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共鳴アヴェンジホワイト  作者: 朝露ココア
20章 因果消滅世界アテルトキア
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148. ダイリード

 何度ぶつかり合ったか。

 ダイリードはなおもイージアと争い続ける。溶けゆく理性、高まる衝動。獣と化した肉体を操って……何度も、何度も爪牙を振り下ろす。


 空を切る、受け流される。

 やはりイージアは強い。同じ八重戦聖といえど格が違うのだ。

 方や楽園で主の命に従い続けた人形、方や世界を救うために奔走した英雄。


『ヌオオオオッ!』


 何度咆哮しても、イージアの命は断てない。

 分かっている、自分が間違った道を歩んでいることなど。イージアが正しい道を歩んでいることなど。しかし、正道も邪道も意味は成さない。


 ダイリードは創世と同時、創造神の手足となるべく創られた神。役目はただ主の命に従うこと。

 心は不要。


「ダイリード、私は何度でも君に説く。君は私の仲間であり、殺すことなどできないと」


『不要、フヨウ……ワレはっ! ワレは……』


 もはや自分の意志すら分からない。言葉に形容することなどできない。


 何人の人間を殺めた?

 かつて『光神』と呼ばれていた時間を忘れ、『邪神』となり……自分は何人殺した?

 ダイリードの自問がひたすら、衝動の中で繰り返されていた。もはや後戻りなどできない。かつて主が愛した人の子を殺して……どうして正義面などできようか。


 結局、心が弱かったのだ。

 破壊神の騒乱が起こったあの日、主に反旗を翻していれば……ダイリードは後悔せずに済んだのだろうか。いや、主に叛逆するという選択肢は存在しない。

 彼の心が脆かったから、道はこの邪道しか存在しなかった。


『──!』


 口元に神気を寄せ集め、イージアへ光を向ける。

 神気の波動を放出。


裁光(ルアネス)!」


 対するイージアも神気を放出してダイリードの攻撃を打ち払う。

 神としての力も、今やイージアの方が上だ。神の力は信仰に依存する傾向にある。邪神に堕ちたダイリードなど誰が信仰するものか。

 リンヴァルス神の裁きが、ダイリードの神気を貫く。


『ヌ……ゥゥ……!』


 焼き焦がすような痛みが魂に走る。

 ダイリードにとって、今は辛苦が心地よかった。


 感じるのだ、破壊の迫る音が。

 まもなく主が楽園より発ち、ソレイユの厄滅に加わるだろう。せめてその前に……嗚呼、己が死ねば。イージアがダイリードを殺してくれれば……後の事に苦しまずに済むのに。

 しかしイージアは残酷なまでに絆を信じ、ダイリードを殺そうとはしないだろう。


 だから、ここで彼を殺すのだ。

 最期までダイリードは主と添い遂げる、障害は排除する。

 イージアを殺さねばならない。


『ヌ……オオオオッ! オワリ……ヲ』


 意志を沈める。

 狂乱に染まる。


 ただ全てを裂く、滅ぼす。

 もはや己は神でなくともよい、魔神でよい。


「ダイリードッ! やめろ……それ以上は!」


 懇願は届かない。

 己が意思を乱し、狂い、主と共にまた闇へ堕ちようではないか。


 視界が暗く染まり、光が消えてゆく。

 残り一片。光が全て消え失せる、刹那──




「この、馬鹿やろぉーーーーーっ!!!!」


 怒号と共に津波がダイリードに覆いかぶさった。


 ~・~・~


 突如として巻き上がった津波に、思わずアルスは後退する。

 自らを狂乱へ堕とそうとしていたダイリード。彼を止めようと手を伸ばしたところだったが、何が起こったのか。


 魔力の根源は、空を飛ぶアルスよりも更に上。

