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共鳴アヴェンジホワイト  作者: 朝露ココア
3章 壊れたココロ
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51. シィーメ峡谷

 白雪が降り積もる夜。

 ディオネ神聖王国。寒空の下に暖かな人口の光を灯し、その国は静かなる繁栄にあった。

 治安は騎士の手によって守られ、犯罪率は世界でもトップクラスの低さである。


 僕はその中の生まれ故郷の地……ゼロント領に入り帰路に着いていた。

 暫く魔導車を運転しながら進むと、雪と一体化した白亜の屋敷が見えてきた。


 いつもの場所に車を停め、地に降りると少し積もった雪が足裏に柔らかな感触を与える。

 冷え切った家の扉に手をかけ、押し開ける。


「お帰りなさいませ、ご主人様」


 出迎えたのはホワイト家唯一の使用人、ルチカ・ツァイト。ツァイトという姓はリンヴァルス帝国の銀等級以上を示す家名であり、帝国出身の魔族である。

 紺色の髪を束ね、洗練された佇まいからは高貴な雰囲気を感じられる。


「ただいま。暫く居なかったけど……何も問題なかった?」


「はい。ただ、書類が何点か届いています」


 多分、いつもの騎士への勧誘だろう。


「あー……後で見とくよ。とりあえず、今日はもう遅いから明日」


 規則正しい生活は大切だ。

 ……というか、生活が乱れるとルチカに迷惑がかかる。


 入浴してから二階の自室に上がり、一息つく。

 ふと壁に目をやると、幼少の砌にジャイルからもらった神導の首飾り……の破片が見えた。

 そういえば、ジャイルにはしばらく会ってないな。数年前から年に一度の神域への謁見はマリーが行く事になったし。

 あと、アテルにも半年は会ってない。そのうち会いに行こうかな。


                                      ーーーーーーーーーー


 翌日。ルチカが作ってくれた朝食を食べた後、暖かな陽光が窓から差す居間で、何気なくくつろいでいた。今日は仕事はない。傭兵の依頼は気が向いた時にだけ受けるし、バトルパフォーマーの仕事は一月後だったはず。


「あ、そうだルチカ。ジャオのお土産買ってきたからあげる」


 部屋の片隅に置いていた土産物の袋から紫色の包装紙を取り出す。


「お心遣いありがとうございます。ありがたく頂戴します」


 中に入っているのは生チョコだ。低温コーティングされているので溶けてないと思う。ジャオ特有の山菜ワインとかいうのも買ってみたが、意外と悪くなかった。今度バトルパフォーマーの同僚に勧めてみよう。


 その時、玄関から音がした。

 開錠の電子音と、扉の開閉音、それからこちらへ向かってくる足音。家の鍵を持っているのは僕とルチカ、それから、


「……お帰り、マリー」


 居間に入って来たのは、妹だった。彼女の碧眼が僕を捉え、すぐにその視線は別の方向へと移された。

 まあ、挨拶が返ってこないのはいつもの事だ。


「お帰りなさいませ、お嬢様」


「おはようございます、ルチカさん。明日から調査遠征になったので……荷物の支度をしに帰りました」


 彼女は今、この屋敷で暮らしていない。騎士としての訓練を積む為に聖騎士のスピネさんに師事し、そこで暮らしている。時折こうして帰ってきては遠征の準備をして出て行くのだ。


「承知いたしました。何かご入用のものはございますか」


「ええと、非常食と、予備の制服と……」


 僕は魔眼携帯を眺めながら、黙って二人の会話を聞いていた。



 荷物を抱えたマリーが二階から降りてくる。

 遠征か……研修騎士は相変わらず大変そうだな。


「それでは、行ってきます」


 あ、もう行くのか。今日は家に泊まっていくものだと思っていた。


「マリー、ちょっと……」


「……今、急いでいるので」


 僕が腰を浮かしかけたものの、彼女は振り返ることもなく出て行ってしまった。


 土産物の袋からそっと手を離した。


 

