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共鳴アヴェンジホワイト  作者: 朝露ココア
3章 壊れたココロ
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49. 神の子

月世界(アスガンド)の悪魔、魔界伯爵のブルーカリエンテ、参上した。……乱暴な起こし方をされて、些か機嫌が悪いな。取り敢えず、死んでもらうとしようか」


「おお、これは悪魔様……さあ、あの霓天を殺してくださいませ!」


 圧倒的な殺意を持つ悪魔にリフォル教徒達は平伏する。


 悪魔。

 人々に忌み嫌われし邪の使徒。

 人間が使役するには召喚魔術を行い、契約を交わすしかない。

 されど悪魔はその契約の網の目を掻い潜り、あらゆる手段を用いて使役者を破滅へと導く。


「おや、何か勘違いをしておられるな。私が殺すと言ったのは……そこの少年ではなく、貴方達だ。端的に言えば、喚起水準を満たしていない。理性も持たぬ獣の魂で私を使役しようなどとは、片腹痛い」


「なっ……!?」


 リフォル教徒が慄き、後ずさった直後。


 悪魔はとてつもない速度で駆け巡り、全てのリフォル教徒を殺戮した。一人残らずに。

 ……速度はアリキソンほど速くはないが、破壊力が段違いだ。戦闘するとなれば……勝てるのか?

 圧倒的な威圧感。ただそこに立つだけで遍く生命を侮辱する強者が其処に。


「さて……」


 そして、悪魔は注意を僕に向け、


「何故、そう身構える?」


 そう問うた。


「……え?」


「見たところ、貴方は召喚者ではない。私が貴方と敵対する理由は無いが」


 ……なるほど。

 ブルーカリエンテと名乗った悪魔からすれば、礼節を弁えない者達を罰しただけなのか。


「そうか……君の喚起者達は死んだ。喚起者が居ない以上、悪魔たる君は帰るべきだ」


「ふむ……それは喜ばしい。では、私を縛る者は居ないのだし、自由にさせてもらおうか」


「ま、待て!」


 マズい。それはマズい。

 悪魔は魂を求め、世界に悪意を振り撒く存在だ。性格にもよるが、彼らは他者を殺す事に抵抗がない。

 魔界という異世界から喚起され、悪魔の倫理の中で育つ彼らは、基本的に人からすれば狂気の精神を持つのだ。


「……もしや貴方は私が暴れる事を危惧しているのか? 私は生まれて長いのでね、人の倫理観は持ち合わせている。それに……この世界は初めて来る故、平和的に見て回りたいのでね」


