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共鳴アヴェンジホワイト  作者: 朝露ココア
19章 麗血不滅帝国メア
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76. 血潮の暴徒

 血の匂い。

 嗅覚を狂わせ、人の理性を手折るモノ。


 血臭にじむ一室において、王妃は嫋やかに歌う。


「今日もご機嫌だな、我が妃よ」


「あら陛下、ごきげんよう。ねえ見て? わたくしが編みましたの、きっとあなたに似合いますわ」


 皇帝クレメオンに妃と呼ばれた少女は、真紅の手袋を差し出す。グラン帝国は熱帯に位置する。手作業もせぬ者が手袋をつけることはほとんどない。

 しかし皇帝は違和を気にも留めない。彼の視界は愛という名の血で覆い潰されていたのだ。


「おお、流石だな。余は嬉しいぞ。そなたの全てを余は愛そう。かつてのように、妃であるそなたを喪わぬように……蕩尽の如く愛を注ごう」


 かつてのように……皇帝はそう語ったが、目の前の女はかつての妃ではない。彼の心は既に壊れ、見知らぬ女を妻の生まれ変わりだと思い込んでいた。


「まあ、嬉しい……ねえ陛下。もっと、もっと、もっと……血が欲しいのです。この世の全てを洗い流すような血が」


「ああ、そなたが言うのであれば血を流させよう。じきに戦は始められる。あらゆる戦力を揃え、世界中に火の海を広げよう。そなたが言うのであれば」


 皇帝を魅了するは、六花の魔将が一、【血姫】。

 全ての騒乱の糸を引く悪逆の乙女である。


 ~・~・~


 アルスはリーシス皇女と、『白舞台』シトリーと共に世界鉄道に乗り込んだ。

 このままリンヴァルスまで皇女を護衛すれば、彼の役割は終了。後はグッドラックが作戦を成功させることを祈るのみ。

 たとえ作戦が失敗しても、戦争を起こそうと企んでいる皇帝を他国が放置する訳がない。グッドラックが戦争を食い止めるか、食い止められないかは世界にとって些事に過ぎないのだ。だが、アルスにとっては友の生死を賭けた緊迫の岐路であった。


「皇女殿下、お体の具合に異常はありませんか?」


「はい、問題ありません。お気遣いいただきありがとうございます。しかし今は私をベロニカとお呼びください。人目もありますので」


「そうですね、気を付けます」


 帝国兵の追跡がないとも限らない。

 立ち振る舞いは慎重になるべきだろう。実際、今はアルスもシトリーも警戒中でマスクを外していない。


「変態君、周囲に敵影は?」


「ない……と思う。かなり鉄道に乗ってる人が多いから、殺気も掴み辛いな」


 シトリーとアルスの会話を聞き、ベロニカは首を傾げる。


「しかし、どうしてアルス様が『変態』なのでしょうか」


「そりゃ僕が変態だから……じゃなくて、変幻自在な戦い方をするかららしいです。エルゼア命名ですね」


 グッドラックの二つ名は意外と適当なものが多いらしい。

 とりあえず表の個人情報を隠すことができれば何でも良いのだとか。


「私だって【白舞台】ってのは、異能の『白歌ホワイト・オンステージ』から適当につけたものだし。シトリーって名前も、名前をランダム生成するサイトで作ったんだよ。そういえば皇女ちゃんのベロニカって偽名の由来はなに?」


「ベロニカという名前は師匠が名付けたものです。由来は分かりませんね」


 アルスは二人の女子の会話を聞きながら、やけに打ち解けているな……と疑問に思う。

 思い出すと、二人はディオネ解放で作戦を共にしていたのだった。あの事件も二年近く前のこと。ディオネ解放後も二人の交流は続いているらしい。もっとも、アルスにとっては過去へ跳躍した時間があるので、ディオネ解放は百五十年以上も前の出来事なのだが。


「……む」


 鉄道が動き始めて十五分後。和気あいあいと話す二人の横で、アルスは微かに刺激を感じ取った。

 肌を僅かに撫でた殺気。現在は人里を出て、フロンティアの中央を走行中。敵から追撃されれば逃げ場はない。


「二人とも、警戒を。害意を持った何者かが近くに──あ、そこの人……六傑!?」


 別の列車から顔を覗かせた一人の男。

 彼は傷だらけの顔を歪ませて、アルスたちを睥睨した。六傑が一、『羅貌』ギーツ・ジベット。彼が放つ殺意を察知し、シトリーはベロニカを庇うように前へ躍り出た。


「よお、また会ったな。『鬼凶』の追跡は当たったみてえだ。で、短刀直入に言うが……皇女を俺に渡せ。で、グッドラックのゴミ供は死ね」


 アルスは周囲の様子を探る。一般乗客は何事かと狼狽しているが、敵意を持つ者はギーツ以外に見えない。相手が一人ならば如何様にも切り抜けられる……そう考えたのだが。


「おっと。間違っても抵抗してくれるなよお? 前回の戦いから、お前みてえなバケモンと策なしにやり合おうとは思わねえさ。これを見ろ」


 ギーツが映し出した映像には、一人の男が手足を縛られて拘束されている光景が映されていた。映像を見たシトリーは驚愕の声を上げる。


「うそ、無限龍君!?」


 無限龍イルが拘束されていた。

 かつて八重戦聖であった彼が拘束されるなど、この上なく異常な事態。


「へえ、コイツは無限龍って言うのか。残念ながらこのゴミの命は俺らが預かった。後は首領と残党を捕らえるだけだな。で……お前らが抵抗すればコイツは死ぬぜえ? どうすんだあ?」


 ギーツは不敵に笑う。しかしアルスもシトリーも、この程度の窮地で動揺するほど脆くはない。

 犠牲が出ることは覚悟の上だ。ここで敵の甘言に乗っては全てが水泡と化す。


「彼を処刑したいのならば好きにしろ。その程度は覚悟している」


「まー、そりゃそうだよなあ!? 悪の組織が仲間を大切に想うはずもない。でもよお、グッドラックってのは『一般人に被害は出さない』のが主義なんだろお……?」


「……何が言いたい」


 嫌な予感がする。

 アルスの識別眼によれば、眼前の男は残虐な男だ。命に価値を見出さない畜生。


 冷や汗を掻くアルスを前にして、ギーツは携帯の画面を見せつける。


「ここに映ってるのが何か分かるか? この鉄道に仕掛けられたぁ……ダァァァアイナマイッ! 俺がぽちっとパネルを押せば、ダイナマイトが炸裂する。乗客供はぐっちゃぐちゃ! どうする、グッドラック!? 絶体絶命の危機だねえ!」


「っ……君は帝国の将だろう!? こんな真似が許されるものか!」


 如何にアルスが強かろうと、この状況は防ぎようがない。

 ダイナマイトが魔道具であれば魔術改編(マカ・ラズアース)で何とかできるが、物理的なダイナマイトであれば防げない。


「知らねえよ? 帝国は強さが全てだ。爆発から身を守れなかったのなら、そいつが弱かったのが悪い。昔の賢人皇帝クレメオンはともかく、今の盲目皇帝クレメオンは民の被害なんて気にも留めねえだろうさ」


 会話を聞き、逃げ惑う乗客たち。

 だが別の車両へ避難しても、爆発からは逃れられない。外は魔物が生息するフロンティア。逃げ場はない。


「さあ、皇女を渡せェ!」


 絶対絶命の状況下、アルスが取った行動は──

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