                                      ーーーーーーーーーー


 意識の漂白、精神の埋没。

 魂に刻まれたこの感覚。精神世界へ赴く感覚だ。


 灰の砂海を歩き、木製の小屋に至る。


「おはよう、アテル」


 扉を開くと、そこには全てを魅了する美しき白。

 彼女は閉じていた瞳を開け、こちらを見つめた。心無き瞳で、彼女は僕に微笑んだ。

 どうにも晴天の試練以来、彼女に対して警戒してしまう。彼女に心が無いということは、僕への敵対心もないから警戒する必要はないんだけど。


「ああ、アルス君。……えと、十年振りくらいかな?」


「半年振りだよ。この問答も慣れたな」


 アテルは時間感覚がルーズだ。まあ、創世主として永い時を過ごしているのだから当然とも言える。


「それで、今日は何しに来たの?」


「特に用は無いけど……久々に会おうと思って」


「おー、寂しくなっちゃった? もっとたくさん来ても良いんだよ! ……そういえば、君はまだ傭兵のお仕事とかしてるの?」


「うん。あとは、バトルパフォーマーとかもしてるけど」


 傭兵稼業を始めたのは五年以上前のことだ。同時に、時折リンヴァルス帝国に訪れてバトルパフォーマーという職業をしている。

 まあ、傭兵はディオネに居る間の暇つぶしみたいなものだけど……仕事があるということは、それだけ世の中を助けているという事でもある。

 そう思う事にした。


「あ、そうだ! 明日、アルス君のお仕事について行ってもいいかな!」


「うん。……うん? アテルが、傭兵の依頼について来るの?」


「そう、レーシャとしてね。迷惑になるなら止めるけど……」


 ……そんな表情で頼まれたら断れる道理は無い。明日傭兵の依頼を受けるつもりはなかったんだけどな。お金には困ってないし、身体を動かすための趣味みたいなものだ。

 でも、なんで来るんだろう? 創世主である彼女が世界に出てくることは滅多にない。


「全く迷惑なんかじゃない。退屈な仕事が大半だからね」


「やった! それじゃあ朝、家にいくね」


 さて、どうなる事やら。


                                      ----------


「おはようございます!」


 そんな溌剌とした挨拶が響いたのは、


「!?」


 僕が優雅(?)に朝のコーヒーを飲んでいる時だった。

 気づけば目の前の席に白いのが居た。かわいい。そして、彼女が傍に来ていると安心する。

 晴天の試練を終えてから、レーシャに会う機会に彼女を観察していたのだが、やはりアテルとは何かが違う気がする。うまく言葉では言い表せないんだけど。


「や、やあレーシャ。いきなり来たね」


「……レーシャ様、お入りの際は玄関からお願い致します」


 ルチカが呆れたように彼女に懇願する。使用人からすれば、いきなり客人が現れるというのはたまったものではないだろう。


「うん、ごめんね。それにしてもルチカちゃん、相変わらずカワイイね。何歳? 彼氏とかいるの? 今度お茶行かない?」


 レーシャがルチカを口説き始めた!?

 ……なんだか変な流れになってきたな。

 ……でも、悪くない。間に挟まりたい。いや挟まりたくない。


「い、いえ……あの、失礼いたします!」


 珍しくルチカの赤面が見れたし、今日は良い日になりそう。


「さて、それじゃ行こうか」


「おー」


                                      


 傭兵ベース。

 傭兵が集い、仕事を探し求める場。

 朝から飲んだくれている人、賭け事で負けて突っ伏している人。まともな職場ではまず見られない光景だけど、意外と面白い。


「よおアルス! 今日はやる気出たのか……って、後ろの顔がよく見えない人は誰だ?」


 レーシャの顔が認識されないのは、彼女のローブに認識阻害の術がかけられているからだ。

 彼女が世界に出現する際には、常にあのローブを着ていくらしい。


「どうも、アルス君の友人のレーシャです。魔導士です」


 設定的には魔導士らしい。たしかに、魔導士であれば武器を持たずとも魔物討伐の依頼がこなせるので、何も装備していない彼女も不審には思われないだろう。


「何か適当な依頼ありませんか?」


「んー、そうだな……特に無いんだな、これが。魔物は特に異変も無いし、ゼーレフロンティアの探索依頼も無い。……土木でもするか?」


「えー……アルス君、肉体労働はヤダよ。今の私は超一流の魔女なんだよ?」


 レーシャが駄々をこねる。肉体労働が嫌なのは僕も同じだ。

 せっかくレーシャが居るのだから、多少は面白い仕事がしたい。


「そうさな……あ、コイツはどうだ? 未確認の魔物が現れたとか。とっくに調査され切ってるフロンティアだから、信憑性が低いとして政府から回されてきた依頼だ」


 詳細を受け取り、確認する。

 場所はディオネ神聖王国の北東部、シィーメ峡谷。

 危険度は中程度で、国による生態系の調査は完了しているフロンティアだ。そこに見たことのない魔物が出現したとの事だ。


 ……しかし、いくら信じがたい話とはいえ、国に正式な手続きで申請された依頼を民間に丸投げするのは如何なものか。まあ、僕が言っても仕方が無いことだけど。


「うーん、新種の魔物の出現はたまにある事だからね。嘘とは限らないけど……どうしよ?」


「よし、行ってみようか。何もなければ観光として終わるだけだ」


 目的地はシィーメ峡谷。

 行程は多少険しいものの、僕達ならば問題は無い。早速準備に取り掛かろう。


                                       ----------


 深く、切り立った断崖が蛇のように続く。

 山々を貫く大河が滔々と流れ、繁茂する木々の枝上で小鳥が囀っていた。

 自然とはいつ見ても飽きないもので、都市の喧騒で疲れた心を癒してくれる。実際、癒しを求めにフロンティアへ訪れる人も居るらしい。しかし……流石にこんな危険な場所に来る人は居ないみたいだ。


「風がさわやかだねー……こんな感覚、久しぶりだな……」


 レーシャは吹き抜ける風を浴びながら、静かに遥かなる大空を見つめていた。

 彼女の長い髪が揺れ、林檎に似た、優しく甘い香りが漂った。その姿は地上に舞い降りた女神の如く美しく……って、本物の女神みたいなものだった。


「アルス君、行こ」


「あ、ああ……」


 そういえば、アテルとしてではなく、レーシャとして彼女が存在する時は割と静かな気がする。

 そこまで騒がないというか……こうしてレーシャと過ごすのはかなり久しいが、アテルの時と比べると、姿形が同じだけに違和感が凄い。


 美しい景色ばかりに気を取られているのは駄目だ。魔物も出るのだから。

 岩肌を登り降りして進む。


「特に変な魔物は居ないみたいだけど」


 魔狼に、飛竜に、歩くキノコ。

 このシィーメ峡谷に生息する魔物が散見されるが、新種の姿は見えない。


 ふと、レーシャが足を止めた。


「……ん、アルス君。あっちから魔力の波動を感じるよ」


「人かもしれないね。行ってみようか」


 ここに用がある人なんて……密猟者くらいか?

 まあ、なにかしらの進展はあるだろう。

【ゼーレフロンティア】……未開拓、かつきわめて危険度が高いフロンティア。『大深海魔境』『亜天空神殿』『大地壊尖塔』などが代表的な例として挙げられる

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