「…………」


 悪魔の言葉は信用してはならない。無論、全てを頭ごなしに否定していても埒があかない。

 彼らとの会話には高度な思考が必要とされる。


「訝しんで居られるご様子。では、契約でも交わしますか? この世界の文明水準が不明瞭な以上、あまり事を荒立てて殺されたくはない」


「いいや……分かった。分かったが、一つ要求を……」



「おや、危ないですよ」


 その時、悪魔が何か言葉を発したと同時、


「ッらァァァア!」


 天から流星が叫びながら降り注いだ。いや、流星というのは比喩であり実際には人なのだが。

 流星が齎らした衝撃により、巻き上がった石礫の中。短い緑髪を逆立たせた男が拳を振り下ろしていた。

 その鉄槌の対象は……僕が先程まで会話をしていた青き悪魔。誰もが恐れ慄く気迫を漂わせる悪魔に肉薄した鉄砲玉は堂々と言い放つ。


「チッ……俺の拳を避けるたあ、やるじゃねえか、テメエ! 俺はタナン! 勝負しろ!」


「どうも、これはご丁寧に……私は月世界(アスガンド)の悪魔、魔界伯爵のブルーカリエンテ。しかし……いきなり襲い掛かって来るとは無礼では?」


「ァア? テメエならそんぐらい気にも止めねえだろ。それより、早く本気出せや。俺は世界最強目指してんだからよ」


 タナンと名乗った男の啖呵を受けた悪魔は、不敵で加虐的な笑みを浮かべる。


「フフフ……慧眼だ。良いだろう、久々に暴れるとしようか」


「いや、あの……」


 急な展開についていけない。

 それと、建物の屋上で暴れようとするな。


「ヘッ……ガキ、下がってな。コイツは強えぜ?」


「ええと……二人とも、建物が崩壊しないようにお願いします……」


 僕が蚊帳の外で話は進んでいくので、すごすごと隅に引っ込んで見守ることにした。

 タナン……彼が強者であるのは間違いないが、流石に悪魔とは格が違うように見受けられる。

 ……何か対抗手段があるのかな?


「ハァッ!」


 タナンが地を蹴り、悪魔に拳の連撃を叩き込む。

 速度、威力共に並外れた剛撃を悪魔は冷静に受け流す。


「……素晴らしい戦闘力です。貴方のような戦士がこの世界の強さの水準なのか? だとすれば……この世界、それなりに楽しめそうですが」


「俺は世界最強目指してるって言ったろ? かなーーーーぁり、強い方だぜ、俺は!」


 たしかに、彼の戦闘力は聖騎士にも匹敵するみたいだ。

 ……僕も戦ってみたいな。


「なるほど……よく分かった。では、そろそろ私の方からも行かせていただく」


 それまでタナンの攻撃を往なし続けていた悪魔が攻撃に転じる。


「うごっ……!?」


 苦悶の声を上げたのはタナン。

 彼が拳を振り抜いた一瞬の間隙に、悪魔は目にも止まらぬ速さで蹴りを繰り出した。

 強烈な一撃を脇腹に叩き込まれたタナンは、加速しながら壁に身を埋める。


「生憎、私はあまり闘争に興味はない。力こそあれど……悪魔の中でも穏健派なのでね」


「言って……くれるじゃねえか……んじゃあ、俺も本気出すぜ!?」


 蹌踉めきながらタナンは立ち上がり、勢いよく地を踏み締める。その瞳には、未だ勝利を信ずる闘志があった。


「いくぜ、『神転』……!」


「なっ……!?」

「ほう、これは……」


 神転。

 タナンが発したその単語の意味を知る者は殆ど地上には存在しない。

 そして、『神転』の意味を識る僕と悪魔は一驚する。


 神転……神に転ずる。

 それは通常の生命の姿を取る神族が、本来の力を発揮すること。人から、動物から、植物から、神族へと──生命体として頂上の存在へと器を覚醒させる。

 僕もまた、この神転を使う事は出来るが……人間として過ごしているため、人前で使う事はない。

 そして何より、この粗雑な漢の正体が神族であったとは……


「この肩書は気に入らねえが……龍神の息子、タナン。いくぜ」


 猛烈な神気を発し、佇むは一体の神。

 中型の大きさである龍が現れた。ジャイルよりも小さいが、同じ緑色の体躯である。

 そういえばジャイルには息子と娘が一人ずつ居るとか言ってたな……


「ふむ……それが貴方の真の力ですか。神と戦うのは久々です」


「さ、行くぜ……」


 悪魔が飛び上がると同時、タナンも翼で飛翔する。

 追随し、離散し、二つの聖魔は天を自在に飛び回る。


 豪炎が舞い上がる。龍の口から放たれたブレスが、悪魔を包み込む。

 紅き焔と悪魔の蒼きオーラが鬩ぎ合い、大気が震える。


 神転をしても基本的な戦闘姿勢はその器に準ずる。

 龍であるタナンならばブレス、爪撃、尾振り。人である僕ならば拳撃、魔術、オーラ……いかなる器であっても能力は神族の域まで強化されるが、有利不利は存在する。


 小型の悪魔の身体は、巨躯のタナンの攻撃を躱しやすいだろう。上位の神族であれば超常現象……俗に言う【神定法則】を扱えるが、彼は何か出来るのだろうか?


