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共鳴アヴェンジホワイト  作者: 朝露ココア
20章 因果消滅世界アテルトキア
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136. 永久の観測者

「僕は『無職再誕』が至高だと思いますけど」


「一理ある。しかし、『転生したらベネフニだった件』が最高だと思うぞ」


「なるほど。まあ、そこら辺は古典みたいなもんですからね。最近のアニメだと『乙女ゲームの絶滅しかない悪役令嬢に爆発転生してしまった…』が好きです」


「あれは個人的に好かん。やはり『鎌の勇者の成り上がり』がだな……」


 アルスはアビスハイムの自室で熱心にアニメについて語っていた。二人は格闘ゲームで争いつつ、終戦後の朝方を過ごしていた。

 どうにも眠れぬアルスが城をふらついているとアビスハイムと遭遇し、暇を潰すことにしたのだ。


「それにしても、陛下はずいぶんとオタク文化にお詳しいですね。五千年もの間眠っていたとは思えません」


「眠っていたからこそ、よ。魔術式アビスとしてソレイユの深奥に眠っている間、我は暇で仕方なかったからな。次々と娯楽作品を鑑賞しては時間を過ごしていた。何時の世も人が創る芸術というのは素晴らしいものよ。イラスト、ミュージック、シナリオなど……どれを取っても美しく、人間の欲望と美しさを兼ね備えた作品の数々。将来は我も創る側に回ってみたいものだ。実はもうコミケに出す本を作っている最中で……」


 アビスハイムの言葉には徐々に熱が籠っていく。アルスも中々に娯楽文化には精通しているつもりだったが、王の知識は驚嘆すべきものであった。


「なんというか、王は厳格な性格で取っつきにくいイメージがありましたが……意外と俗人的といいますか」


「王とて人よ。民衆の心に寄り添い、楽しむべきものを楽しむ。アレが駄目、コレが駄目と弾圧ばかり繰り返す支配者など、己が狭量でカリスマ的存在に見られたい小物に過ぎぬ。真の支配者は全てを受け入れ、全ての娯楽を低俗と見做さず、民が自由と幸福に浸れるように導く者なり。故に……我は全ての創作が大好きだっ!」


 叫ぶと同時、アルスが操作していた格闘ゲームのキャラが吹き飛ばされる。王はゲームでも強者である。

 そしてアビスハイムは目頭を押さえる。どうやら短時間睡眠による疲労がきたようだ。


「陛下は寝ないのですか? たしかに陛下は特殊な存在ではありますが、人間ですよね。生理活動は必要なのでは」


「ああ。だが、少しでも現世の空気を楽しみたくてな。寝る時間も惜しいのだ」


「──そういえば。陛下は再び魔法陣となって眠りに就くのですか?」


 戦いは終わった。この騒乱に対抗するべく即位したアビスハイムだが、役目は終わったと言っても過言ではない。じきに結界は取り払われ、結界外に避難していた人々も戻って来て……やがて元の生活に戻るのだろう。


「厄滅に抗い終わった時、我の役目は終了する。先代王のアズテールに王位を返還し、再び魔術式アビスとなって眠るつもりだ」


「アズテール陛下ですか……あの王はお世辞にも有能な王とは呼ばれていなかったようですが」


「はっはっは! 奴は確かに無能だ。しかし人徳はあり、王の器である。卑しき者どもに利用されるかもしれんが、それもまた王の性よ」


 国のトップが無能でも大体どうにかなる。アビスハイムのように有能な統率者が非常事態には求められるが、平時であれば無能が頂点にいても問題ないことが多い。

 アビスハイムが眠るとなれば、アルスにはまず聞いておかなければならないことがある。


「陛下。一つ、尋ねたいことがあります」


「なんだ、遠慮せずに言え」


「ゼロについて知っているでしょうか。彼の行方が気になっているのです」


 ゼロについて問われた時、アビスハイムは眉を潜めた。彼は一度ゼロを目撃して顔も覚えている。

 単体では国を滅ぼすほどの脅威にはなり得ない存在ではあるが、確かに彼は敵対勢力であった。かつては人理を守った六花の将も、今や怨敵と成り果てたのだ。


「『守天』か。奴は天魔の僕であったと聞く。さて、どうしたものか……」


「天魔は倒されましたが、彼はまだソレイユのどこかに居るはず。彼が苦しんだ末に裏切りを選んだのなら、彼を救わねばならない」


「…………」


 どうしようもない救済の宿運を背負うアルスに、アビスハイムは心中で同情する。時には非情に友すらを見捨てる判断も必要だが、アルスには切り捨てる選択が取れない。

 アビスハイムは未来に広がる暗澹を知っていた。故に沈黙せざるを得ない。


「ふむ……守天の行方は知らん。だが深追いはし過ぎるな」


「その助言の理由は、陛下のXugeがゼロについて知っているからですか?」


 アビスハイムはこの戦を、別世界線の記憶を通して何度も経験している。時にはゼロが障害となって立ち塞がる時もあっただろう。


「ううむ……」


 言葉を濁したアビスハイムを見て、アルスは確信に至る。


「……やはり陛下は、この先の出来事も知っているのですね」


「言うな。全知全能たるは、世界でただ一人。このアビスハイムのみであればよい。我は数多の世界線を観測し、此度の戦の末路を知っている。だが、今回が最もよい結末であったのは間違いない。お前はただ胸を張っていろ」


「分かりました。ただし、僕はやはりゼロを追います。陛下も目撃情報があれば教えてください」


「無論だ。……全てが終わった時、きっとお前は笑顔で立っていられるようにな」


 アビスハイムの使命はまだ終わっていない。

 ──結末。彼はそう語ったが、あくまで結末とはこの時点(・・・・)における結果。


 彼は瞑目して未来を思い描いた。

 一寸先は闇。まだ光明は見えない。


「なあ、アルスよ。我からも一つ尋ねていいか?」


「なんなりと」


「どうしても乗り越えられぬ困難があったとして……お前はどうする?」


「…………」


 アルスはこれまでの人生を想起する。

 困難など山ほどあった。乗り越えられぬと思った絶望もあったが、実際に乗り越えてきたのだ。これまでの軌跡は単なる偶然の積み重ねに過ぎないのかもしれないが……


「諦めません、立ち向かいます」


「……その心は?」


「だって、僕が諦めたら世界が大変なことになるじゃないですか。背負うものの大きさを考えたら、とても立ち止まることなどできませんよ」


「フ……ハハッ! そうか、お前は馬鹿だな? だが悪くない」


 アビスハイムは哄笑して目じりに涙を浮かべた。

 たとえ絶望が広がる未来であろうとも、諦めない。愚鈍かつ勇ましいアルスの考えを受け取って……彼はさらに決意を固く結んだ。

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