99. ソレイユ王国です
アルスがいつも通り、マリーを観察していた時のこと。
「失敬」
「お引き取りください」
「やめようね」
突然、異常事態が起こった。
まず失敬したのは、黒装束に身を固めた少女である。彼女はどこからともなく現れ、アルスの背後に降り立った。
そしてお引き取りくださいしたのは、使用人のルチカである。彼女は侵入者の少女に刃を投擲し戦闘姿勢を取った。
最後にやめようねしたのは、アルスである。ルチカの刃を止め、逃げようとした少女……アナベルトを掴む。
「え」
マリーは目を丸くして冷蔵庫から取り出したジュースを取り落とした。
「この人は暗殺者じゃなくて、僕のお客さん。ルチカは気にしないで。マリーは……ごめん。床拭くのに僕の服使っていいから」
「いらないです」
アルスは気を取り直して、アナベルト・シルバミネを正面席へ座らせる。
彼女は深々と頭を下げた。
「申し訳ありませぬ。素直に玄関から訪問すればよかったのですが、つい暗殺者癖が出てしまいました」
「ああ、いいんですよ。でもマリーを怖がらせたのは駄目ですね、減点対象です。さて……詳しくお聞かせ願いたい」
本題に入る。アナベルトに調べてもらっていたのは神族に関する大規模な調査、および英霊の複数召喚を試みている国について。
彼女が取り出した写真は一枚、二枚、三枚……
「何枚あるのこれ」
「四十一枚です。すべてソレイユ王国に侵入して盗撮してきたものになります」
「ソレイユか……」
ソレイユ王国。世界有数の魔導大国。
きわめて長い歴史を持ち、かつては魔導王朝として最盛を誇った。あの国の文明水準ならば、高度な英霊召喚や神族への干渉も可能かもしれない。
「ここからが大切な話なのですが。写真にあるように、王宮内部は多忙を極めており奇妙な魔術式がいくつも取り付けられていると分かります。いわば緊急事態」
「……何が起こるんです?」
「大惨事大戦です。盗んだ情報によりますと……ええ。近日ソレイユ王国は開戦の狼煙を上げ、凄まじい魔術式を起動するとか」
「!? またグラン帝国みたいなアレか?」
「いいえ、グランのようなアレではないのです。相手は……神々。『棄てられし神々』と呼ばれる、世界の敵だそうです」
「」
~・~・~
生に定められた時間は有限である。
時の尺が長いにせよ短いにせよ、終わりはやって来る。一分、一秒を刻む毎に私の魂は擦り切れて世界の歴史から切り離されるのだ。
だから常に前を向く。後退は許されない。
「……もしもし、こんにちは。進捗はどうかしら」
『フェルンネか。進捗はあまりよろしくない。簡潔に言えば、次元観測が不定だ。以前にお前から紹介された術式を組んでみても、どうしても揺らぎが生じる』
「ナリア。その呼び方はやめてと言っているでしょう。今はユリーチと呼びなさい。さて、時間がもったいないので研究の話に戻すけれど。先に紹介した術式が駄目なら、次の位相実験を試してもらえないかしら」
『はあ……金はお前の方があるだろうに。研究費が馬鹿にならんぞ』
通信先の彼女はしおらしく愚痴をこぼす。
破壊神の騒乱から百年。かつて共に喧嘩しつつも研究を共にしていたナリアと、私は今も交流を続けている。
最終的な着地点は……ええと。『失われた時を取り戻すこと』、なのかな。
「私は私で忙しいから。あなたは研究だけしてれば良いのでしょうけど、私には役目がある。午後にも学会の予定が入ってるのよ」
『一応、こっちにもジークニンドのあれこれとか、シレーネの説教とか……まあいい。さっさとデータを送れ。では』
「はい、またね」
通信を一方的に切られ、私は即座に机へ目を戻す。
ああ……いい加減に部屋を片付けないと。でももう少し……もう少し続けよう。私が私であることの証明を、失った自分の記憶の補完を、あの人に届ける献身を、完成させなければ。
「ユリーチ様。よろしいでしょうか」
「うん、入って」
部屋に使用人が入って来る。息の荒さと体表温度から見て、かなり慌てているようだ。
「スターチ様が……お帰りになられません。連絡もつかず……」
「ひょ? おにいたま……?」
「それと、この光景をご覧ください! スターチ様の行方不明と関係があるのかは分かりませんが……」
使用人は空間に映像を映し出す。
映像には天まで立ち昇る光の壁のようなものが映されていた。なんだか俗な人間が思い描く、天国を思わせる様相だ。
「なにこれ」
「ソレイユ王国です」
「」




