75. 撤退、反撃準備
「クソ……クソっ! なんだあの化け物は! おい軍師、奴の情報を探れ!」
六傑のうち四人の包囲網を突破し、アルスは暗闇へと消えた。
交戦時間はおよそ五分。彼は四人を値踏みするように剣を取り、そして離脱していった。近付くことのできぬ強烈な戦意、そして不可思議な青き霧。
決して六傑が弱かった訳ではない。あの剣士は強すぎた。
『獄剣』エアギースの命を受けた、『畜謀』メイウ。彼女は軍師らしく広い知識を以て、アルスの正体を考察。
「ふむ、覚えがありますな。たしか青き霧を操る騎士が、わが国の伝承にあったはず。探ってみましょうか?」
「英霊かもしれない……と言うことか? まあ何でもいい。対策を打たねばならん。最悪『天滅』をぶつけることになるだろうが……」
グッドラックの暴走は帝国の威信を揺るがす。
ましてや皇帝クレメオンの精神状態が不安定な今、どのような問題に発展するか分からないのだ。
エアギースはこの国の皇子であり、未来を担う者だとの自負があった。故に、覇道を邪魔される訳にはいかない。
(グッドラックの連中は戦争を防ぐつもりだろう。だが、父上の暴走を止めさせる訳にはいかん。シン王国の後ろ盾もある。このまま戦火を広げ、内乱を起こし、私が次なる皇帝に……!)
野望がある。野望を叶えるための力もある。
エアギースは昏い光を瞳に湛え、夜闇へ消えて行った。
~・~・~
グッドラック支部の一つに集まった面々。
アルスの無事を確認したエルムとリーシスは、安堵の表情を浮かべる。
「無事だったか。流石にお前でも死んだと思ったけどな」
「あの程度で倒れるほど僕は脆くない。……さて。六傑との交戦で得た情報も踏まえて、現状を確認したい」
会議場には陽動から撤退してきたボスと無限龍、白舞台も揃っていた。
「はいはい。変態君も無事そうで何より。皇女殿下奪還をお祝いしつつ、会議を始めるとしよう」
ボス……エキシアの呼びかけにより、室内は静まり返る。
「まず、私たち陽動部隊の動きについて。私たちは当初の予定通り、城の守りを薄くするために陽動に成功した。したんだけどね……」
彼はちらりと横に座る『無限龍』イルを見る。イルは瞳を伏して首を横に振った。
呆れたかのような、諦めたかのような、なんとも言えない表情だ。
「……強い奴が居た。俺とボス、二人がかりでも苦戦するような男だった。たしか奴は六傑の『天滅』だと名乗っていたな。やけにふざけた言動だったが……」
(ん?)
イルの情報を聞き、アルスは首を傾げる。
どこか引っ掛かる話だ。八重戦聖クラスの二人が苦戦して、なおかつ、ふざけた言動の男。
「そうそう。『右手が疼く』とか、『闇の力が暴走する』とか、本当にみょうちきりんな人だったよねえ。しかも変な暗殺者が湧いて、かなり多くのグッドラックの団員が負傷してしまった。怪我は『白舞台』の異能で治してもらったけどね」
(あっ……)
エキシアの一言により、アルスの疑念は確信へ変わった。
間違いない。六傑の一角、『天滅』とは例の人のことである。そう、八重戦聖の一角である『破滅』のルカだ。厄介なことになった。彼に敵う者など思い浮かばない。
「まあこっちの状況はそんなところ。とりあえず皇女殿下の奪還は成功したから、彼女をリンヴァルスへ送還すべきだと私は思うんだけど……」
リーシスは顔を上げる。当然の処置だろう。これ以上皇女を帝国内に留まらせて、危険に晒す訳にはいかない。グッドラックの最終的な目標が皇帝暗殺である以上、暗殺して混乱を引き起こす前に国から出した方が良い。
面々に向かってリーシスは頭を下げる。
「……重ね重ねご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「いえいえ、私たちグッドラックはこういう時の為に存在しているのですよ。さて……皇女の護衛は変態君でいいかな? 一応、君は正式な団員ではないし……ここで任務からは離脱してもらった方がいいと思うんだ」
「ああ、はい。大丈夫です。その前に僕が六傑と戦って得た情報を纏めておきますね」
どうやらここでアルスの役目は終わりらしい。
しかし残った面子で皇帝の暗殺など為せるものだろうか。相手にはルカと言う怪物も居るのだが。
「あとは白舞台も離脱だね。今回の一件、思ったより苦戦しそうだからさ……万が一にも顔がバレてしまったら、アイドル活動が続けられなくなるだろう? これは変態君にも言えることだけど」
「うーん……私の本分はあくまでグッドラックの活動なんだけど。でもボスが言うなら従うよ」
『白舞台』シトリーは渋々と言った様子で頷いた。
彼女がアイドル活動を引退すれば、アリキソンはさぞかし大きなショックを受けることだろう。
問題は残存戦力。
エキシア、イル、エルム。ほか支部の団員たちで皇帝暗殺を成功させなければならない。曰く、第二皇子がグッドラックと内通しており、穏健派の次期皇帝として支持されているとか。
帝国の不穏な動きは諸外国も察知しており、第二皇子を支持する者は少なくない。穏健派の協力も併せれば暗殺も成功するかもしれないが……
「なあに、私たちのことは心配無用だよ。相手が存外に手強かった……こんな窮状は何度も経験したものさ。こういう時に備えて策は用意してあるとも……神算鬼謀がね」
ニヤリと不敵に笑うエキシア。その実他人任せ。
彼の視線を受けたエルムは嘆息して指で机を叩く。
「はあ……いっつもソレだな、うちのボスは。まあ策はあるけどな。変態と白舞台は安心して皇女を送還しに行ってくれ。むしろそっちの方が危険な可能性もあるから、警戒は怠るなよ」
エルムの忠告を受け、アルスは深々と頷いた。
皇女の送還を終えるまでが任務である。互いの無事を祈りつつ、グッドラックは散開することとなった。




