44. 激情に塗れた未来
血溜まりの中、二つの剣閃が交差する。
「あぁ……ああ!! この剣、この技こそがスフィルの神能! さあ見せるがいい、お前の真価をッ!」
「ふざけ、るなっ……! 狂刃よ、貴様の暴虐……赦しはしない!」
滾る怒りの炎を剣に宿し、荒れ狂う暴風を身体に纏い、蒼輝が舞う。
一見すれば、剣の腕は互角。されど、じわりじわりと追い詰められ、霓天は押されていた。
それはヘクサム自身も分かっていることだった。
「まだ、まだ足りんぞスフィルの血! さあ、俺を死へ近づけてみせろ!」
「狂人が……舐めるなよ! 言われずともすぐにあの世へ送ってやろう!」
短期決戦。
その言葉がヘクサムの思考に渦巻いていた。
背後にはマリーもおり、一刻も早く妻の亡骸を弔ってやりたいという焦燥。
「大地よ、地割!」
土魔術を詠唱し、狂刃の足元を狙う。
「効かぬぞ!」
相手に下級の魔術が効かないことなど分かり切っていた。しかし先に放たれた土魔術により、狂刃の動きが乱れ、一瞬の隙が生じた。
「終わりだ、『四葉秘剣』!」
炎、水、土、風。
四属性を操る霓天の神能『四葉』の真髄。
たとえ魔術に耐性がある者でさえ、一属性にでも欠点があれば逃れられぬ秘奥技。
四葉の頂点、万象を砕く一撃が圧倒的な破壊力を伴って狂刃を斬り裂く。
「………………」
雨で湿りを帯びた土が、煙となり舞い上がる。
狂刃はヘクサムの放った技を間違いなく受け、その土煙の中心にある。竜さえも、天獣さえも破滅に導く一撃。まともに受ければ命は無い。
──しかし、狂刃がその一撃で潰えたという結果は可能性の一つに過ぎなかった。
降り注ぐ雨は砂礫の暗幕を撃ち落とし、ヘクサムの視界にその光景を齎した。
「そう、か……。かつて紡いだ絆が……仇となろうとはな……」
「チィッ!」
砂煙の中から姿を現した狂刃に、ヘクサムは後ずさる。渾身の一撃が耐えられる事は彼自身も想定はしていた。していたが……
「なぜ、無傷なのだ……!?」
これ程までに通用しないとは思っていなかった。
そして、今の一撃は実力によって防がれたものではないとヘクサムは直感する。
どんな存在であろうとも、多少は有効打を与えられる筈。だからこそ無理をしてでも秘奥を放ったのだ。
「それが、全力か。スフィルの血よ」
紫色の、露。何なのかは分からないが、狂刃の身体に纏わりついている……ソレが防がれた原因だとヘクサムは分析する。
「…………」
黙する事しか聖騎士に残された選択肢は無かった。
ここで敗北を認めれば、背後のマリーの命も失われることになる。彼女はもはや動く気すらもない。
(退く事は出来ない、絶対に……!)
ヘクサムは限界だった。
先程の秘技で魔力は大きく削がれ、剣戟で体力も消耗していた。
しかし、彼は退かない。
命に代えてもこの場を耐え凌ぐ。
騎士団がもうすぐやって来る筈だ……そんな一縷の望みに縋って。
「あぁ……やはり、無理なのだな。勇ましき者よ。俺を殺す事は、出来ぬのだな」
「……それは、どうだか」
「虚勢はもう良い。安心しろ、お前の娘は生かそう」
「何……?」
悍ましき狂人が、突如理性を取り戻したかのように気を鎮めた。
明らかに不審だが、今のヘクサムには眼前の狂人の言葉を信じる他なかった。
「しかし……一度剣を交えた以上、俺の前に立った以上、お前を殺す。それが我が呪い、逃れられぬ贖罪」
──死。それを体現する存在を前に、終末は逃れられる訳も無かった。
ここまでの人生で、彼は何度も死に直面する出来事はあった。しかし、何度前にしても打ち震える恐ろしいものである。
「……構わん。だが、娘は……娘は、助けてくれるのだな?」
マリーとヘクサムは離れている為、この会話は聞かれていない。最期に言葉を交わしたいと想うヘクサムであったが、無駄な行動を取るべきではないと思い留まる。
「無論。スフィルの血を絶やす訳にはいかぬ」
「そう、か……」
覚悟を決めた英雄は、そっと後方で妻の亡骸を抱き締めている娘を見る。
彼女は、きっと兄が導いてくれる。
そう、信じて。
──彼は死への一歩を踏み出した。
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走れば走る程に強大な邪気は近づき、僕の魂を震え上がらせる。
だが、立ち止まる訳にはいかない。恐れたとして、躊躇ったとして、何も守れない。
瞳に入り込む雨粒すら、今は気にならない。
濡れて視界の霞む双眸。
やっとの思いでたどり着いた其処で、その双眸で、捉えた光景は──
「か……はっ……」
黒の刃が、僕の……父を、父の胸を貫いていた。
「……ぇ」
……何が、起こった?
