172. 闇の中へと飛び込んだ
「雷電霹靂──『疾風迅雷』!」
地下ソレイユ王国が暗黒に呑まれた後、デルフィは結界上で黒化エムティングと遭遇。交戦を開始した。縦横無尽に駆け巡った雷がエムティングの四肢を穿つが……
『ク……キkiキハッ! ヨワイ、yowaイ!』
攻撃が通らない。デルフィの精霊術も、天・星属性の魔道具の刃も、一切黒化エムティングに傷をつけることができなかった。
嘲笑いながらエムティングは黒茨を振り回す。速い。雷速に迫るデルフィの動きを難なく捕捉し、彼の足元をすくい上げる。
「チッ……!」
『イタdaaキマス、エイレイno、タマシイ──!』
「星弾!」
背中を開いてデルフィを呑み込もうとする黒化エムティングへ、猛烈な勢いで星が飛来。エムティングは即座に反応し、デルフィを拘束していた茨を解いて星を打ち払った。
「ユリーチ、助かった!」
『…………』
行動を妨害されたエムティングは不服そうに首を傾げる。
視線の先には赤髪の少女。
『ナゼ?』
「退きなさい、この化け物」
変質したエムティングを忌避しながらユリーチは睨みつける。心神を討伐した直後、何が起こったのかはまだ分からないが……とにかくこのエムティングは危険だ。
身体構造もより人間の形に近くなり、神気ではなく邪気を纏っている。
『オマエ、waガ、ドuホu。ジャマ、ワカラnaイ?』
「私があなたと同胞? 侮辱もそこまでにしてもらってもいい?」
黒化エムティングはユリーチの奥底に眠る災厄フラムトアの力を感じ取っていた。同じ災厄的な指向を持つユリーチは、黒化エムティングにとっては同胞に見えるのだ。
ユリーチは悍ましき敵を前にして思考を加速させる。
(まともに戦うのは下策……この変質したエムティングは災厄の眷属に近い力を持っている。神の加護すらなしに勝てる気はしない。ここは幻影を見せて……)
『!!!』
彼女の思考を途絶させ、エムティングの身体が痙攣したようにビクリと跳ねる。そしてゆっくりと顔を空へと向け、気味の悪い嘶きを上げた。
『ニンgeン!』
視界に捉えたのは黒き竜。
竜の繰り手は地上にいるユリーチとデルフィを見とがめると、旋回して結界の地面に滑空を始める。獲物に狙いを定めた黒化エムティングは目にも止まらぬ速さで疾走。
手に握る邪悪の剣を振りかざした。
「ふっ!」
竜の繰り手は被っていたヘルメットを脱ぎ、一直線にエムティングへ投擲。エムティングの視界を妨害した隙を突いて地面へと転がる。
「竜騎士の駒君、戻って」
続いて竜騎士の駒を手元へ縮めて戻し、腰の拳銃を引き抜く。星属性が刻印された弾丸を射出。
しかし弾丸は強靭な黒化エムティングの体表に弾かれる。
「あっれー? おかしいな、星属性が効かない。というかこのエムティング、黒くないです? あとやたら速いし」
「ロンド。その個体は変質した何か……元のエムティングとは根本的に異なる。星属性も天属性も効かない。注意しろ」
デルフィの警告に、飛来してきたロンドは肩をすくめる。
彼は別に助太刀に来たというわけではなく、神々が討伐されたにも拘わらず眷属が消えていない異変を調査しに来ただけ。こんなイレギュラーは想定外だ。
「なるほど? ではいったんアビスハイム陛下に報告を……あれぇ? おかしいですね、通信が一切繋がらない」
「今は目の前の相手の対応に注力して。来るよ」
ユリーチの声にロンドは警戒を引き戻す。黒化エムティングが身を翻して一直線に走り出した。
「光よ、ツイルーン」
三人とエムティングの間を阻むように展開された光の壁。邪気を遮るユリーチの光魔術を用いれば多少の時間は稼げるかと思われた。
だが、黒化エムティングの剣は易々と光の壁を斬り裂く。
「雷電霹靂──『雷鳴波濤・七連』!」
続いてデルフィの雷撃が炸裂。
小さな波が幾重にも連なり重なり、巨大な雷の網となって降り注ぐ。エムティングの身体を傷付けることはできなくとも、動きを一時的に縛れる可能性に賭けた攻撃。
