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共鳴アヴェンジホワイト  作者: 朝露ココア
19章 麗血不滅帝国メア
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84. 火花

 エルムは慎重に己の経路を進んでいた。

 帝国城の崖をよじ登り、塀に穴を開けて内部へ。エルムと共に侵入する手筈となっていたシトリーは、ここに居ない。


「…………」


 敵影なし。静寂に満ちた城。いや、グッドラックが暴れていると言うのに、あまりに警備が薄すぎる。

 帝国城の庭園へ差し掛かった頃、エルムは息を潜めて『熱眼』を起動。


 やはり、敵が潜んでいる。庭園のそこら中に熱を持つ者を感知した。

 内通者の情報により、今宵グッドラックが侵入を行うと知ったのだろう。これ以上踏み出せば、もはや陰伏は不可能である。そこでエルムは意を決して先へ往くことにした。


「『紅蓮牢獄』」


 炎の渦を生成し、庭園の中心に二つの壁を作り出す。

 炎壁は真っ直ぐに、庭園の奥へ奥へ……皇帝が住まう宮殿へ伸びていく。他者を遮断する炎の壁。多少強引だが、このまま先へと突っ走る。


 魔力で速度を強化し、エルムは炎の渦の中をひた走る。自らの術で焼け死ぬほど、阿保な真似はしない。炎壁の外部から帝国兵の慌てふためく声が聞こえるが、悲鳴を歯牙にもかけず……ひたすら奥へ奥へ。

 そして庭園を抜け、渡り廊下へ至った時。


「──勝手はそこまで。諦めて投降しなさい」


 通路の先に、一人の女性と、無数の帝国兵が待ち伏せていた。庭園の兵すらも囮だったということ。


「よお、お前が『畜謀』メイウだな? やっぱりここはお前が張っていると思ったぜ。それに……間違いない。──お前、英霊か」


「ほう、なぜ分かったのです?」


「少し……お前に恨みがあってな。まあいいや。ここでお前と出会えてすごく不快だ」


 エルムは目を伏せながら悪態を吐く。

 自らの中で何かが高まっていくのを感じながら。


「……一人ですか?」


「どうしてそんな質問を? まさかボクが一人で来るのが意外だったとか? それとも……二人で来ると思っていたのかな?」


「……どちらにせよ問題はありません。貴方は策に嵌ったのですから」


 帝国軍師と、グッドラック参謀の相対。

 二者の相克は、まだ始まってすらいない。互いに腹の内を探り、これより相手の真意を見抜く戦いが始まるのだ。


「──策の内で踊ってるのはお前じゃないか、軍師殿? 帝国が六傑を配置しているのは、この大庭園の廊下、東側の排気口、王族用の地下通路。その三つだろ?」


「…………」


「東側の排気口には『変態』と女史、王族用の地下通路にはボスが向かったぜ」


「さあ、どうでしょうね。みすみす情報を流すほど私は馬鹿ではありませんので」


 エルムには分かる。断言はできないが、メイウは真実を言い当てられた。

 これは長年人を疑い続けてきたエルムの直感である。


「残念ながら、前言撤回する。王族用の地下通路にボスは向かっていない」


「……!」


「そこへ向かったのは無限龍ただ一人。ボスは西側の堀から侵入している。今ごろ無限龍は居もしないボスを追って、血眼になっているだろうよ。もちろん、そこに配置された六傑もな?」


 裏切り者は、エキシアではない。

 『無限龍』イルである。エルムは内通者である彼に虚偽の情報を流し、メイウを欺いた。敵を欺くには味方から。全てを信用しないが故の奇策である。


「なるほど、見事なものです。なぜ彼の御方が内通者であると気が付いたのかは分かりませんが、大した慧眼であると褒め称えておきましょう。しかし、その上で私は哀れみます。たしかに『天滅』は王族用の通路に配置しました。しかし、アレは距離で縛れる存在ではない。もしも陛下に近付く不届き者があれば、瞬く間に移動して叛徒を討つでしょう」


「まあ、ボスがそこまで弱い男だったらな。それに今のボスには白舞台の補助もある。この駆け引き、とりあえずボクが僅かにリードだ」


「……ええ、構いませんよ。駆け引きなど、力で圧し潰されるもの。ここで貴方を倒し、すぐに他の六傑の補助へ向かいます。ここからは知略ではなく実力で薙ぎ払うまで」


 両者の策が導き出す結論は、未だ観測できず。

 策謀に続き、火花が散る。


 ~・~・~


 その頃、宮殿では。


「皇后様、失礼いたします」


 皇帝クレメオンが溺愛する妻、シロナの下へエアギースは訪れた。

 先代の皇后は死去し、直後に皇帝はシロナを妻として迎え入れた。皇帝曰く、彼女こそが亡き妻の生まれ変わりであるのだと言う。似ているのは髪色くらいなもので、性格も年齢もまるで違う。馬鹿馬鹿しいと周囲は思いながらも、狂気に陥った皇帝を諫められずにいる。


「ああ……私の子。ふふ……どうしましたか?」


「チッ……貴様の子などと……」


 エアギースは聞こえないように悪態を吐きつつ、笑顔でシロナに歩み寄る。


「今、叛徒どもが父上の命を狙っているそうです。今宵は襲撃に備え、父上は護衛と共に玉座へいらっしゃいますが……皇后様の命も狙われる可能性があります。一旦この場を離れられては?」


「あら、ふふ……親想いな良い子ね? でも……逃げると言ってもどこへ?」


「……聞けば、貴女は吸血の異能をお持ちだとか?」


「あらあら、どこで聞いたのかしら? ええ、そうよ。足りないの、まだ足りないの。どれだけ血を浴びても浴びても妬ましい、羨ましい。エアギースは私を満ち足りる場所へ連れて行ってくれるの?」


 吸血の異能。シロナは人を殺める快楽殺人者であると囁かれている。聞くだけでも悍ましい代物だが、エアギースは嫌悪をおくびにも出さない。

 今はこの化け物を城から遠ざけ、皇帝をさらに狂わせる。エアギースとしても、早いところあの愚王には死んでもらわねば困るのだ。表立って父へ反発できないのならば、騒動を利用して殺すのみ。今回の襲撃を利用し、皇帝の勢力もグッドラックの勢力も潰す。


「ええ、危機が過ぎ去るまでの遊興と参りましょう。城へ戻る頃には、叛徒供は捕らえられているでしょう。たまには親子の親睦を深めるのもいいものです。私も皇后様……いいえ、母上のことはあまり知らず、これからよい関係を築きたいと思っていたので」


「まあ……まあ……嬉しい! ねえエアギース、私は今まで幸せに子供と過ごしたことがないのよ? こうして皇族として過ごせるなんで、なんて満ち足りるのかしら? ああ、でも……まだ何かが足りないわ……」


(──汚らわしい。この売女が皇族などと、帝国の恥だ。まあ良い……あと少しの辛抱だ。間も無くこの化け物は死に、帝国は私のものになる。父上を排除すれば、後は兄上を排すのみ……あと少しで帝国はより繁栄を迎えるのだ……)


 エアギースはシロナの手を取り、ひっそりと帝国城から抜け出した。

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