120. 王の器
王都アビスへ戻ったアルスたち。
彼らは空港を横切り、城へ戻る予定だった。
「あれは……?」
「何か整理作業をしているようだな」
ふと足を止める。
アルスとデルフィの視線の先には、溢れんばかりの人が立ち並んでいた。忙しなくソレイユの兵士たちが動き回り、人々を誘導している。
「そういえば今日は避難日でしたね。国外退去を望む人を結界の外へ出すのです」
マリーが無関心な態度で思い出す。結界の外には大量の飛行機が待機しており、小さく空いた結界の穴から国民が続々と出て行っている。
不思議そうに様子を眺めるアルスに黒髪の少女が歩み寄る。整理作業を手伝っていたノアだ。
「こんにちは。お帰りですか」
「ノア。あれはその……大丈夫なのか?」
大丈夫なのか……とかなり抽象的な問い。
しかしノアは彼の真意を汲み取った。
「問題ありませんよ。あの列の中に敵やエムティングに化けた人間が潜んでいないことは検査済みですし、避難を希望した国民だけが避難します。まあ受け入れ先なんてあるはずもないので、この戦いが終わるまでソレイユ離島に避難してもらうだけですが」
曰く、ほとんどの国民はソレイユに留まる選択をしたらしい。
国民の立場に立ってみると、かなり強烈な変化がここ最近であったはずだ。突然国が結界に覆われ、国王が代わり、さらには神が敵だと宣言される。あまりに突飛で常識離れした現実が説明されている一方で、実生活には殆どの影響がない。
国民は自分の国が危機に晒されているという実感が湧かないのも当然だろう。
「無論、全ての国民が即座に王位に就いたアビスハイム陛下を認めているわけではありません。ですがアビスハイム陛下が民に寄り添う姿勢は正当に評価されている……と言えるでしょう」
アルスはまだソレイユに来たばかり。
特にソレイユ国民の内情と、アビスハイムに対する評価は不明。しかしノアの話を聞く限りでは彼に厄滅の間の治世を任せても良さそうだ。
「民を纏めるのは大変だ。集団の意志は一つにならないからな」
デルフィは苦笑する。どこか彼の言葉には実感がこもっていた。
「そちらの方は……ええと、データを参照。ああ、『輝ける黄蛇』さんですね。アルスさんが呼んだ英霊ですか」
ノアは愚者の空のデータを参照し、デルフィが何者なのか照合する。アルスが呼んだ英霊ということも含めて、デルフィの存在を認識した。
「なるほど。たしかにデルフィ・ヒュエンさんはアジェンの首相になった過去を持っていますから、陛下の気持ちも分かるかもしれませんね」
「なんだこいつ。俺の正体をノーヒントで言い当てやがったぞ」
「ノアは基本的に地上すべての生命のデータを参照できる。隠し事も通用しないと思った方がいい」
アルスの解説にデルフィは顔を顰める。生い立ちの性質上、人に嘘ばかりついてきた彼からすれば堪ったものではないだろう。ノアはアビスハイムに召喚された、別世界のマリーとアリキソンの過去だって知っているはずだ。
彼はささっとアルスの陰に隠れ、早く行こうぜと目で促した。
「それでは、僕たちは城に戻る。ノアも頑張って」
「はい。お互いがんばりましょう」
一旦の別れを告げ、三人は王城へ帰還する。
~・~・~
「「「うわ」」」
三人は玉座の間に入ると同時、呻いた。
溢れんばかりの人間が地面に倒れている。
「戻ったか」
「あの陛下、この惨状は?」
「みな過労、或いは負傷で倒れた者だ。我の治癒魔術で順番に治している」
アビスハイムは一人ずつ倒れる人々に歩み寄り、抱きかかえて治療していく。そうしている間にも次々と担架に乗って人が運び込まれる。
「ザンカ。お前はいつも無茶をするな。どうせ此度もエムティングの懐に突っ込んだのだろう」
「は、はい……すみません……」
「ユリオス。お前はまた魔道具を暴発させたのだろう。腹部に痕跡が見られるぞ」
「……っす。反省してます」
アビスハイムの様子を眺めていると、一つの事実に気が付く。彼は兵士の名前を全て覚えており、性質も熟知しているのだ。この短期間でよく兵士全員の特徴を頭に叩き込めたものだ。
デルフィもアビスハイムの王の器に感心したように頷いている。
「僕も手伝います」
アルスも負傷者の手当に回り、少しでも手伝おうとする。彼の力になってやりたい……自然とそう思わせるのも王の素質なのだろう。
感心するデルフィの一方で、マリーはどこか冷めた視線。
「陛下。次の命を」
「しばし待て。マリー、お前も闇雲に外敵を探し続けるのは飽きただろう?」
「いえ。探さねば見つかりませんから。向こうから出て来てくれるのなら話は別ですけどね」
「なに、案ずるな。必ず決戦の時は来る」
王は気楽に構えているようだ。彼の様子を見てマリーは心中で呆れかえる。
相手は神。どうしてここまで余裕を保っていられるのか……と。一人一人の怪我を治療しているのも呑気が過ぎる。
他人を慮る気持ちなど、とうに捨て去ってしまった彼女だからこそ思う。
「外に出てきます。ご命令があれば呼び出してください」
しかし彼女は大森林へ出て戦うわけにもいかない。
なぜなら大森林にはアリキソンが居るからだ。彼とマリーが同じ環境に身を置けば、即座に仲間内で撃鉄が起こるだろう。アビスハイムも不和を知って二人を別の部隊に配置した。
治癒魔術が使えず立ち尽くしていたデルフィ。
彼はマリーの様子に違和を感じる。
「俺もちょっと城を見回ってくる。アルス、いいか?」
「ああ。夕飯までには帰ってこいよ」
「母親か」
デルフィは親という存在を知らないが。
治癒に勤しむアルスとアビスハイムを横目に、彼はマリーの後を追った。




