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共鳴アヴェンジホワイト  作者: 朝露ココア
20章 因果消滅世界アテルトキア
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113. 妄執の霓天

 覚えているか、激情を。

 憤怒を忘れた時、人は怠惰な獣に成り下がる。憤怒を忘れなければ、人は強欲な獣で在り続ける。

 故に忘れるな。捨て去るな。


 私は今もなお、あの光景を瞳に焼きつけている。地獄だ。

 故郷は地獄の世界だった。同じ世界(アテルトキア)と呼ばれていても、この平穏な世界とは似ても似つかぬ地獄だった。この世界も厄滅を防がねば地獄になるらしいが。


 紅蓮の炎が赫赫と燃え、空を支配するは常なる黒煙。息を吸えば喘ぎ、歩を進めれば足が腐り落ちる。力なき者は生存を許されず、心という心は全て淘汰されてしまった世界。幼い頃は平和な世界があんな地獄に変わるなど思ってもいなかった。

 では、地獄を創り出したのは。世界を炎の釜へ堕とし込んだのは。誰なのか。


「アリキソン・ミトロン……」


 黒き嵐を操る忌まわしき仇敵。今、あの憎い男が仮にも魔導王の傘下にある仲間だということが認められない。

 私はあの剣士を仲間だと認めていない。英霊の一生を大森林で過ごし、エムティングに貫かれて死ねばいい。憤怒を忘れていない……あの男への憤怒を。


 だから私は示すのだ。地獄より這い出た者の妄執を。


 ~・~・~


「なに考えてるの?」


 俯く英霊マリーに軽い調子で話しかけた少年。

 彼は初対面にも拘わらず、家族に接するようにマリーに声をかけた。


「あなたが……アルス・ホワイトさんですか?」


「うん、はじめまして。たしかに僕の知っているマリーよりも大人っぽい。こっちの世界線では君の兄をやっている。よろしく」


「よろしくお願いします。私の世界では兄が存在しなかったので、私目線ではあなたは赤の他人なのですが……」


 青空のような水色の髪と瞳。

 マリーの想像よりも年若いが、この少年が兄だと言っても違和感はない。アルスは思いついたようにお菓子の箱を鞄から取り出した。


「チョコ食べる?」


「……? そんなもの、何年も食べていませんね」


 マリーの故郷では食文化など廃れていた。甘味も滅び、趣向品も存在しない。


「そうか……ずいぶん辛い生を送って来たようだな」


「別に……私の世界では、私の世界なりの当然の生き方があります。たかが菓子ひとつで生を測られても困りますけど」


「僕が言ってるのはそういうことじゃないんだけどな……」


 別世界の無関係者とはいえ、アルスの眼前に居るのは妹のXugeだ。彼女を慮ってしまうのはアルスにとって当然のことである。

 アルスは生命に魂の色があることを知っていた。このマリーの色はどこかアルスに似通った色をしている。己が人間性の全てを投げ捨ててしまった、人の道から外れた意志を瞳から感じ取ったのだ。


「さて、本題に移ろう。アビスハイム陛下から、僕は君と共に外敵の捜索を任じられた。なんとなく……ここに敵が居そうだって予感はある?」


「そう言われましてもソレイユは大きい国ですからね。敵を結界で逃がさないようになっているものの、捜索は目処がなければ厳しいでしょう。陛下から何も情報は聞いていないのですか?」


「ああ。残念ながら手掛かりなしとのこと。しかし、そうだな……」


 アルスは考え込む。

 リリス曰く……ソレイユの結界内ではアビスハイムが英霊の下へ転移することを除いて、転移が封じられているらしい。しかし以前に三体の外敵と遭遇した際、彼らは一瞬で消え去った。


(転移術ではない……となると、姿を消している? いや、それなら気配が残るはずだ。どうやって消えたのだろうか……)


 心神の権能にも、命神の権能にも転移に関わるようなものはないはず。アルスの把握している限りでは。

 天魔の『秩序の干渉』の神能によって消え去ったのだろうか。ならば一つだけ手掛かり……というよりも、強引な頼みの綱がある。それは天魔スターチが人間であるということ。他の二神は生理現象を全て遮断してフロンティアなどに潜伏できるだろうが、スターチは違う。少なくとも人里で生命を維持するための生活を送らなければならないはずだ。


「どこか人が潜伏できそうな場所とかはないか? フードで顔を隠していてもあんまり変な目で見られない街とか」


「かなり大雑把な提案ですね……それなら魔族が住民の多くの割合を占める都市、アミナとかでしょうか。魔国ディアみたいな街です」


 魔国では四足歩行の魔族の人々や、角の生えた人々も多く暮らしている。魔物的な特徴を誇りに持つ人も多いが、コンプレックスを抱えている人も多い。そんな魔族の人々はフードや包帯で特定の部位を隠したりしている。


「では、手始めにアミナに向かおうか。まあ簡単に広大な国の中から見つかるとは思えないし……気長に探そう」


「あまりのんびり構えている余裕はないんですけど。可及的速やかに捜索し、手掛かりがないようでしたら首都アビスにすぐ戻ります」


「了解。さあ、行こう」


 ~・~・~


 ソレイユ王国の特徴といえば、高い魔導文明によって統制された四季だ。

 アルスたちが訪れたアミナは北西部に位置しており、年中冬の季節が維持されている。首都アビスは春の区画だ。しかし冬の区画を作ったはいいものの、他の季節区画に比べてメリットが少なすぎる。寒いし、農作物は育たないし、水道は凍るし……そのせいで冬の区画だけ人口が極めて少ない。


「マリーは冬国のディオネ出身だから、寒いのには慣れてるだろう?」


「いえ、私の故郷は世界中が年中燃えていたので。暑い方が慣れていますね」


「その世界、どうやって生き延びるんだ……?」


 恐らくランフェルノに世界が侵攻されていたら、似たような状況になっていたのではないか。

 あまりマリーは故郷のことを語りたがらないので、アルスも深入りはしない。


「じゃあ敵を探そうか。指名手配だ」


 スターチ、心神、命神の人相をプリントしたビラが駅に張り付けてある。このような遠方にまで指名手配は既に行われているようだ。

 しかし流石は冬区画の外れ……駅前にも誰も人がいない。こんなところに張り紙をしても大した効果は上がらないだろう。


「人が少ない分、一人一人を注視して探す事もできますね。さあ、早く敵を探しましょう。たとえばほら……あのフードを被った人とか怪しくないです?」


 マリーは駅前で周囲を見渡している人を指さした。体格からして男性だろうか。

 たしかに天魔がフードを被って顔を隠しているとはいえ、そんな簡単に見つかるわけがない。アルスは彼に歩み寄り、できるだけ明るい表情で話しかけた。


「こんにちは。少しお顔を拝見しても?」


「……!」


 しかし男は異様な警戒を見せた。彼は飛び退き、アルスから距離を取る。

 この動作は何か後ろめたいものがある証拠だ。外敵に関するものではなくとも、単なる犯罪者かもしれない。


「ほら怪しいですよ。怪しいので一旦拘束しときますか。それとも殺しますか?」


「マリー、判断が早い! 少し話を聞こうか」


 フードの男はしばし静止して二人の様子を眺めていたが、アルスの顔を見て僅かに前進した。

 そして彼は下方からゆっくりとアルスの顔を覗き込み、声を発する。


「お前……もしかして、イージアか?」


「ん?」


 男はフードを脱ぐ。

 無彩色の街並みに靡く緑髪。過去と比べて生気を失った声色は、ひどくアルスの心を刺激した。


「ゼロ……?」


 思わぬ場所で出会ったのは、守天の片割れであった。

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