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共鳴アヴェンジホワイト  作者: 朝露ココア
19章 麗血不滅帝国メア
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89. ベロニカ

 異常。眼前の女の形をした怪物は、人の道を外れた異端である。

 狂乱するシロナを視界の中心に収め、ベロニカは一歩後退った。


「──意味が、分かりません。何を仰っているのですか? なぜエアギース皇子を殺したのですか?」


「ええ、ええ……だってこの人間はわたくしを欺いたでしょう? 不誠実な人は嫌い。互いを愛する心がない人は嫌い。だから殺したの。愛がない人は肉塊になって、獣の餌になってしまえばいいのよ」


「貴方が……放置してはいけない狂人だと言うことは分かりました。リンヴァルス帝国皇女として……いいえ。いち武人として、貴女を止めます」


 ベロニカの心は恐怖で震えていた。しかし鉛のように重い心を引きずって、彼女は立ち向かう意を決した。

 目前の相手は間違いなく格上。だがしかし、ここで彼女から逃げればベロニカの代わりに無辜の民が犠牲となる。悲劇の災厄を彼女の誇りが許さない。


「わたくしね、王族が嫌いなのよ。恵まれているくせに、満ち足りているくせに、全てを持っているくせに……何も分け与えようとしない。言葉を紡ぐことすら面倒に思う傲慢な人たち。妬ましいわ、欲するわ……恵まれた血をわたくしにも分けてくれないかしら……! でも、クレメオン陛下は別よ? だってあの人はわたくしを愛してくれるもの」


「たしかに、私たちは恵まれています。だからこそ施しを与え、人を守る責務がある。責務を放棄した王族は……ただのわがままな温室育ちの豚も同然。……ああ、そうでしたか。武人として無責任に放浪していた私も同じなのですね」


 ベロニカは血姫との相対を通して、自らを省みる。

 彼女の無責任な放浪も武錬もリンヴァルス国民の支えを受けてこそ。民の努力に報いるために皇族としての責務を放棄し、いつまでも燻っている。


「ありがとうございます、狂いしお方。狂気にも学ぶことはあるのですね。では……返礼として、その妄執を私が斬ります」


 彼女は左目の眼帯を外し、シロナを両の(まなこ)で見据える。


「すぅーーーーーっ……左目が疼く! 我に力をっ……!」


 ~・~・~


 幼い頃から、世界を旅するのが夢でした。

 毎日のように城を歩く兵士たちの剣を拝借し、父上を困らせていたものです。魔物を払い、魔領を踏破する英雄譚。私も歴史に名を刻むべく、ひたすらに棒を振っていました。


 兄は言います。

「リーシスはいつも元気だな。男勝りなほど剣が好きなのは心強い。いずれわが国を支える柱となろう」

 彼の言葉は、私がいつか夢から脱却することを期待しているようにも聞こえました。


 姉は言います。

「リーシスちゃん! たまにはお裁縫なんてどうかしら? あ、それとも料理する? 将来結婚した時、皇族でも家事くらいはできないとね?」

 彼女の言葉は、私が慎ましく平穏な日々を暮らす景色を示していたのでしょう。


 父は言います。

「リーシス。お前はもう少し立場を弁えなさい。今はまだ、悩んでもいい。しかしいずれ決断しなければならない時は来るのだ」

 彼の言葉は言うまでもなく、私を叱責するものでありました。


 ──皇族であるからには、武を諦めよ。夢を捨てよと。

 二者択一。双方を選び取ることは許されません。


 では、私はどうしたらいいのでしょうか。自分に剣才があることは分かってました。だからこそ、諦められません。

 無様に夢路へしがみ付いて、周囲から諫められる度に視界が色褪せて行きます。みじめな自分を俯瞰しても私は諦められません。一度決めた夢は……簡単に捨てることはできないものです。

 誰だって夢は捨て去れないでしょう。武人だけではない。学者、スポーツ選手、クリエイター、誰だって夢を捨てたくない。自分の将来を誰かに決められるなんて……認められるものか。



 ルカ師匠は言います。

「ベロニカよ。貴様は頂へは辿り着けぬ。未踏破のフロンティアを旅する……だったか? なおも夢を追い続けるのならば、まずは報いよ。貴様が受けた恩と施し。過去の総てを清算し、返礼を終えたのならば……自由へ旅立つがよい。ただし返報ができぬ内は……剣を取るな」


 師匠の言葉の意味、シロナと相対した今ならば分かります。

 私は見えぬ者に……数えきれないほど多くの人に支えられていたと。恩に報いるのならば、定められた道はただ一つ。


 アルス様は言います。

「ベロニカ様。いえ、皇女殿下。夢はいつか捨て去るものです。夢を真正直に叶えられる人も居ますが……恐らく貴女の人生は思いどおりにならない。僕だって夢を捨てた。好きなように生きられない者は、運命に逆らえない。色褪せてゆく夢を直視し続けて、心を壊してゆくのです。いつか灰色の運命を受け入れる時が来るでしょう」


 彼の言葉から、私は目を背けていました。

 意味が分からなかったのではない。逃げていたのです。



 ──私は、剣を捨てねばならない。

 民よ、傲慢であった私を許されよ。もうわがままは言いません。灰色の夢を抱き、なおもこの生を鮮やかに彩れるよう……最善の道を探します。


 でも、一つだけ。わがままを最後に聞いて下さい。

 最後に剣を振る機会をください。民を守らせてください。

 ベロニカとしての墓標を、この戦に。


「これが私の最後の剣舞。孤高にて深淵。美麗にて強健。破滅を宿せし、師の力を継ぎし剣。名を……【破滅の型】」


 この一刀に、最後の夢を。私の生涯を灯す。

 残虐たる怪物を武人ベロニカの誇りにかけて討つ。


「──半神降臨(ジフラム・ガルアード)


 神よ。


「我に力を──」

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