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共鳴アヴェンジホワイト  作者: 朝露ココア
20章 因果消滅世界アテルトキア
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159. 罪神クラヴニ

 罪とは何ぞや。

 愚問。

 悲哀溢るる、苛烈極まる道を歩んできた者にならば、躊躇いなく答えられよう。


 ここ盤上世界(アテルトキア)に於いて、殺しも盗みも罪に非ず。

 ──因果に悖ること。之すなわち、罪である。

 因果に背かず健全たれ。然らば原罪は免れよう。


 喩えば、【棄てられし神々】。

 混沌から秩序に転じ、創世の意志に叛く罪過。

 其は原罪に抵触した──故に、私が裁こう。


 我が名はクラヴニ。

 罪を司る神。


 ~・~・~


 百年前。

 私は──シレーネ・ル・ラフィリースは、力なく拳を壁に叩きつけた。半透明の、サーラライト国を覆う萌神の結界を叩き続ける。明朝、静寂の森に私の嗚咽だけが響く。

 昨日、姉の訃報が入った。『麗姫』アリスは破壊神の騒乱に巻き込まれ死んだと。訃報を伝えたのはナリアという、かつて姉と共にサーラライト国を救ってくれた人だった。


「どうして……どうして、お姉様が死ななければならなかったのですか!?」


 泣きながら、怒りながら。結界に向かって問い続け、殴り続けた。

 だけど答えは返ってこない。姉が何の罪を犯したというのか。なぜ死ななければならなかったのか。母はあまりのショックに寝込み、父は姉の開国計画を中断して鎖国の継続を決定した。

 このまま姉の意志は潰えてしまうのだろう。


「悔しい……悔しいです、お姉様……」


 一番悔しいのは、姉自身だろう。

 私にはどうしようもなかった。


『悔しいか、少女よ』


 気でも狂ったか、幻聴が聞こえた。

 頭の中に誰とも知らぬ声。だけど幻聴だと思っていた声は、ますます鮮明になっていく。実在を帯びていく。


『右手の甲、紋様を見なさい』


 サーラライト族の王族にして、『奇跡の子』と呼ばれた傑物。私が奇跡と担がれる所以は、偏に右手の甲の紋様によるもの。

 占星術師ギリーマの予言通り、やがて奇跡を齎す子が生まれたのだ。だけど奇跡とは何なのか、私自身も分からなくて。


 涙溢れる瞳で見た紋様は、いつもより輝きを増しているような気がした。


「なに、これ……」


『初めて語る。私は罪神クラヴニ。あなたが生まれた時より魂に宿る、死した神の欠片である』


「神……? 嫌、やめてください……」


 私は神が嫌いになっていた。

 創造神……いえ、破壊神は姉の命を奪った。萌神も姉を守り切らなかった。神は信用ならない。私も殺そうとしているのだろうか……この罪神という者は。


『私が二度目の生を受けた理由はただ一つ。原罪を裁く為である』


「知らないです。勝手にやってください」


 これ以上、私たちを神々の争いに巻き込まないで。お願い。


『話は最後まで聞くことだ。原罪とは即ち、因果に悖ること。しかし私は原罪を裁く神でありながら、通常の『罪』も司る神である。そこで君に提案したい』


 提案……そんな陳腐な言葉で表して欲しくない。

 神との契りは悲劇を往々にして呼ぶのだから。死の契約だ。


『萌神が加護したアリス・ル・ラフィリース。彼女がサーラライト国に張った結界は、神の力によってのみ破壊できる。私が破壊する術を教えよう』


「……! それ、は……」


 今、この罪神の要求を呑めば。

 姉の遺志を継ぐことができる。無念を晴らすことができる。


 蠱惑的な問いだった。だけど、神との契約は怖い。


「あなたの……クラヴニさんの要求は、なんですか」


 自分でもはっきりと分かるほど震えた声で尋ねた。この時の自分はさぞ無様だったことだろう。


『簡単なことだよ。時が来るまで、あなたの魂に私を宿らせてほしい。用件が済めば私はあなたから出て行き、紋様も消えるさ。その代価として──「アリスの結界を罪とし、結界の破壊を裁きとする罰」を構築する。私の持つ神定法則は、罪と罰を自由に定めることだから』


「あなたの用件とは、何なのですか」


 まだ罪神を信用してはいけない。

 ここで安易に要求を受け入れれば、また……私も姉のように死んでしまうかもしれない。


『疑り深いのは結構。先も述べたように、私は原罪を裁く神である。通常の罪とは大きく異なり、之は因果に反しない限り生じない。今から何年後か、或いは何十年後か……因果に反した神が生まれるであろう。私の目的はそれらを裁くこと』


「未来のことが……分かるのですか?」


『正確に言えば、私を現世に呼び戻した存在が予言したのだ。私自身は未来は分からない。─e──ru……いや、なんでもない。私は上位存在より未来を言い渡され、こうして現世に舞い戻り……やがて現れる【棄てられし神々】を裁く任を受けたのだよ』


「では。私はその時まで生き続けるだけで良いと?」


『ああ。どうかね? あなたにとっても悪い提案ではないだろう』


 きっと罠があるに違いない。

 大切な人を失ったばかりの心は、猜疑に埋め尽くされていた。


 でも。それでも……姉の無念を晴らせるのなら。


「いい、のかな……」


『……参考までに。私が授ける「罰」は、あくまで行使する権利だ。つまるところ、結界を破壊する術式を教え授けるのみ。実際に結界を破壊するかどうかは、あなたの判断に委ねられる。あなたが将来、結界を破壊すべきでないと判断した場合……破壊しないこともできる。通常の「罪」は「原罪」とは異なり、絶対に罰を与えなければならないモノではないのでね』


 サーラライト国を覆う壁を壊すかどうかは、私の判断次第。

 今は本当に姉の遺志を継ぐべきかどうかは分からない。もしかしたら、結界を破壊することでサーラライトの民をより不幸にしてしまうかも。


 完全に神に頼り切らないという点では、萌神の契約よりも良心的なのだろうか。

 だけど。萌神と姉が交わした契約は、姉の死によって破られた。きっと姉の魂は契約不履行によって苦しんでいる。


「…………契約中、私が死んだらどうしますか?」


『ああ、心配は要らない。私がいる限り、あなたに死は訪れないとも。もっとも、命神の加護ほど強固な生命維持ではないがね』


 裏を返せば、約束の日が来るまで私は死ねないということになる。

 でも、死ななければ──私は進み続けることができる。死によって歩みを止めてしまった姉と違って。


「分かり、ました。あなたと……罪神クラヴニと契約を」


『よろしい。──サーラライトの子シレーネよ。あなたに我が加護を授けよう。断罪の刃の如く、義憤の執行者の如く、定める者となるがよい。贈与(リンヴ)……『罪神紋クラヴニ』』


 その日から、私の止まらぬ歩は始まった。

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