81. 『黒舞台』対『人握』
人気者になりたかった。
何の特技も魅力もない私なんて、誰も興味を抱いてくれない。視線が欲しい。尊敬されたい。愛されたい。誰よりも、誰よりも注目されて、崇拝されたい。
リーナ・アロベルは只人に過ぎず、到底アイドルになれる器ではなかった。
だけど、自己顕示欲は常人の何倍も強い。他人が輝く瞬間を見れば見るほど、私の心の闇は深くなっていく。
もっと私を見て。見て、見て、見て。
「私を──」
日に日に膨れ上がっていく劣等感、乖離する自分の能力と願望。十五歳の私は、あと一年で高等学校を卒業して、進路が決まる。煩悶の中で、私は社会に埋もれて死んでいく将来に怯えていた。その日が、人生のターニングポイント。
もっと私を認めてくれる未来が欲しい。そう思い続け、教室の隅で進路調査の紙に目を落としていた。
人の願いは異能を発現させると言う。
進路調査を前にして、私の常軌を逸する自己顕示欲と、未来への不安が爆発した。同時、私は正気を失い絶叫。
ひたすらに、教室の中で叫びを上げた。
~・~・~
気が付けば、クラスの人はみんな倒れていた。死んではいないものの、気絶してしまったと聞く。
異能、【白歌・黒歌】の発現。私が絶叫して発動したのは【黒歌】の方だったらしい。
白歌は私の声を聞いた者に身体強化を付与する。
黒歌は……私の声を聞いた者に……恐怖を植え付ける。私を畏怖したあまり、クラスの皆は気絶してしまったと。
……違う。私が欲しかったのはこんなものじゃない、真逆のものだ。嫌われたくないのに、どうしてこんな異能が発現したのか。まったく分からない。分からないから、自分がますます嫌いになった。
異能【黒歌】の危険性を重く見た自治体は、私を施設に収容した。ますます私に対する目は厳しいものになり、ますます孤独は進んで……狂奔に陥って。
私は自分の命を、断とうとしたのだ。
「こんにちは、綺麗なお嬢さん? その命を捨てるくらいなら……私たちと一緒に来るかい? 我らはグッドラック。弱者の為に戦う、悪の味方さ」
月下、首元に刃を突きつけた私の下に現れた男。
彼はニヤニヤと笑って、私にそう告げた。ひどく馬鹿にした風体なのに、不思議と腹は立たなかった。
手を掴み、闇へと駆け出す。男と共にひたすら逃げて、外国のディオネへ。その瞬間から、私……『白舞台』シトリーが生まれた。そして少し後に、表の顔──アイドルのリーナが生まれたのだ。
今も昔も私の意志は変わらない。
私を見て。認めて。愛して欲しい。だから……黒歌は使わない。
でも、もしも。私の歌で助けられる人が居るなら……私の居場所を作ってくれたグッドラックの力になれるのなら。
私は……
~・~・~
「私は、歌う! 『黒歌!』」
ステージに置いてあるマイクを手に取って、呪われし声帯を起動する。
叫ぶのはナンセンス。歌って、綺麗な歌声で……私を恐れて。
『~♪』
何度も何度も、アイドルとして使い潰した声を出す。でも、今の声は人を喜ばせるための歌じゃないよ。
「な、なんだこの声は……!?」
「あ、ああ……悍ましい! 化け物の声だ!」
「うわあああああああ! やめろ、やめてくれえええええ!」
このドームに居る全ての人に歌声を届かせる。恐れて、畏怖して、壊れてしまえ。
ネモの崇拝なんか興味なくなるくらいに、その心を壊してしまえ。だって、ここで私が歌わなきゃ……アルス君とイル君が死んでしまう。
『──!』
「あ、あなた……やめて! その……不愉快な歌声をやめなさい!」
ネモは耳を塞ぎながら私の声を奪おうと呼びかける。
でも歌は止まらない。
「これは……シトリーの異能か?」
「ああ。俺も見たことはなかったが、ボスに聞いたことはある。白歌の他にもう一つ、聞いた者の精神を汚染する黒歌があるそうだ」
アルス君とイル君には不思議と効いていない。この二人も効果の対象のはずなんだけど。でも今は好都合だ。味方に効かないのなら、もっと全力で歌えるから。
魂からの叫びで、私を見て。そして──倒れろ。
歌い終わった頃には、全ての観客が失神していた。これでネモの崇拝はゼロになる。
「なに、これ……こんなの、卑怯だよ!」
「ごめんね、ネモ。あなたのカリスマは凄いよ。人を魅了できる才能も、人心を掌握する手段も、私よりもずっと上。本当ならこんな真似であなたの信仰を奪いたくはなかった。けど……」
けど、仕方ない。
私が歌えば、きっと戦争を防ぐことにつながるから。
「よくやった、シトリー。綺麗な歌声だったよ」
「……そんなこと、言わないで。今の黒歌は……綺麗な声なんかじゃないよ」
アルス君は私を労ってそう言うけれど、どうせならアイドルとしての歌声を褒めてもらいたい。
もう二度と、黒歌を歌うことはないと良いな。
「じゃ、コイツをボスのとこまで連行するぞ。少し寝てろ」
「ぐっ……!」
イル君は素早くネモに手刀を入れ、彼女を気絶させる。これで任務達成だ。
六傑のうち一人を捕縛したことによって、状況は一気に傾く。
「【支配者】の異能は、ネモタウンを出れば効果を失う。ここの住人が眠っている内に『人握』を外部へ搬送し、帝国に関する情報を吐かせるぞ。変態、ボスとエルムに通信を頼む」
「了解。あと、この街の支部にいる皇女殿下とセティアも回収して行こう」
そして私たちはネモを連行して、再び帝国城付近の支部へ戻った。




