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共鳴アヴェンジホワイト  作者: 朝露ココア
20章 因果消滅世界アテルトキア
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161. 宣告

 魔女が闊歩する戦場は、もはや人の歩ける領域ではない。

 ユリーチが発する天属性の魔術が次々と拡散。彼女の歩みと同時にエムティングは呻きを上げて倒れていく。


 煌々と燃え盛る灼炎の中で、彼女は空の彼方より飛来する影を見た。

 竜騎士の駒に乗ったアルスの英霊……デルフィだ。彼は戦場に降り立つや否や、空気の悪さに顔を顰める。


「……毒だな。天属性の魔術とやらか。俺が生きている時代には存在しない属性だったが……人が吸い込めば死に至る猛毒だ」


「私が撒いたやつ。英霊はある程度吸っても問題ないと思うけど」


「ああ、多少はな。さて……神に対抗できそうな戦力を緊急で集めに来た。心神が発見され、マリーが一足先に奴の下へ向かった。俺たちも援護に向かう」


 デルフィは竜騎士の背に乗るように促す。

 反対方向では凄まじく大きな体を持つ命神が咆哮している。向こうに戦力が割かれている分、心神を相手にできる戦力も限られてくる。ユリーチの助力は必須と考えてもいいだろう。


「分かった。心神を抑えているのは英霊マリー単騎?」


「そうだ。だから一刻でも早く行くぞ」


「……まずいかも」


 ユリーチには懸念事項があった。

 英霊単騎で神を相手にできるのか、心神の権能を突破して倒せるのか……などといった単純な懸念ではない。

 心神がマリーの正体を知っていた場合……あの神の性質から考えて。マリーが消される(・・・・)可能性がある。


「デルフィ。雷遣いのあなたにしか頼めないことがある。マリーの下に着く前に聞いてもらえる?」


 予期しない彼女の言葉にデルフィは驚きつつ、静かに作戦を聞き届ける。


 ~・~・~


 心神クニコスラの心に張り付く感情は、怒りである。

 命神とは異なり彼女はアテルのみならず、人間すらも憎悪している。


『どうして感情を分別できないのか? どうして感情を抑制できないのか? どうして私の思い通りに感情を動かさないのか? 不思議でなりません。私こそ、心を司る神。創世主より与えられた役目を忠実に遂行し、人の感情を統制しようとしました。なのに──』


 なのに、アテルは心神に裁きを下した。

 人間の感情を理解しようとするあまりに彼女は死んだ。怒りを敷き、悲しみを敷き……神として不適切な行為だと見做され。

 理不尽だ。


『人間の感情は私の思い通りに動くべきです。今際の際でも幸福に。愛しい者にも怒り狂い。人生の成功を悲しみ。絶望を楽しむ。矛盾を敷いているのは私も理解しています。ですが、人はそう(・・)でなければならない。主人の思い通りに感情すらも動かさなければならない』


 人間に心があるなど知ったことか。神は人間の主人なのだから。

 望む通りの心を示せ。


「心神。お前の論理には誤謬がある。神は人間の主人ではない」


『あらあら。誰かと思えば、魔導王の英霊さん』


 戦場を緩慢に進む心神の前に英霊が立ちはだかる。彼女の刃は戦場を蛇の如く駆け回り、エムティングを一掃した。

 憎悪の徒、マリー・ホワイト。


『神が人間の主ではないと仰いましたか? 大きな誤りですね。創世より神族は生命を導くことを目的として造られた。神なくして人に非ず。家畜、泥人形、玩具。我らにとって人とは道具に過ぎませんから』


「今やその神族は大半が死滅し、人間が世界を支配している。神代はもう終わるのです。旧き神は大人しく死ぬべきでしょう」


『……やはり私とあなたでは意見は平行線をたどるようです。人が蔓延るからこそ、神々の時代を取り戻す。新たな主の下に。神の恐ろしさを忘れた哀れな人間に、再び恐怖を思い出させる』


 マリーは無言で刃を構える。

 もはや対話は無為。憎悪が高まり、殺意は研ぎ澄まされ……眼前の神を双眸に捉えた。


 心神には攻撃が通用しない。彼女を攻略可能な人材が来るまで、マリーは持久戦を仕掛ける必要がある。

 足を運んだマリーを前にして心神はわざとらしく天を仰ぐ。


『……ああ、そういえば。あなたって英霊とは言っても、憎悪に囚われた反英霊なんでしたっけ? ソウムさんが仰っていましたが』


「……それが何か」


 不意に飛び出た言葉にマリーは足を止める。

 心神が会話を行ってくれるのは僥倖だ。時間を稼ぐことができる。


 燃え盛る闇の戦場の最中、心神はあっけらかんと告げた。


『アリキソンさん、この世にはもういませんよ? あの男を殺すことがあなたの根源だったのでは?』


「え……?」


 思わずマリーは剣を取り落とす。

 心神は些事のごとく事実を述べたが、マリーにとっては根源に関わる宣告。


 憎き仇である悪漢が……マリーの故郷を滅ぼした男が。この世界には存在しないという。


『英霊アリキソンはソウムさんによって倒されました。魔導王はあなたに真実を伝えなかったのですね? まあひどい』


「うそ……です。あの男を殺せなければ、私は……私は! 何のために存在しているの……!?」


『なんでですかね? 早く消えて、あの世で復讐を果たしてはいかがでしょう? 怨霊なんてしょせん呆気なく消えるもの。もうあなたの怨恨はこの世界に存在しないのです』


 容赦なく浴びせられる心神の言葉。マリーは存在意義を奪われた。

 彼女にとっては世界を守るなど二の次だ。故郷である世界はとうに滅んでいるのだから。


 天魔アリキソンを討つことだけが存在する理由だった。

 心の支柱が、ひっそりと折れる。心の弱さこそが怨霊の脆さ。


「どうして……どうして、どうして!? 私、アレを殺さないと……殺さないと……! 逃げられた、逃げられたっ! 殺して、殺して……!」


『はあい、おしまい。あなたの妄執はここで終わり。あの世へお帰りください』


 マリーの魂が憎悪の炎に包まれ、身体と共に朽ちていく。

 言葉だけで命は終わる。なんと儚い命だろう。


 だが構わない。本来、異世界の英霊であるマリーは存在してはならないのだから。

 終わりを告げる神の言葉。御言葉などという崇高なものではなく、意地汚い罵倒で。彼女の二度目の生涯は幕を閉じるのだ。




 ──轟。

 視界にちらついた白光。遅れて響いた雷鳴。

 マリーの朽ちゆく魂を、激しい稲光が引き留めた。


 彼女と心神は天を見上げる。

 視線の先には……


「俺が死んだだと? 勝手を言ってくれるな、愚神。俺は……アリキソンは生きている。この剣は全てを滅ぼす為に。心神、貴様を殺す為に。何度でも蘇る」


 異空の天魔。

 竜騎士の駒に乗って舞い降りた悪の化身。

 英霊アリキソン・ミトロン。

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