『ァ──! キki、キkiキ! コno、ビリビリ、oモシロi!?』
まるで雪にはしゃぐ幼子のように。
黒化エムティングは雷を浴びて高笑いする。本当に格が違うのだ。生命種としての位階が、黒化エムティングは人間よりも一段上の領域にあった。
──勝てない。これは人がどれだけ束になっても勝てない怪物だ。
絶望の中で足を運んだのはユリーチ。まだ策は彼女の叡智の中に残されている。
「見様見真似だけど……やってみるしか。『神核解放』……いいえ。『災核解放』」
アビスハイムが有していた能力、『神核解放』。己の気を身体の一部に集中させて密度を高めることで、一撃の威力を極限まで向上させるもの。アビスハイムは全ての神気と魔力を集めて剣に変形させていたが、ユリーチも似通った手段を取ることができる。
自らの魂に眠る災厄の邪気と魔力を搔き集め、顕現させた魔杖『秩序茨インディ』へと集中。
黒化エムティングはユリーチが接近しているにも拘わらず、雷を浴びて遊び続けている。エムティング視点ではなおもユリーチは同胞であった。
「っ……!」
秩序茨を振り抜く。災厄の力を宿した一撃は黒化エムティングを両断し、命を断つ。
『────!!』
甲高い悲鳴を天まで轟かせ、黒化エムティングは邪気となり霧散していく。
「はあっ……!」
安堵と共にユリーチは膝をつく。心神との戦いに続き、魔力と邪気をフル行使した反動が大きい。
これ以上の戦いは厳しいだろう。
「ユリーチ、助かった。しかしお前の負担も大きいみたいだな。あの化け物の正体は分からないが……ひとまず王城へ戻らなくては。なぜか通信も入らないようだしな」
デルフィは勝利の立役者を労って王城の方角を見据えた。
地下に沈むソレイユ王城だけが白い光に包まれ、その他の地下エリアは暗黒に閉ざされている。人々がどうなったのか、何が起こっているのか……全てが観測不能。
安堵したのも束の間。ロンドが若干震えた声で告げる。
「……お二人とも。あちらを……見てください。アレは……まさか、先程のエムティングと同じ個体でしょうか?」
彼が指し示したのは大海の方角の空。
黒い波が押し寄せていた。細かに観察すれば、その一つ一つが黒化エムティングだということが分かる。先の個体の叫びに呼応して飛翔してきたのだろうか。
「流石に無理だぞ、アレは……!? ロンド、手はないか!?」
「周囲は遮蔽物なしのツルツルの結界地面、竜騎士の駒で飛行しても追いつかれる。迎撃はもちろん不可能。ああ、聡明戦闘狂軍師な僕ですが……残念。策はありませんよ」
退路なし。背水の陣とは言っても、戦力に差があり過ぎる。
押し寄せる暗黒を睨んでユリーチは地面の結界に触れる。冷たい感触が指先に伝った。
アビスハイムが国民を守るために展開した『極楽開闢式アビス』の結界。しかし現在はその内部に暗黒が渦巻いている。
「ねえ……この下、どうなってると思う?」
「「は?」」
ロンドとデルフィは同時に驚嘆した。気でも狂ったかと。
足元に渦巻くは見通せぬ深き闇。この中に突っ込めばどうなるか分からない。
だが黒化エムティングの軍勢に食い荒らされるくらいならば……
「……穴は開けられますか?」
「おい、ロンドまで……正気か?」
「ここで待っても死ぬだけですし。案外、足元の闇は水と大差なく泳げるかもしれませんよ?」
決断を早急に下さねばならない。
未だに邪気と魔力が集中した余熱の残る魔杖。ユリーチは思い切り杖を足元の結界に叩きつける。
罅が入り、徐々に大きく。
魔力の粒子が吹き上がって結界の一部に穴が開いた。
「私は行く。まだ死ねないから」
「小生は死んでも構いませんが、お供しますよ」
「……ああ、クソ! 俺も行ってやるよ! あのキモい奴らに食われるくらいならな!」
三人は意を決してソレイユ地下に広がる暗黒へ。
その先で見たものは──




