83. 内通者
グッドラックの一同は作戦を立て、皇帝の暗殺に向けて動き出した。セティアの星属性の刻印があれば、問題なく皇帝は仕留められる。問題はいかにして帝国城へ侵入するかだ。
アルスとシトリーが戻って来たので、彼らも戦力として計上できる。
エルムは支部の自室で策を練りつつ、迅速に皇帝を仕留める術を模索していた。
「セティア女史は戦力としてどんなものか分からないから、適当に使っとくか。皇女殿下は流石に支部で待機だな。んで、一番の懸念材料は……」
エルムは徐に席を離れ、部屋の壁を凝視する。正確に言えば壁を見ているわけではない。
異能、【熱眼】。一定以上の温度を持ち、一定以内の範囲にある領域の光景を覗き見る能力。グッドラック支部内に居る主要な人間はエキシア、アルス、イル、シトリー、セティア、ベロニカ。
覗き見る対象は……
『あ……安心……妻を……揺るがぬ愛……』
瞬間、エルムは確信した。
一人だけ、信用してはいけない人間がいる。
「ようやく尻尾を掴んだぜ。お前が……帝国側の人間か。おかしいと思ってたんだよ、あまりにも此方の動きが筒抜けだ。敵を欺くには味方から……とはよく言ったもんだ」
エルムが『神算鬼謀』と呼ばれる所以。それは果てなき猜疑心による。
自らの異能を誰にも明かさず、誰一人として信用せず。
故にこそ、エルムは知ることができた。裏切者の正体を。
~・~・~
「それじゃあ、作戦を『神算鬼謀』に発表してもらいまーす! みんな拍手!」
学校の発表会のようなノリで、エキシアが囃し立てる。
相変わらずうざったい首領のノリに慣れてきた皆は、彼に合わせて拍手。
「はいはい。皇帝暗殺の作戦を伝えるぜ。帝国城へ侵入できる経路は……ボクが調べた限りだと、四つ。それぞれの経路に分かれて皇帝の暗殺を目指す。んで……とりあえず一番先に皇帝の下へ辿り着いた奴が暗殺を頼む。セティア女史の加護があれば、エムティングとやらも殺せるらしいからな。暗殺後は速やかに他国の協力と、内通している後継の皇子の協力を得て問題を収束させる。まあここら辺の政情はボクらの管轄外だ。暗殺だけを目標にすればいい」
エルムは地図を広げ、四つの経路を指し示す。
中には排気口を通るような、かなりの難路もあった。
「ボクと白舞台がここから、変態とセティア女史がここから、無限龍がここから。んで、ボスがこっちから。まあ警備が強化されていて一筋縄ではいかないかもしれないが、どこかの経路は手薄だろう」
「私は待機……でしょうか?」
「はい、皇女殿下はこちらでお待ちください。何か御身にあっては大変ですから」
「分かりました。作戦の成功を祈っております」
帝国城へ侵入するとなると、六傑との対決もあり得る。皇女を危険に晒すわけにはいかない。
「なるほどねえ。ま、私にどんと任せておきなよ。グッドラックの首領として、一瞬で皇帝をこう……ていっと倒してあげよう」
「…………さて。セティア女史、ボクらの武器に加護の刻印を頼めるか?」
エキシアの言葉を無視しつつ、エルムは自らの緋色の剣をセティアに差し出す。
「任しとき。はああああ……ていっ!」
セティアは珍妙なポーズで剣に魔力を籠め、小さな魔法陣を刻んでゆく。星魔術の作用を齎す魔術刻印だ。この刻印を出力すればエムティングを屠ることができるそうだ。
エルムに続いてアルス、シトリー、エキシア、イルと刻印を行ってもらう。エキシアは子供らしく目を輝かせて剣を眺める。
「いやあ、ワクワクするねえ。私が普段使うのは異能による剣なんだけど、たまにはこうやって普通の剣で戦うのも悪くない。伝説の武器感があるね」
「……よし、全員終わったな。後は作戦通りに動いてもらって、皇帝をサクッと暗殺して、ボクらはグラン帝国から引き上げる。全員、準備を入念に行うこと。それでは解散とする」
各々は頷き合い、戦争を止めるための戦争を仕掛ける。
世界の未来を左右する戦いが始まろうとしていた。
~・~・~
作戦前夜。
エルムは支部の一室を訪れた。
「……ん。神算鬼謀か。何か用か?」
「無限龍、ひとつ……内密にお前に言っておきたいことがあってな」
深刻なエルムの様子にイルは戸惑いつつも、部屋へと招き入れる。
エルムは頻りに周囲の様子を探り、誰も居ないことを確認すると打ち明けた。
「……ボクらの中に裏切り者がいる」
「……! それは……聞いてもいいのか?」
