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共鳴アヴェンジホワイト  作者: 朝露ココア
20章 因果消滅世界アテルトキア
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149. 天の撃砕者ゼロ

 魔導王の凄まじい魔術が吹き荒れる中、デルフィは星属性を宿した一閃を振り抜く。

 得意の雷属性ではエムティングが倒せないため、今は星属性が刻印された魔道具の槍斧を武器としている。雷術は移動速度の強化や幻影の生成など、補助に回して活用。


「さて……他人任せで悪いが、さっさと他の連中が神々を倒してくれないとな。俺だっていつまでも戦い続けられるわけじゃないし……」


 召喚者のアルスは現在ソレイユ離島で交戦中だ。相手が何者なのか分からないが、召喚者とのつながりで戦闘状態にあることは理解できる。


 周囲の兵士たちは意気軒昂、しかし戦況は厳しい。

 英霊であるデルフィには役目がある。強者と矛を交えること。かと言って、神を相手にできるほどの実力があるとは思っていない。


「だから、あんたの相手だよ。『守天』」


「……来たか」


 戦場に蟠る気の中、ひとつ異質なものがあった。

 神のように気高くもなく、されどエムティングのように無機的でもなく、メロアのように狂暴でもない……純粋な戦意。


 気配の主……戦場を黙して眺めていたゼロは、デルフィの姿を見てゆっくりと剣を抜く。


「どうして戦わない? あんた、天魔の味方なんだろう?」


「……そうだな。俺はソウム様の配下だ。だから人を、ソレイユの兵士を斬るべきなのだろう」


 ゼロは熟達した剣閃をなぞり、天剣カートゥナを振り抜いた。

 絶対斬撃。視界に収まったものを絶対に斬り裂く、干渉の神能。斬撃を浴びたデルフィは雷の束となって霧散する。

 ゼロの姿を視認すると同時、彼は既に幻影を作り出していた。そして次なる幻影をゼロの前へ。しかし二度目の剣が振るわれることはなかった。


「はっきりしろよ。お前が敵なのか、敵じゃないのか……」


「敵だって言ってるだろ? 俺はもう『守天』じゃない」


「……なら、なんだ? 『天の撃砕者』か?」


「その名を知っているのか。懐かしいな……」


 ゼロは思い出す。荒廃したアジェンでサーラと空を駆けていた日々を。

 かつては悪党だった『天の撃砕者』も、やがて『守天』と呼ばれる英雄となって。そして再び邪道に落ちた。


「懐かしい……か。前にお前と会った時はイージアの手前、言わなかったがな。俺は『天の撃砕者』を憎んでいる」


「…………」


「俺はアジェン出身の英霊だ。あの日、撃砕者供が騒動を起こさなきゃ……アジェンは崩壊してなかった。あんたの所為で俺は地獄に落とされ、国を旅立つことを強いられた。大切な人もたくさん死んだ」


 天の撃砕者たちが政変を起こした日、デルフィはまだ子供だった。

 彼の面倒を見てくれていた人々も、寝泊りしていた家屋も、全てが脆くも崩れ去って。


「最悪な一日だった。だけど、得られたものも多くある。精霊のクオングと出会えて、旅先で多くの価値観を学んで、最後にはアジェンに戻って……国を変えた。お前らが地獄へと変えた国に、俺が平穏を取り戻した。後は……そうだな」


 雷電猛る。

 黒雲が渦巻き、爆音で雷鳴が轟いた。


 ゼロは眼前のデルフィから向けられる視線を知っている。ああ、この英霊は間違いなくアジェン出身なのだと……そう確信した。あの荒廃した国で、幾度となく向けられた瞳。

 ──憤怒だ。


「『輝ける黄蛇』デルフィ・ヒュエン。国賊ゼロを討ち、俺の個人的な憎悪を晴らす」


「……ははははっ! そうか、俺が憎いのか。ああ、たしかに……俺はあの国を放置して、目を背けていた。六花の将になってからもずっと、アジェンには極力関わらないようにしてたんだ。まさかこんな展開になるなんてな?」


