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共鳴アヴェンジホワイト  作者: 朝露ココア
20章 因果消滅世界アテルトキア
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112. 再起

 アルスが城を発った少し後、ユリーチは重い身体を引きずって部屋から出た。

 爽やかな朝の風は、今の彼女にとっては少し痛みを伴っていた。実質的な痛みではない。精神的な痛みだ。世界の爽やかな事象すべてが彼女の心を抉ろうとしていた。


 彼女はそのまま足を運び玉座の間へ。ひとまずアビスハイムに現状を尋ねに行かなくてはならない。魔導王は玉座で瞑目し、己の魔力を高めているところだった。

 ユリーチは踵を返す。瞑想を邪魔するのは気が引ける。ただでさえ多忙なアビスハイムの邪魔にはなりたくない。


「……待て」


「はい」


 だが、王はユリーチを呼び止めた。

 再び踵を返し玉座の下へと。


「もうよいのか」


 彼の『よいのか』と言う言葉には、あらゆる意味が含まれていた。

 高圧的な王だが、同時に臣下と民を何よりも考える王である。ユリーチの心情にも配慮しているのは明白だった。彼女はしばし瞳を伏せて、毅然とした態度で顔を上げた。


「大丈夫です。お兄様が天魔なのには驚いたけど、兄弟が悪い事をしていたら正してあげるのも家族の役目だと思うの。きっとお兄様が天魔になったのにも理由はある。ただ悪い事を咎めるのではなくて、向き合って過ちを説くこと。それが今、お兄様には必要な治療だと思う」


「なるほど。お前は相手の立場になって物事を考えられる人間なのだな。これができない人間が世の中にはごまんと居る。誇ってよいぞ」


 アビスハイムは王として傲慢な人間、欲深い人間を数多く見てきた。たとえ欺瞞であったとしても、自分が相手を想える言葉を吐ける人間は少ない。言葉には責任が伴うからだ。


「一日休んだけど、これからは私もソレイユの力になりたい。お兄様の手によって人々が傷付くのなら。その犠牲は私の責任でもあるから……国を守るために全力を尽くす」


 たった一晩で心の区切りをつけたユリーチ。彼女の決意にアビスハイムは感心していた。

 恐らく、彼女の人生では今回よりも辛いことが何度もあったのだろう。困難を乗り越えるほどに困難は乗り越えやすくなる。


「では、ユリーチ・ナージェントよ! 指令を出す。ソレイユ大森林の戦線へ赴き、ウジンの麾下に入れ。お前が星・天の魔術を使えることは把握済みだ。エムティングの掃討も楽になるだろう。光魔術による治癒も必要だろうしな」


「はい。全霊を尽くします」


 闇が光を呑むと、スターチは言い残した。

 しかし光なくして闇はなく。闇ある限り、光は尽きぬ。

 決して折れぬ、輝天の導光がソレイユを照らす。


 ~・~・~


 ソレイユ王城の地下施設では、大勢の研究員が慌ただしく動き回っていた。

 クロイムはへこへこ頭を下げながらナリアの姿を探す。


「……あ、大師匠見つけた。おはようございます」


「…………」


 返事はなく、ナリアは機体を弄り続けている。


「なに作ってるんすか?」


「放出型アーティファクトを量産している。詳しいことは私もまだ完全に理解できていないので、そこの魔導星冠に聞け」


 ナリアはレンチを傍の少女に投げつけ、クロイムの視線を誘導する。


「いたっ……あんまり調子に乗っているとしばきますよ」


 魔導星冠……リリスは腰を抑えて怒りをあらわにした。しかしナリアは開発に没頭しており、まったく周囲の声は入っていないようだ。

 呆れたように溜息を吐いたリリスはクロイムに説明を開始する。


「一応、そこの暴力幼女の弟子らしいので……あなたにも説明しておきましょうか。現在、私たちが総力を挙げて作っているのは『救済の力』を持つアーティファクト。まあ、何のことを仰っているのかあなたには理解できないでしょうが」


「ああ、救済の力ね。俺使えるよ」


「!?」


 クロイムは左手から白いオーラを、右手から黒いオーラを出して織り交ぜる。

 すると白い光が生じて花火のように散った。


「俺、記憶喪失だからよく分からないんだけどさ……白いのが混沌で、黒いのが秩序ってのは記憶に焼き付いてる。で、この二つを混ぜると救済って力になる」


「あなたは……何者なのですか?」


「いや、だから記憶喪失なんでなんとも。ま、大物なんだろうなあ……って思ったり? ほら、こうやって女の子の姿にも変身できるし。絶対凄い素質持ってるよな?」


「うわ、TS……私そのジャンル苦手なんで……」


 リリスは変貌するクロイムの姿を見て後退る。

 たしかにクロイムは規格外の存在だ。自在に二つの因果を操れる存在など、滅多に世界にいない。リリスの知る限りではアビスハイムとアルス、そしてノアのみだ。

 これはチャンスかもしれない。クロイムの力があれば、救済の力を持つアーティファクトの生産性が上がる。


「……失敬。TSが好きな方もいらっしゃいますよね。ちなみに私が好きなのは純愛もの……い、いえ……なんでもありません。話を戻します。二因果の存在を知っているのならば話は早い。私たちは救済の力を作り出し、それを放出するアーティファクトを設計しているのです」


 設計図をクロイムへ見せるリリス。一応、クロイムは錬象術を履修しているので多少の図解は……


「ごめん、ぜんぜんわからん。このアーティファクト、設計が複雑すぎねえ? 錬象初心者の俺にはちょっと作れる気がしないかな」


 残念ながらクロイムの頭では理解できないようだ。

 その時、黙々と研究を進めていたナリアが徐に顔を上げた。弟子の弱気な言葉に対して彼女は珍しく柔らかい声で言う。


「クロイム。どんな複雑な物も、分解してみれば意外と素直な設計をしているのだ。機構の一つ一つを観察し、部品の一つ一つに向き合ってみろ。そのうち全体像が見えて来て、アーティファクトの性格も分かるようになるぞ」


「あー……たしかに、簡単なアーティファクトの作成も最初は手こずりましたね。でも、今なら全てのパーツがどんな役割を持っているのか認識できる。この超複雑に見えるのも、意外と……?」


 クロイムはまだ小さな人形アーティファクトくらいしか作れない。だが、大なり小なり組み立ての順序は同じなのだ。ただ規模が大きいというだけで、意外と簡単かもしれない。

 錬象術の本質は分解と構築。事細かに一つずつのパーツと向き合ってみることが大切なのだろう。


「よし、俺も頑張って学んでみます!」


「意気込んでいるところ申し訳ないのですが、クロイム殿には救済の力を生成していただこうかと。あなたにしかできない仕事ですので」


 聞けばソレイユの魔導士たちは疑似的な神気と邪気を生成し、それらを混ぜて純度の低い『救済の力』を生成していると言う。疑似的な神気と邪気を作り出すだけでも常軌を逸した技術なのだが……本物には敵わない。


「分かりました。まあ俺が出せる量も限界はあるんで、ほどほどに。ところで救済の力を放出するアーティファクト……って、何に使うんです?」


「決まっています。救済の因果は全てを屠ることができる、最後の兵器。神も魔も、全てが等しく貫かれるのですから……外敵にぶっ放します」


「なるほど、全力で協力します!」


 エムティングに貫かれた恨みをクロイムは忘れていない。

 心神や命神を討つべく、彼はさっそく作業に取り掛かった。

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