107. 持久戦
戦場は自然と三つに分断された。
まず、敵の首魁である心神を相手取るアルスとノア。東側より来たるエムティングに対処するナリア、シレーネ、クロイム。そして西側の対処に当たるユリーチとロンド。
『どうして抗うんですか? 無駄だと言ってるじゃないですか。あなたには脳がないんですか?』
「悪いな。僕らは諦めることが苦手なんだ。馬鹿な生命だと笑ってくれ」
アルスの聖槍ティアハートが心神に迫る。しかし届かない。彼の無比たる一撃を以てしても攻撃が通らないということは、何か仕掛けがある。純粋な力量差では複合された神性を持つアルスが負けるはずがないからだ。
「アルスさん。心神の神定法則は【情意の鍵】です。簡潔に言えば、心がある者は彼女に攻撃を浴びせることができません」
「……どうすればいいんだ?」
「実はですね……彼女の神定法則には裏事情がありまして。あるんですけど、話したところで私たちにはどうしようもないので……すみません。私にも対処法が分かりません。アルスさんの可能性にかけます!」
「投げやりだな!?」
仕方ない。今のノアは本体ではなく幻影。調停者としての力もない以上、過度な期待はできない。なんとかアルスが打開策を発見しなければならないのだ。
ノアの支援魔術を受けつつ、彼は心神と衝突。
魔術改編を一瞬行使し、心神の神定法則に異常を起こせないか試したが失敗。戦意を滾らせて力任せに貫くこともできない。どうしても攻撃が空を切ってしまう。
『無謀です。意味がないです。やめた方がいい。努力の必要がない。どう足掻いても無駄。戦うほど無能。諦めなさい?』
「心神よ。『創世法則は神定法則に勝る』……神族の常識だ。知っているか?」
『……何を』
糾弾の言葉を浴びせる心神に対して、アルスは不敵に告げる。ちなみに彼は何も考えていない。とりあえず神族の常識を思いつきで言ってみただけである。
しかし、心神の表情から余裕が消えた。
「今からやるぞ」
『…………』
「今から、君を倒す方法を実践するぞ?」
『…………?』
アルスの様子を傍から見ていたノアは思う。
(これ、何も思いついてないやつですね……)
単純な時間稼ぎだと。
~・~・~
一方、東部では。
「師匠、師匠! 次から次へと「えむてぃんぐ」なる化け物が湧いてきます! ロマン砲ぶっぱなしていいです!?」
「駄目だ、お荷物が増える! ただでさえ一人荷物を抱えているというのに……」
「荷物って俺のことですかねえ!?」
無数に迫り来るエムティングの大群をナリアが押しとどめる。
錬象術によって開発した魔道具を用いて、星属性の反応を誘引。砲口から射出されるレーザーが次々とエムティングを薙ぎ払う。
彼女の戦場における活躍は目覚ましい。シレーネも辛うじてアーティファクトをフル起動してエムティングの行動を妨害していた。クロイムも負けじと権能を行使する。
「【救済の放出】!」
秘奥の一手、救済の放出。混沌と秩序の『放出』の神能を複合させた権能である。
彼の身から発せられた光がエムティングへ迫り、伸びる触手を消滅させていく。光は勢いに乗ったまま、周囲に存在する数体のエムティングを消滅させることに成功した。
混沌と秩序の力を放出し両因果の相殺で生じたエネルギーによって、あらゆる事象を無効化する権能。敵の魔術を消去したり、魔導生命体を消滅させる用途がある。
「よっしゃ! どうです、もう俺をお荷物なんて言わせないぜ!」
「流石ですクロイムさん! でも、その異能って半日のクールタイムが必要なのでは? ここで使ってよかったんですか?」
「俺は長男じゃないから我慢できなかった。後悔はしていない」
非常に強力なクロイムの神能だが、欠点がある。一度使った権能は半日近くクールタイムを設けないと再使用できないのだ。
切り札の【救済の放出(アリス・血姫回収)】を使ってしまった。これで残るは【救済の領域(リグス回収)】、【秩序の衝動(元から持ってたやつ)・接続(死帝回収)・変質(魔王回収)】のみ。
ちなみに『救済』に変化した神能は混沌と秩序に分解して戻せない。
「クロイム、これ以上神能は使わない方がいい。爆弾でも作って投げてろ」
「いや大師匠、まず材料がですね」
ナリアは平然と空中から魔道具を生成するが、クロイムはそこまで錬象術を究めていない。火薬もなしに爆弾など作れるものか。
「というか、えむてぃんぐの数が多すぎます。アーティファクトの刃が白くてねばねばした意味深な液体でボロボロになるし、正直辛いですよ。修理費どうしよ……魔導王に請求していいんですかねこれ……」
「魔導王アビスハイムは神話通り寛大だ。ついでに今後実験に使う予定の素材も請求してしまうぞ」
シレーネとナリアは混迷の戦場においても冷静沈着であった。財布事情を考えるほどに。
やはり経験の差なのだろうか。クロイムは記憶喪失時点から考えれば、まだ一歳にもなっていない。実質乳児と言っても過言ではない(諸説あり)……ので、戦場で油断してしまうことも仕方ないのだ。
「クロイムさん、後ろ!」
「あえ?」
白き茨が死角から飛び出し、彼の胸を貫いた。