 ゼロは哄笑し、自嘲し、そして剣を構えた。

 とうに彼の心は壊れている。百年間も目覚めぬ姉を起こすために奔走し、魔将に姉の命綱を握られ、かつて守ろうとした人々に剣を向けている。

 守天は二人で一つ。片翼を失った彼が、どうして再起できようか。


「やってみろよ、英雄。俺を倒せるならやってみろ。これでも昔は世界の頂を目指した剣士なんだ」


「雷電霹靂──『轟鳴の爪牙』」


 挑発を受けると同時、天より雷の腕が降り注ぐ。弾けた雷は止められない。

 激情に身を任せ、デルフィの猛烈な雷薙ぎが炸裂する。


 雷速で迫った一撃、ゼロとて回避は容易ではない。痛覚を一部遮断し、まずは攻撃を受ける。痺れるような激痛がゼロの身体に走った。


(っ……痛覚を減衰してもこの痛み……! 流石は英霊、馬鹿げた威力だ……)

 

 攻撃は受けて覚えるもの。少なくともゼロはそうして学習してきた。

 ただ剣を振ることしか能のない魔族だと、彼は自己認識している。故に受け、そして慣れる。


「絶対斬撃──!」


 再び剣閃。たとえ相手がどれだけ速かろうとも、一瞬でも視界に入れば斬撃は命中する。

 彼は無闇に剣を振り被りデルフィを裂いた。


 しかしデルフィの身体は雷の糸となって分解される。

 雷電霹靂の精霊術、『幻雷・重崩(かさねくずし)』。雷が次々と本体の幻影を作り出し、決して本体へ致命の一撃は届かせない。


「ただ剣を振るだけで終わりじゃないだろう? 守天ゼロ! 雷電霹靂──『電光雷轟』!」


 黒き天をより黒く染め上げた雷雲。瞬時に集まった黒雲から雷鳴が轟き、集まり、収縮する。

 フラッシュ──一拍遅れて轟音。ゼロがデルフィを視界に収めるや否や、天より裁きの雷が下された。大空を裂き、遠方の神々との戦場にも響き渡る轟雷。


「ぐ……あああああぁぁっ!!」


 走る激痛、明滅する視界、焦げる肉体。

 邪気となって霧散したゼロは肉体を再構築。今の精霊術ひとつの威力で、竜種を十匹は屠れたであろう。しかもデルフィは、超高威力の奥義を事前準備なしで即座に放った。


(強い……な)


 眼前に立つ英霊は強かった。ゼロよりもずっと。

 ゼロの方が長く生き、長く武の道に身を置いてきた。しかし彼はデルフィよりも弱い。


 持ち得る技は『絶対斬撃』のみ。それ以外の技はすべてサーラとの複合技に頼ってきた。イージアやルカに習った魂の力の使い方も、彼は百年間の間で錆び付かせてしまった。きっとサーラが隣に居たら、デルフィも超えられるのに……その願いは叶わない。

 ……どこまでも自分は愚かだと、ゼロは内心で自嘲する。情けない、六花の将の面汚しだ。


「けど……俺は負けらんねえからよ」


 姉を目覚めさせる。

 だだ一つの希望が、彼の原動力であった。たとえ世界を敵に回そうとも、どれだけ己が苦しもうとも。


「お前、不気味だな」


「……あ?」


 デルフィは唐突にゼロを罵った。いや、罵倒ではない。率直な感想で彼はゼロを「不気味」だと形容したのだ。


「お前が歩んでいるその道は、正道なのか邪道なのか分からない。善悪が白黒つけられないことは分かっているが、お前の道は不明瞭すぎる。たしかに、お前の行為は悪だ。だがお前は自分で行動を正当化しているように見える。人を敵に回し、天魔の配下につくことを善しとする理由はなんだ? なぜその非道を正しいと自己認識している?」


「……知らねえ。難しい話、俺にはよく分かんねえよ。ただ、守るべきものがあるから悪に手を染める。アジェンではそれが普通だったろ?」


「……ああ、そうか」


 デルフィは納得する。

 ゼロは停滞したままなのだ。かつて英雄と呼ばれた『守天』は、『天の撃砕者』と何ら変わっていない。もう片方の守天サーラも変化していないのかは分からないが。


「アジェンはな、変わったんだよ。自分の正義を強引に押し通す時代は、俺の大統領就任を境に変わった。なんつーかな、形容は難しいが。正道を強引に押し通した結果、ほとんどの国民が同じ正道を歩むようになった。簡潔に言うと、多くの国民の正義が一致して争いが少なくなったんだ。お前みたいに、自分の周囲だけを守る奴は……時代遅れだよ」


