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共鳴アヴェンジホワイト  作者: 朝露ココア
20章 因果消滅世界アテルトキア
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126. 対『心神』

 白き生命体の侵攻は止まらない。

 次々と戦場は崩壊し、壁までエムティングが迫りつつある。


 根本は心神クニコスラ。

 かつて創世主に裁かれ死した、【棄てられし神々】の一柱である。


『抗うことは悪くありません。しかし無意味です。意味のないことをどうして続けるのでしょうか?』


 彼女は微笑みながら戦車を薙ぎ払う。

 神は絶対。少なくとも盤上世界(アテルトキア)においては災厄から人類を守る守護者であり、なおかつ人を教え導く存在であった。そんな正しき神々を反転させてしまったのは他でもない、彼らを創った創世主のアテルである。

 謂れなき裁きにより【棄てられし神々】は死んだ。故にこそ、蘇ったからには世界をどうしようもなく嫌厭する。


「ティアハート……創世機構解放。『堕情の縛鎖』」


 しかし。棄てられる神あれば、拾われる神あり。

 新たに人理の守護者として立ちはだかるは幻神──リンヴァルス。


 心神の身体を鎖が縛り、一時的に身動きを封じる。


『あら。これは……創世の力ですか? 面倒ですが……』


 ティアハートの権能によって放たれた鎖は、意志力が強いものを拘束する。

 心神の意志力は薄弱だ。なぜ彼女の意志が弱いのか、理由は当人にしか分からない。アルスが放った鎖は大した時間を稼ぐことはできず、あっさりと振り解かれた。想定済みだ。


「ようやく見つけたぞ、心神」


『またあなたですか。本当に神に無礼な真似をするのがお好きなんですね?』


 心神に歯向かうアルスに周囲のエムティングが迫る。しかし彼に近付いた瞬間に消滅していく。正確に言えば、凄まじい速度で斬り捨てているのだ。


「先に進ませはしないさ。この命を賭して君を止める」


『別に私が進まなくても、眷属たちが国を崩壊させますけどね。でも……神の邪魔をする不遜、思い通りにならない鬱屈。私は嫌いですから。あなたはここで殺しますね? 『さようなら』」


 刹那、一切合切の「気」が停止した。

 アルスの戦意、戦場の熱気、そして心神の殺意までもが。凍り付いた世界の中でアルスは予感する。


 ──初見殺し。神族は数多の奥義を隠し持つ。或いは神定法則、或いは神器。

 いずれも一筋縄ではいかず、本来相手にするのならば入念な対策が必要だ。しかし心神の情報は少なすぎる。ならば実戦で初見の攻撃を回避するしかない。

 故に、


「雷電霹靂──『幻雷・重崩』」


 身体の芯から凍結したアルス。そのまま魂まで侵食されて死ぬかと思われたが、身体は雷の束となって霧散する。

 デルフィの補助によって幻影を予め生成しておいた。これで一つ目の初見の攻撃に対する策は消費した。


 本体のアルスは心神の背後に出現し、槍撃を放つ。しかし神定法則【情意の鍵】によって相変わらず攻撃は通らない。


「今の術は……神気によって対象の意志を固定する技だな。対象の内部に魔術的な暴走を齎す術ならば、妨害の手段はある。やや強引で危険な対処となるが……」


 先の心神の技を分析し、傍のデルフィに伝える。

 心神がさきほど放った術は、魔術的な暴走を身体の内部に埋め込むもの。ならば魔術改編(マカ・ラズアース)によって強引に結果を書き換えることはできる。結果はランダムに出力されるが、まともに食らって死ぬよりはマシな結果となるだろう。


