47. 探求者:正義と真理
時を同じくして。
「嵐絶──『旋風斬』!」
晴天の下、嵐が吹き荒れる。
其を成す者は、碧天。
人々を悪しき者から守る為に授けられた白刃が縦横無尽に駆け回る。
「き、聞いてねえよ……」
「なぜ碧天がおるのだ!?」
リフォル教の面々が、嵐の体現たる男に戦慄する。
安穏とした日常に対する奇襲、合成獣を用いた軍の小隊をも凌ぐ武力……これらを用いた作戦により、この市街全域から魔力行使の素養がある人間を拐うという計画。
緻密に練りに練った策謀は、『人間兵器』とすら揶揄される英雄の家系によって無残にも水泡と帰していた。
「……大人しく降伏することだ。自分の命が惜しいのならば、な」
「た、たわけがっ! 我らは忠実なる魔神様の僕! 死など恐るるにたら……」
刹那。
死など恐れぬと、破滅を厭わぬと、そう豪語した忠実なる僕の首が飛ぶ。鮮やかな鮮血が舞い上がり、デパートの出入口は邪教徒達の忌血で染まっていた。
「俺は聖人じゃない。貴様らの様な『悪』……そうだ、悪人だ。悪人は容赦なく斬る」
「お、おのれっ……!」
窮した末の答えか、リフォル教徒の一人が無辜の民を引き寄せ、喉元に刃を突きつける。
「ひっ……! た、助けて……って、あれ?」
一秒。いや、それよりも短い。
「無駄だ。貴様らに雷が見切れるのか?」
──雷糸が、駆け抜けた。
その時、その瞬間こそがリフォル教徒の絶命の刻。
嵐の中に渦巻く雷となって、アリキソンは人質を取ったリフォル教徒の息の根を止める。
「な、何が起こった!? 早く奴を始末しろ!」
「……ご無事ですか? 向こうへ避難を。大丈夫、手は出させません」
彼は救出した人へ避難を促す。こうして民を守ることこそ、碧天の家系……ひいては騎士の使命。
「さて……どうやらまだ続ける気らしいな」
正義は悪意に殺意を向け、静かに刃を傾ける。
どちらが勝利を収めるのか……それは明白であり、慥かに彼は正しくあった。少なくとも、彼の信念においては。
----------
リフォル教徒による魔の手は、街中にも及んでいた。各地から火の手が上がり、狂乱の中で武器がぶつかり合う金属音と、魔術の応戦による魔力の残滓が天へと舞い上がる。
偶さかその火事場へ居合わせた少女が一人。
彼女は静かに狂気と正気を混ぜ込んだ大釜──ジャオの街を見下ろしていた。
「おい、貴様! その法衣……魔導士か」
そこへ哀れな獣が一匹、迷い込んだ。
黒装束を纏った命知らずは、彼女が何者であるかを知らない。彼がもう少し世間に関心を持ち、魔女の顔を知っていたのならば……向かい合う相手が輝天の末裔であると気づけたのならば、こうして血気盛んに噛みつくこともなかった筈。
しかし。
彼が彼女……ユリーチが何者たるかを知っていたとして、それは本当に彼の命を助ける一因となっただろうか?
或いは『輝天』という大層な称号ですら、彼女にとっては不要な代物であり、元より男の命は助からなかったのかもしれない。
「ええ……ええ。貴方達は……魔力の巡りが良い人達を狙ってるみたいね」
「話が早いではないか。……では、大人しく囚われることだ、魔導士。この合成獣の餌食となりたくなければ……な?」
リフォル教徒が従えるは、一体の合成獣。獅子の頭に地竜の体躯。その戦闘力は一国の戦車に匹敵する。
黙り込む魔導士を、男は舐める様に見つめる。これほど見目が良ければ、供物として捧げる前に奉仕させてやっても良い……そんな下卑た考えを起こしながら決断を迫る。
「……美しくない」
消え入るような声色で呟かれた言葉は、男の耳には届かなかった。
ユリーチは立ち上がり、緩やかにリフォル教徒へ歩み寄る。
「よし、それで良い。では拘束を……?」
男は困惑した。
何故なら、拘束しようとしていた女が消えたからだ。
消失。
一切の気配が途絶えた。
「ど、どこ行った……?」
辺りを見渡す。
陽光が残像を作るのは……自身が従える合成獣のみ。
……おかしい。
先程まで、たしかにそこには人間が居た筈なのである。
いや、
おかしくない。
何故ならこの世界には、
男しか生命がないからだ。
「……は、ははははハははははハッ!」
だって、そうじゃないか!
さっきまであった人の喧騒も、鳥の囀りも、虫の鳴き声も、合成獣の吐息も!
「あァ、自分も! 居ないじゃないか!」
……何を悩んでいたのか、馬鹿みたいだった。
己こそが、真理である。即ち世界、世界には自分だけ、真理は自分、自分は──存在しないから、世界は存在しな
「……つまらないわ、貴方」
男は死んだ。
合成獣も死んだ。
「本当に……気持ち悪い」
抹消された二つの獣を踏み躙り、魔女は再び街を眺める。
喧騒の中に、一息の欠伸が消え入った。