だって、僕の父は……ヘクサム・ホワイトは強い。誰よりも頼もしくて、誰よりも尊敬に値する人だ。
だから……あり得ない。霓天が負けるなんて……あってはならない……
地に膝をつき、崩れ落ちる父の視線が、僕の視線と交差した。
その後ろには……叫び声を上げる妹の姿と、血塗れで倒れる母の姿。
これは、夢だ。
夢だ、絶対に夢だ。
思わず父の方向へと駆け出していた。首を狂刃に刎ねられたって知ったことか。
「父さん!? 父さん、止血を……」
「待て、アルス。俺はもう……助からん。それよりも、マリーを……」
……嫌だ。
父も、母も、マリーも、全員助ける。
手遅れなんて認めない。きっと龍神やアテルに頼れば……いいや、無理だ。でも、何か方法は……
「まだ、まだ早いよ……! 僕はまだ、一回も父さんに勝った事もないのに!」
「……アルス、よく聞きなさい。最期の言葉を……よく、刻みつけろ」
父は途切れ途切れ、息を継いで続ける。
「強さに……固執するな。お前はもう……きっと、俺より強い。まだまだ、強くなれるが……そのために、出来ることは……大切な人を想い……護ること」
──分からない。分からないよ、だからそれを教えてもらわなきゃ……
ここで死んじゃ、何も教われないんだ。
なのに、父の身体はどんどん軽くなって。
「こ、の……世界は、広い。だから……お前も……護るべきものを……」
「父さん、僕は……」
「……マリーを、頼んだぞ」
ふっ、と。
糸が切れたように。
「……………………」
「……息絶えたか」
初めて、狂刃が口を開いた。
どこまでも……癪に触る。僕の家族を、人々を殺しておいて……!
「その戦士とは……そこの娘を生かすと約束した。……お前もスフィルの血だな。では、今は斬らぬとしよう」
「お前、お前は……!」
悲哀が、激情に変わっていく。
『戦場では、常に冷静たれ! 明鏡止水が如く……本来の己を見失うな、深淵に呑まれるな!』
だが、師匠の言葉を思い出し踏み留まる。
そうだ……今の僕が為すべきは、マリーを守ること。
「なぜ……なぜ、僕を生かす!? 何が目的だ?」
「俺には、呪いがある。不死の呪いが。この呪われた魂すらも破壊する者……それを探し求めている」
それならば、神にでも祈れば良いだろう。自分を殺してくれと!
支離滅裂だ。
でも……義憤を、抑えなければ。
「故に……スフィルの血よ。その怒りを忘れるな。殺意を燃やし続け……いつの日か俺を殺し、復讐を果たせ」
「……絶対に、お前を殺す」
「ふん……」
狂刃は俯き、無力な僕を一瞥し、その場を去って行く。
後に残ったのは、夥しい量の血と、殺意。
両親の亡骸と、人々の死体と、泣き崩れる二人の子。
僕達兄妹の流す涙が、血の沼に溶けていった。
──そして、五年の月日が経った。
2章完結です。