『本当に面倒。価値のない抵抗。無駄な消費。時間の廃棄。どうして抗うのですか? 勝てないのは分かっているでしょう?』


「ずいぶんと傲慢だな。神ってのはこんな性格の奴ばかりなのか? 勝算がなきゃ挑まねえよ」


 デルフィはやや苛立ちながらも、再びアルスに幻影を付与する。流石に神を相手に何度も幻影は通じないだろうが、念の為。


「いいや。まともな神も居る。むしろ良心的な神の方が多いのだがな。もしかしたら彼女も生前は普通の神族だったのかもしれないが。さて……心神よ、武術は得意か?」


『武術ですか? まあ人間よりは全てが得意ですよ? だって魂の格が違う……』


「はいそこ。お喋りなんて余裕ですねえ?」


 奇襲。デルフィが心神の頭上に作成していた暗雲より、二つの影が飛び出した。

 一撃目、ロンドのナイフ投擲。もちろん心神には通用しない。しかし先陣を切った攻撃は心神の視界遮断を目的としたものである。


 本命は二撃目。ロンドに続いて登場した『女王の駒』。

 駒が放った斬撃がナイフの残像に隠れて心神に命中。彼女を斬り裂いた。


『っ……! 私に傷を負わせるとは……』


「甘い、神だからこそ甘いです。勝負とは全力で、油断なく、常に警戒姿勢で。貴方は俺たち人間を家畜と仰いましたが……飼い犬に手を噛まれるという言葉をご存知で?」


 ロンド・デウムの操る『黎触の駒』は心を持たない。

 故に、心を持つ者からの攻撃を全て無効にする神定法則【情意の鍵】が効かないのだ。


 これが勝ち筋。勝利の鍵。

 ロンドが有する駒の中でも最強の力を持つ『女王の駒』。これは更にアルスの『調律共振』によってあらゆる能力を強化されていた。神にも駒の刃は届き得る。


『ああ、それ……ひどく不快です。災厄の系譜ですか? 早く壊してしまわないと』


 再び大気の停滞──二度目の術が来る。矛先は女王の駒。

 この術はさきほど分析済み。アルスは秩序の力を放出させ号令を飛ばす。


「伏せろ! 魔術改編(マカ・ラズアース)!」


 伝播した秩序の力が、周囲一帯の魔力を全て捻じ曲げる。

 因果が乱れ、始点と終点が断絶。心神が望んだ「駒の停止」という結果は、思いもよらぬ形に変形された。


 水禍。全ての魔力が水へと変換され、雨が降り注ぐ。地面に水の渦が逆巻き、燃え上がる炎を鎮火させていく。


「ああ、すごいすごい! これがアルスさんのお力ですか! いやはや、面白いですねえ……小生、興奮してきましたよ」


「雨……水か。ならば。雷電霹靂──『天伝(あまつたい)』」


 デルフィは瞬時に女王の駒へ雷を飛ばす。降り注ぐ雨と雨の間に雷の糸が無数に生成され、女王の駒の移動速度を爆発的に高めた。

 目にも止まらぬ速さで動く女王の駒。雨粒の間を伝い、迅雷が如く駆け巡る。斬撃、斬撃、次いで斬撃。心神の反応速度を上回って攻撃を重ねていく。


『……ああ、誰も彼もが煩わしい。先の改編も災厄の力ですね? 秩序の力はそう簡単に人が支配していいものではないのですよ? 駒は駒らしく……真白でありなさい』


 殺意。アルスはその時、初めて明確な殺意を心神より感じ取った。

 警戒心が一気に引き上げられる。彼女の顔から笑顔が消え、恐ろしい……『怒り』が表出したのだ。


『不条理。私は怒りを覚えているのでしょう。あなた方が駒の分際で領分を弁えず、因果を裏返すのならば……私とて不条理を見せてあげましょう。ルールに則った盤上の遊戯はおしまい。ここからは……厄滅のお時間です』


 秩序の力が満ちる。発生源は心神。

 やはり【棄てられし神々】は秩序の力を操ることができるのだろう。術神バロメの前例を見ても明らかだ。


「何か来るぞ、警戒を!」


 アルスの呼びかけにデルフィとロンドは咄嗟に引き下がる。しかし心神の殺意は収まらない。


『心壊』


 距離を取った彼らの行動は無駄だった。三人は同時に膝をつき、水たまりに沈む。

 身体が動かない。


「これ、は……」


「…………」

「フフッ……アハハ」


 デルフィは黙し、ロンドは笑う。

 心神は彼らの「心」に攻撃した。強烈な精神負荷。秩序の力が心を蝕み、強烈な虚脱感と悲哀が魂を支配する。あまりの鬱屈に彼らは肉体の制御権を失ってしまったのだ。


『心とは魂に植え付けられた指向性である。誰もが魂を持つのであれば、弱点もまた存在するのです。その弱点を大幅に増幅させ、魂の免疫機能を暴走させます。魂は増幅させられた悪い指向性を排除しようと必死になり、かえって活動を激化させるあまり……身体の操作を忘れてしまうのですよ』


 いわば自己免疫疾患だ。

 アルスたちは身体の操作方法を忘れてしまった。


『では、この目障りな駒を消しましょうか』


 心神は女王の駒を停滞させ、内側より破壊する。

 アルスが魔術改編(マカ・ラズアース)を使えない今、駒を破壊するなど容易なことだった。


「っ……」


『残念。あなたたちの希望はこれでおしまい。悔しいですか? でも、頑張りは伝わりましたよ。えらい、すごい。それと……あなた、水色の髪の……人間じゃないですよね? 私と同じ神族と見ました。どうです? 一緒にソレイユを攻撃して遊んでみませんか?』


「お断り……だな……」


 苦悶の表情を浮かべながらも、アルスは心神の誘いを糾弾する。

 彼女はやはり異様に人間を……いや、世界を憎んでいる。逆に神族への敬意は死から蘇った今も忘れていないようだ。


『そうですか、残念。では死んでもらいましょう。まずはそこの英霊から……』


「フ……フフッ……アハハハハハッ! 嗚呼、おかしい! やはりおかしい! こんな戦いは甘すぎる、甘すぎて反吐が出ますよ神様ァ! 英霊のデルフィさんを先に殺すって……普通、攻撃性の高い俺かアルスさんを先に殺しますよねえ!?」


『あなた、なぜ動いて……』


 ロンドは哄笑して刮目する。彼は挑発するように舌を出し、舌の上に乗っている黒い物体を見せつけた。

 壁の建造時に砕かれた駒の破片。秩序の力を宿した破片は、心神の動きを封じる神気から彼の「舌」を守った。言葉が喋れれば十分だ。


「最後の最後まで、油断はしちゃあいけない。さあ出番です──兵士の駒くん!」


 木陰より、一影来たる。

 戦闘開始からずっと潜ませておいた『兵士の駒』。この駒は戦いを見て学習し、最終的に至強へと至る可能性を持つ。ロンドの言霊によって動き出した兵士の駒。それは心神との戦いを観戦し、至高の武へと辿り着いていた。


『!』


 神速、疾風迅雷。速度は神を上回り。

 随一、天下無双。力も神を上回る。


 あまりに兵士の駒は成長し過ぎていた。心神は反応する暇もなく、駒の斬撃によって胸を貫かれる。

 同時、アルスたちにかかっていた拘束が解除された。


 反撃の暇はなく、逃走の暇もなく。

 兵士の駒は止めの一撃を心神に叩き込んだ。


『そう、ですか……いい勉強になりました。ふふ……悔しいですね。次に会う時は……最初から、全力で……』


「次はない。君はここで死ぬのだから。安らかに眠れ、心神クニコスラ」


 神気となって霧散する。

 周囲のエムティングも共に消滅し、戦線の崩壊は食い止められる。


 ソレイユは一歩、勝利へと近付いた。

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