 左に白翼、右に水翼。桃色の髪をなびかせた少女は、紅蓮の瞳に怒りを湛えてアルスとダイリードを見下ろしていた。


「君は……サーラ!?」


「なに仲間同士で喧嘩してんだ、馬鹿ども! あほ、まぬけ!」


 津波を浴びたダイリードは、一時的に理性を取り戻す。

 サーラは天魔の手によって封じられていたはずだ。彼女がここに居るということは即ち、天魔が改編を解除したか……或いは天魔が死んだか。


『……邪魔を、するな』


 ダイリードは思わぬ人物の登場に驚いたが、彼の意志は変わらない。

 しかし彼の言葉を受けたサーラの怒りは更に高まる。


「はあ!? 邪魔って、アンタね……どうしてイージアが戦ってるのか分かんないの!? 自分を助けようとしてくれる仲間の手くらい、素直に掴めばいいのに! 信念が強いのと、頑固なのは別なんだから!」


 彼女の言葉はもっともだ。

 だが、正論は通らない。未だに戦いを続けているのはダイリードの我が儘なのだから。


「……サーラ。問題はそこまで簡単では……」


「知ってるよ、アタシからすれば百年間が一気に飛んで、何がなんだか分からない! 分からないけど……仲間が争ってる光景なんて見たくない! イージア、アンタも馬鹿だ! ソレイユがこんな危機に陥ってるのに、呑気に喧嘩なんてするな! 二人とも、さっさと……さっさと、仲直り……してよ……」


 サーラの語気は次第に弱まっていく。

 百年間眠っていた彼女からすれば、昨日まで友人だった二人が殺し合いをしているようなものだ。辛くて、悲しくて、堪えきれない。


 アルスは槍を下ろす。

 しかしダイリードは……もう退けないのだ。


『……許せ、サーラ。我はもう……後戻りできぬ。何人も、人の子を殺めた。罪深きこの身は、主と共に添い遂げて……死によって償う所存だ。今の内だ、イージアにサーラ。汝らが我を殺すのならば、これが最後の機会だ。さあ……我を殺せ』


 ダイリードは白毛に包まれた巨大な腕を広げる。死の覚悟。

 アルスは彼の覚悟を受け取った。受け取って、そして……


「嫌だ。死ぬことで罪が許されるとでも? 人を殺めたことは許されない。その罪過は、かつてのように人を救い償っていくべきではないか」


「……そうだよ。ノアって人から聞いたよ、アリスもリグスも、ウジンも死んじゃったって。もう……嫌だよ。どうして……みんな死に急ぐの?」


 サーラの言葉によって、アルスは初めてウジンの死を知る。

 相手は神々。犠牲なしに勝てるとは思っていなかったが……苦しい。


 二人の言葉を受け止めたダイリードは沈黙する。

 何を考えているのか、思っているのか。ここで彼が道を修正しない限り、二度と正道へ戻ることはできないだろう。


『我、は……』


 思い出す。全ての過去を。

 どうして自分は生きるのか──主の命に従うためだ。今の自分を、過去の創造神が見たら何と言うだろうか。

 きっと叱られてしまう。それでも、きっと創造神ならば……生きろと。生きて罪を償えと……イージアと同じことを言うのではないだろうか。


 神気が縮小する。巨大な獣から、人間の肉体へ。

 彼は力なく海に足をつけた。


「……我が誤っていたことは認めよう。きっと我が主も、こんな愚行は望んでいなかった。生きて償えるのなら……あの日々に戻れるのなら……」


 ダイリードは俯いて、消え入りそうな声で告解する。

 アルスとサーラは彼の言葉を聴き、安堵しつつあった。


 しかし、


「戻れるのならば、戻りたい。だが……全てが遅かった」


 ダイリードは顔を上げ、黒き天を見上げる。

 彼は諦めたのだ。


「ああ……我が主が、破壊が来る。もう終わりだ。全ては破壊に包まれよう」


 水平線の彼方より、凄まじい邪気が爆ぜた。

 ──始まる。二度目の『破壊神の騒乱』が。

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