4. 家族との再会
街へ足を踏みだすと、白黒の停滞していた世界は再び色を取り戻し動きだした。
同時に聞こえてきたのはざわめき声。
……そう、何かが起こっていたのだった。朧気な記憶をたどり、パズルのピースのように断片的な光景が蘇ってきた。
たしか街中で大きな音が鳴り、父親が外に出て行ったのだ。そして、アテルに誘拐された。
「とりあえず、レストランの中へ戻ろう」
父の言いつけ通りに大人しく待っているのが最善策だろう。
「ぶへっ!」
盛大に転び、地面に頭を打ちつけた。
「頭が……重い……」
精神世界では精神年齢に伴って身体が成長していたから、幼少の子供の身体とは勝手がずいぶんと違う。
「歩くのも大変だな……」
しばらくは子供の身体に慣れることが課題みたいだ。
どの席に座っていたのかも覚えていなかったので、入口で待っていると、父が戻ってきた。
僕からすると十年振りの再会だ。改めて見るとこんな顔をしていたのか、と懐かしさの中に違和感を覚えた。
「アルス、待たせたな。偉い子にしてたか?」
「偉い子……かどうかは分からないけど、じっとしてたよ。何かあったの?」
「……あ、ああ。特に心配はいらないぞ。さ、昼飯にしようか」
なんだか父が落ち着かない様子でこちらを見てくる。雰囲気が変わったから怪しまれてる?
もう少し子供らしく振る舞った方がいいか。
子供の純情と共に家族との時間を過ごす……僕はそんな貴重な機会を失った気がして、少し寂しくなる。
「たしかアルスが頼みたいのは……これだったな」
「え……お子様ランチか……。やっぱりこれにするよ」
「いや……食べきれんだろ。お子様ランチですら食べきれないこともあるだろう」
「大丈夫!」
精神世界と同じ量を食べれるとは思っていないが、お子様ランチを頼むというのも少し気恥ずかしい。プライドってやつだ。
「そ、そうか……残しちゃダメだぞ?」
──食べきれなかった、不覚。
残ったぶんは父がおいしくいただきました。
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「お父さんは騎士なんだよね?」
「アルス……さっきから妙に饒舌だな。そうだ、ホワイト家は代々立派な騎士として功績を残してきたんだぞ。功績って何かわかるか? 功績というのはな……」
僕の家系は四英雄の一人・『霓天』の血筋であるホワイト家だ。龍神から与えられた神能を継承している。ここディオネ神聖王国でも重要な地位を占めているらしい。
「功績はわかるよ。じゃあ……僕も騎士になるかはまだ決めてないけど。強くなるために訓練したい」
ホワイト家の長男として生まれた以上、武の道に身を置くことは避けられないだろう。ならば、早く始めてしまった方が楽だ。
何事も積み重ね。特に幼少期からの習慣は大きな影響を及ぼす。
「な、何……!? アルスが志願したら始めようと思っていたが……こんなに早いとは……やはり俺の子だな!」
「う、うん」
心躍らせる父の後ろを歩き、僕は家へと帰っていった。
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白亜の壁に掛かった魔導灯が揺れ、父の背を暖かな色が照らしだす。街の一角にある屋敷に到着した。ここが我が家のようだが、まるで記憶にございません。
「ただいま、母さん」
リビングに入ると、母がいた。水色髪の父と、淡黄髪の母。僕の髪色は薄めの水色である。
「お帰りなさい。外で何か騒ぎがあったみたいだけど、大丈夫だった?」
「ああ、またグッドラックだ。幸い怪我人はなかったようだ」
父が言っている『グッドラック』というのは一種の組織のことだ。目的不明、規模不明、世界的に迷惑をかけている謎の連中……というのが一般認識だとアテルには教わった。
「最近物騒ね……街中でも気をつけないと」
「俺たち騎士がいながら……情けないな」
「あー」
あー、と言ったのは僕でも両親でもない。赤ん坊の泣き声で、奥を覗いてみると揺り籠の中に僕よりも年下の女の子がいた。
僕の妹だ。名前はなんだったかな……たしか、マリーだったような気がする。
そばにあったオモチャをカラカラと鳴らすと、マリーは小さな手を振りながら笑い声をあげた。
「それよりも母さん、聞いてくれ! アルスが強くなるために訓練したいと言ってくれたんだ!」
リビングでは両親が相変わらず話している。なんだか眠くなってきた……。
嬉しそうに父が話すのを聞きながら、僕は妹とともに眠りへ落ちていった。
【騎士】……王城に仕える、武力を持つ者。治安維持・国防のために働く。主人公が暮らすディオネ神聖王国は民主制であるが、国王が象徴として君臨しているため、古代の名残として騎士という呼称が残存している。土地を管轄したり、税を徴収したりといったような、地球の騎士階級が持っていた役割は持たない。
【霓天】……四英雄の一人。主人公の血筋である。初代霓天はスフィル・ホワイト。神能『四葉』を継承している。