べれば短いもの。しかし、生を彩ることの大切さは人一倍分かっているつもりだ。

 辛い過去があり、辛い今があったとしても。未来を幸せにするために歩まなければならない。歩みの意志を放棄した瞬間、人の(ココロ)は死んでしまう。

 ノアにだって心がある。無機的に観測を続ける機械ならばともかく、彼女にとって世界を常に監視し続ける役目は酷だ。


 盤上世界(アテルトキア)における最悪の法則……『因果は心あるものにしか操れない』。これが元凶だ。全ての枷だ。アルスはそう考えている。


「講釈ですね」


「憤りだ。君は賢そうに見えて、頑固で馬鹿なんだな」


「はい。ずっと前からそうですよ。私は……理想の夢を諦めたことはない。調停者としての理想を追い続けて、絶対に諦めません。混沌と秩序が揺るがぬ世界を実現すれば、きっと完璧な理想郷が実現すると信じています」


「それは理想でも夢でもない。自己暗示だ。自分を役目に縛り付けているだけだろう」


 思想は平行線。

 どちらも自己犠牲を是とする魂の形を持っているのに、二人は違う結論に辿り着く。


「……考え方の一つとして受け取っておきます」


「僕に君を救うことはできない。……が、君を救いたいという意志はある。それだけは忘れないで欲しい」


「ありがとうございます。決して忘れません」


 最後までアルスは目を合わせずに瞳を伏していた。

 彼が去った後、ノアは右目を閉じる。やはり何も見えない。


「たぶん……暗闇で閉ざされているのは世界の未来意志ではなく。私の未来意志なのでしょうね」


 分かっていても変えられない未来が其処にある。

 彼女は自嘲して吐息を漏らした。


「……もう一度、世界に春を告げる為に」

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