46. リフォル教
任務を終えた後、ジャオ王国の中途に位置する街でホテルを取る。
「二人とも、これから買い物にでも行かないか?」
徐にアリキソンが立ち上がり、僕とユリーチを誘ってきた。
「ああ……そうだね。暇だし行くよ」
「……私はいいや。二人で行ってきて」
ユリーチはあまり乗り気ではないらしい。
たしかこの街には有名なアパートがあったので、アリキソンはそこへ行きたいのだろう。
「それじゃあ、行ってくる」
身支度を終え宿から出ると、柔らかな陽光が降り注ぐ。
ジャオ王国は地方財政に注力している為か、首都でないこの街も栄えている。
「それで、どこにデートしに行くんだ?」
「……気持ち悪いことを言うな。デパートで部下達に土産でも買っていこうと思ってな」
なるほど、部下思いの良い上司だ。
僕も友人や使用人に何か買って行こうかな。
「そうか……ジャオの名産は蜜柑と酒だったかな? 昔贈られてきた覚えがある」
「ああ。山菜ワインとかもあるらしいぞ?」
まずそう。
ディオネにも魚卵の焼き菓子とかいう意味不明な名産品があるので、他国をとやかく言えたものではないが。あれはとんでもなくまずい。
「ここだ……やはり大きいな。流石に国内最大級なだけはある」
天廊よりも高く聳え立つ巨大な建築物。頂点にはジャオ王国のシンボルである幻獣が象られている。
出入り口には溢れんばかりの人々が往来し、少し油断するとアリキソンの姿を見失ってしまいそうだ。
その時、
「…………?」
ふと、何か違和感を感じた。
そこまで強大ではないが……どこか奇妙で、威圧的な風。
「おい、アルス? 行くぞ」
「あ、ああ……」
……気のせいか。
「手筈はどうです?」
建物の陰に、数名の人間が屯していた。
その衣服には、蠍の紋様の刺繍。
「問題ありません。計画は間もなく実行出来るかと」
「それでは……本日の午後に。楽しみです……」
魔手が、この国の平穏に手を伸ばそうとしていた。
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「うーーん……土産か。エルムは甘いのが好きじゃないけど、ヘナは甘党だからなあ」
友人を思い浮かべながら土産を見て回る。
個性的な面々なので慎重に考える必要がある。
下手に選ぶと文句を言われかねないぞ。
「お、これは……」
小物売り場へ移ると、懐かしい物が見えた。
女児に好かれそうな熊のキャラクターだ。
昔……僕が七歳くらいの頃だったか。母と買い物に出かけた時に妹が欲しいと駄々をこねたものだ。
まあ、今となってはそんな物に興味は微塵も無いであろう。
「…………」
「アルス、そろそろいいか?」
「あ……うん、待たせたな」
物思いに耽っていると、背後からアリキソンの声がかかる。
彼は両手に大量の荷物を持っていた。
「凄い量だな……交友関係が広いと大変そうだ」
「いや、俺にとっても気になる物をいくつか見つけてな……片方持ってくれ」
「嫌です」
「おいおい……多少は筋トレになるぞ? その細腕では戦闘でも不利だぞ? な?」
何としてでも荷物を持たせようとしてくるなコイツ。
そもそも僕の戦い方は殆ど筋力を必要としないし、剣が持てれば十分だ。
「僕と大差ない実力の癖によく言うね。君こそもっと鍛えた方が良いんじゃないか?」
「な、何を……こんな袋も持てない軟弱者め! あとお前は不親切だ!」
「あーはいはい、いいからさっさと……」
鈍い爆音。
僕の言葉は衝撃に遮られた。
「な、何だ!?」
傍の人々が困惑の声を上げる。
……何があったのかは分からないが、こういう時はとにかく冷静に。
周囲の気配を探り、魔力の起伏を察知する。
この建物全体から魔力の波動を感じるな。
「アリキソン……その荷物は一旦置いておけ。階下を頼む、僕は上へ」
「了解した。人命は最優先だ、良いな」
「……ああ」
これが何かしらの勘違いであれば良いが……勘違いであれば悲鳴など上がる筈はない。
それに……