「これは……騒ぎになるな」


 二人の闘いを視界に収めつつ、屋上から地上を見渡す。街中に広がる火の手は鎮圧されつつあり、騎士団と思しき人達がこちらを見て慌ただしく動いていた。

 突如として現れた龍に人々の視線は釘付けになっている。このままではタナンが魔物と見做され、討伐対象にも成りかねない。


 もはやリフォル教徒による問題は解決しているのだから、さっさと終わらせてくれないと困る。


「二人とも、早めに終わらせてくれないか! 後々の処理が面倒なんだけど!?」


 二人に苦情を入れ、再度階下を見下ろす。

 アリキソンの気配は……戦ってはいないようだ。人々の救難を手伝っているのだろうか。

 僕の声を聞き届けた悪魔は嘆息し、タナンに向き直る。


「そうですね……私も面倒事は御免だ。さっさと終わらせよう」


「なんだぁ? まだ何か隠してんのか?」


「ええ……我が本領、お見せしよう。

  地より出づる獄炎よ、我が意の下に畝り爆ぜよ。

  ……黒青炎(ヘル・フレイム)


 悪魔の詠唱と共に黒き炎と、青き炎が交差して周囲に連なる。

 二対の炎は連なり続け、次第に巨大に、強大なものとなって行く。


「……させるかよっ!」


 荒れ狂う熱風を掻い潜り、危険を察知したタナンが魔力を増幅させる悪魔に肉薄する。

 しかし、その牙は彼に届かなかった。


「動きが丸分かりですよ。……では、さようなら。タナン」


 青空に煌く陽光すらも種火に感じるほどの業火が天高く舞い上がる。

 その瞬間、大空の支配者は太陽から邪悪な蒼炎に成り変わった。


 英雄の扱う魔術にすら匹敵するだろうか。

 神族と雖も耐え切れる道理はない。


「クソ、躱せね……」


 駄目だ。あれが命中すればタナンは死ぬ。

 あの炎は魂にも干渉するので、不死すら焼き焦がす。


「『裁光(ルアネス)』!」


 我が指先から白光が迸る。

 僕もまた生まれつき神族の魂を持つ者であり……この光は神聖の力を持つ光だ。

 放つと同時に、僕も身を神転させていた。


 悪魔の蒼炎と、僕の白光が衝突し、大気が震える。

 相殺は何とかできたみたいだ。


「なっ……テメエ、今のは……!」


「ほう……まさか、貴方も神であるとは。流石に二対一は私も厳しいな」


「いや、争う気はない。早く終わらせないと……騎士団が来ている」


 悪魔は逡巡したが、階下から上がり来る幾重もの足音を聞いて闘志を掻き消した。


「……承知した。私も貴方には敵いそうもないのでね」


「テメエ……テメエは……」


 背後で、いつしか人間体に戻ったタナンがこちらをじっと見つめていた。


「……君は龍神の息子だね。僕は霓天の家系、アルス・ホワイト。故あって神転を扱える身だ。同じ神族同士、よろしく頼む」


「……チッ」


 ……やはり、闘いの最中に手を出したので嫌われる事は避けられないか。

 とは言え、あのままではタナンは死んでいたのだから手出しせざるを得ない。


「待て! ジャオ騎士団だ! 武器を捨て、速やかに降伏、せ……よ……?」


 騎士団の一隊が屋上へ到着した。

 彼らの目には三人の男と、傍に倒れる数多のリフォル教徒の亡骸。そして悪魔とタナンの戦闘で荒れに荒れた石畳と石壁。

 きっと、さぞ困惑していることだろう。


「ああ……すみません。今説明しますので……」


 この場はまず、社会的な身分を持つ僕が彼らに事態の鎮圧を説明することにした。

 ……背後の二人が協力者という体で。

 


 


 

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