 デルフィの言葉にゼロは衝撃を受ける。彼の短い言葉は、ゼロの価値観に存在しない生き方だったから。

 楽園にいる間もずっと、ゼロは周囲の人さえ守れればいいと思っていた。創造神の任務で派遣される際も、ただ目に見える人だけが助かればいいと。


 しかし、彼の思想は独りよがりだった。

 悲劇から目を背けているだけではないか。デルフィは違う、目に見えぬ人をも救おうとしているのだ。


「時代遅れ。そう、か……俺は、時代遅れなんだな。いや、幼稚って言うべきか」


 サーラさえ救えればいい。彼女を救う為ならば、かつての仲間も、無関係な人間も……全て犠牲になってしまえ。

 全てを救おうと戦ったデルフィ、目に見えるものだけを救おうと思ったゼロ。どちらが強いのかは明白だ。きっと発現した神能『絶対斬撃』も、そんなゼロの本質を見透かしたものだったのだろう。ただ視界に入るものだけを救おうとする彼の愚かしさを。


「愚かでいい。俺は……」


 愚かでいい。

 だから、


「絶対斬撃──」


 だから、愚かでいいから……サーラを助けたい。

 ゼロは己が罪過を魂に宿し、天剣カートゥナに全霊の力を籠めた。


「お前はお前の道を往くか、撃砕者」


「──『暴威の一撃』!」


 長らく眠っていたゼロの不敵なる魂が目覚める。

 彼の翼が黒く染まり、魂が解放される。同時に剣に宿された魔力が爆発的に増幅。

 無我夢中に振り抜いた渾身──されど彼の斬撃は絶対に命中する。


 デルフィはゼロの覚悟を受け止め、彼に対して一人の戦士としての敬意を抱いた。一方で、彼を英雄ではない愚者として哀れんだ。

 真正面から迫る斬撃。回避は不可能。幻影を作り出すか、否か……デルフィは逡巡する。


 彼が迷ったのは、情けだ。ゼロを生かすべきか。ここで幻影を作り、彼の攻撃を躱し続ければ……恐らく決着はつかない。しかし斬撃を躱さずに奥義を放てばゼロは死に、決着はつく。


「……無粋か」


 デルフィはゼロを一人の戦士として認めたのだ。ならば全力を出すまで。

 たとえ主人であるイージアの仲間を殺すことになっても。


「雷電霹靂、最終奥義──」




 一人の少年がいた。

 彼は全てを壊され、憎悪し、旅の中で成長し、英雄となった。




 一人の少年がいた。

 彼は全てを壊し、逃避し、時の中で成長せず、愚者となった。



 雷遣いの少年はかつての過去を背負い、方翼の少年に復讐を遂げる。


「──『魔性返雷・不死断ち』」


 ゼロの斬撃がデルフィの胸を裂いた。

 しかし出血はない。


「……あ?」


 静かな最期だった。

 身体から邪気を噴き出したゼロが倒れる。デルフィには傷一つ付かず、ゼロが再生不可能な致命傷を負ったのだ。


 『魔性返雷』……デルフィ・ヒュエンを英雄に押し上げた秘奥である。

 受ける痛みを全て魔力に変換し、相手へと返上する。彼が内乱の最中、仲間と共に編み出した最後の精霊術。


「なん、で……俺は……」


「…………」


 倒れるゼロにかける言葉は見つからない。

 彼の生涯は、あまりにもデルフィの目から見ても痛ましかった。不死断ちの術を浴びたゼロは再生できず、邪気に散って消滅していく。


「……サーラを、頼む」


「…………」


 返事はしない。デルフィに守天の片割れを慮る余裕はないからだ。

 しかし、彼は目に見えない者まで救おうとする英雄。故にきっとサーラを救おうと、決意はした。


 沈黙を守り続け、彼は最後までゼロが散ってゆく様を見つめていた。

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