「ああ。お前は個人的に信頼している。だから打ち明けるが……ボス。彼が裏切り者だ」
その言葉を聞いたイルは目を瞠る。
グッドラックを束ねる頭目にして、八重戦聖の一人。『世界刃』エキシア。彼をエルムは裏切り者と呼んだ。
「おかしいと思ってたんだよ。ボクらの情報があまりにも帝国に筒抜けだ。鉄道を奇襲した『羅貌』の件といい、皇女を救出に向かった時といい……内通者が居るとしか思えなかった。んで、色々と探ってみた結果……内通者はボスとしか考えられないのさ」
「そうか……まさかボスがな。どうするつもりだ?」
「どうするもこうするも、泳がせるしかないだろう。作戦で示した経路には六傑が待ち構えているだろうな……なんたってボスが情報を流しているんだから。そこで、お前に頼みがある。お前はボクが示した経路ではなく、ボスの経路を少し遅れて追ってくれ。そこなら六傑も居ないはずだからな」
「……重い任務だな。だが、任された以上は遂行しよう。この経路で良いんだな?」
すんなりとエルムの頼みを受け入れたイル。彼は無表情だが、心の底では動揺しているのだろう。
「もしも俺がボスと交戦になったら……その時は、殺めてしまうかもしれないが」
「……そうならないことを祈るよ。じゃあ、頼んだぜ」
イルとエキシアが交戦することはあり得ない。
何故ならば、エルムがそのように仕組むからだ。神算鬼謀の読みは、未だ明かされず。
~・~・~
同刻、アルスはベロニカと他愛のない話をしていた。
少しでもベロニカの緊張を解すため、彼は普段通りの会話を心掛けている。しかしベロニカとて、彼の気遣いに気が付かないほど愚鈍ではなく。
「……アルス様。私は謝っておかねばならないことがあります」
「うん? どうしました?」
「私のせいで、今回はみなさまを危険な目に晒すことになってしまいました。分かっているのです、こうして剣の道に生きることは……ベロニカとして生きることは難しいと。それでも意固地になった結果、迷惑をおかけしてしまいました」
深々と、綺麗な姿勢で頭を下げるベロニカ。
しかしアルスからすれば、彼女の謝罪など取るに足らないこと。
「僕は皇女殿下の行いは素晴らしいと思いますよ。皇女であることに甘んじず、己が力を磨くなど……常人にはできません。貴女の行いは正しい、胸を張ってください」
「……どうしてそのように思われるのです? 私には……分かりません」
「だってほら、皇女殿下が『半神降臨』を使ったら、リンヴァルス神が力を貸してくれるでしょう? つまり神様ですら殿下が戦うのを応援してくれているということです」
「た、たしかに……?」
「きっと殿下が願えば願うほど、貴女の祈りはリンヴァルス神に届きます。だから迷わず、剣の道を進んで……自分の答えを見つければいい」
アルスの言葉はやけに真実味を帯びていた。彼の言葉を聞く度に、ベロニカの胸の内にある蟠りが消えて行く。しかし残っているモノがあった。心の根底に横たわる、どうしても取れない錆のようなモノが。
まだ完全に納得しきれていないベロニカに対し、アルスは続ける。
「失敗はしてもいいし、他の人に迷惑をかけてもいいんです。大人になるまでに、人は迷惑をかけ続けるものですから。でも迷惑をかけたぶん、大人になったら子供に手を差しのべてあげましょう」
ベロニカは今、一人前を猶予されている状態……モラトリアムにある。
もうすぐ、大人になる覚悟をしなくてはならない。迷惑をかけて許される時間は終わる。次は彼女が迷惑をかけられて、誰かを助ける側に回らないといけない。
「私は……このままでは……」
「皇女殿下。いえ、ベロニカ殿。いずれ貴女が道を決めなければならない日が来ます。もしかしたら、自分が進みたい道を諦めなければならないかもしれない。だけど……見据えている道以外も、案外ステキなことが待っているものですよ。剣士としての道も、皇女としての道も、それ以外の道も……今まで殿下が迷惑をかけ続けた経験から、進むべき道を考えてみてください。僕が殿下を見守っていますから」
後悔をしても、後悔を乗り越えるほどに強く。
ベロニカならば心配は要らないと……アルスは思っていた。
「──ええ、ありがとうございます。私も私で、戦ってみようと思います。どうかアルス様もお気をつけて」
「はい。また明日、会いましょう」
宵闇に消えて行くベロニカの背を、アルスは最後まで見つめていた。