「風よ!」
風を纏い飛翔する。上から落下してきた人を抱きとめ地面に降ろす。意識を失っているようだ。
最上階あたりのホール硝子が割れ、吹き飛ばされてきたようだ。そこを睨むと、顔を黒布で覆った人物が数名見て取れる。
「テロリスト……あの服装はリフォル教か? 紋章を見れば分かるが……迷惑だな。勘弁してくれ……」
小言を言いながら、一気に階段を駆け上る。
降り注ぐ硝子を弾きながら、全速力で。
建物の崩壊だけは避けねばならない。多くの死傷者が出てしまうから。
「動くんじゃねえ! 死にたくなけりゃ大人しくしてなァ!」
「今から、魔力検査を……行いますので、順番に、順番に……」
降り立った先には二人の男と、三体の魔物。
……いや、あれは魔物ではなく合成獣か。誰があの様な悪趣味な生物を発明したのかは知らないが、よくあんなにも倫理に悖る生命を生み出せたものだ。
合成獣に囲まれるように、ここに来ていた一般の人々が座らされている。
……人質か。無闇には動けないな。
「な、何をする気なんだ……」
囚われた中の一人が、震えた声でテロリスト達に尋ねる。
「いえいえ、苦しむことでは……ありませんよ。むしろ、喜ばしいこと……です。選ばれた方は、魔神様の……糧と、なれますので」
「か、糧だって!? そ、そんな事……」
彼はそこで口を噤んだ。
そんな事は馬鹿げている、と当事者の前で言えば何をされるか分からない。
リフォル教。
活動は三百年以上前から確認されている邪教だ。
百五十年前の魔神戦役において、魔神リグト・リフォルを降臨させたとして、世間からは蛇蝎の如く嫌われている。
グッドラックとは異なり、こうして一般人に迷惑をかける事が多いので、国も対処に回っているが……本拠地が掴めないらしい。
「さっさと終わらせろよ? 騎士団が来る前にな」
「はい……はい。分かってます、とも」
一方は大剣を担ぐ武人、もう一方は魔導士である。
単純な鎮圧ならば容易だが、人質を取られている以上、無闇には動けない。
目眩しでどうにかするか?
懸念としては、彼らが視覚に頼らずとも気配を察知できる手練れの可能性だが……ここまで僕が接近しているにも関わらず察知されていないので、その線は消していい。
「おや……おやおやおや! この子は、凄いです。魔力の巡りが……素晴らしい! 魔神様の、贄と、なるべき……」
魔導士が気味の悪い歓喜の声を上げる。魔力循環の良い人を狙っているようだ。
その時、大剣を持つ男が少し離れて階下を覗き込み、様子を確認し始めた。
──今、か。
「水霧」
静かに、かつ確実に霧が辺りを侵食する。
白い霧で周囲を包み込み、視認を妨害。
この隙に狙うは、合成獣の首。
「飛雪の撃──『連環』」
魔力を乗せて放たれた斬撃は弧を描き、派生し、三つの道を作り出す。
獅子の合成獣の硬皮に斬撃派が斬り込まれ、首を切断。
彼らの絶命を目視し、次に魔導士に肉薄する。
未だ霧は晴れておらず、こちらには勘付かれていない。
峰打ちを叩き込み制圧。
「ぬぉおおおおっ!」
直後。霧の間を縫って吶喊してきたのはもう一方の剣士。
想定済だ。近接戦の多い剣士であれば、霧中であれど気配が察知される可能性は織り込み済みである。
「──彗星の構え」
剣を受け流し、カウンターで三日月型の軌道で斬撃。そして峰打ち。
これでこの場に居た敵対勢力は全て無力化した。
風魔術で霧を晴らす。
「な、何が起こった……!?」
「ひっ……化物の首が……!」
「あぁ、神よ……」
不安に駆られる人々。
ひとまず、彼らを安心させないと。
「皆様、お聞き下さい! 現在、此方はリフォル教に占拠されています! 戦える方は周囲の警戒をしつつ、この場で待機をお願いします!」
これで取り敢えずは大丈夫だろう。
見れば、帯剣している者も何人か見受けられる。奇襲故に不覚を取ったのだろう。警戒態勢であれば問題無い筈だ。
さて、後は……
上層に更なる魔力を感じる。
僕は導かれ、階段を駆け上っていく。




