72. 作戦会議
「へいイージア! 新しい顔だよ!」
明朝、アルスの部屋に侵入者があった。
彼女は窓から勢いよく入り込み、ベッドで寝ているアルスに布切れを投げつける。
「……レア。素直に玄関から入ってくれないか。一階でルチカが何事かと狼狽えている。ええと……『驚かせてごめんネ☆ おっきな物音と不審者の声がしたけど問題ないヨ(*'▽')』っ……と」
一階で家事をしているルチカにおじいさん構文でメッセージを送りつつ、アルスはベッドから抜け出す。
そしてレアに投擲された布を広げた。顔の下半分を覆う黒いマスクだ。
「どうかな? 始祖の謹製認識阻害マスクは」
「変な意匠が施されていなくて安心したよ。君のことだから変な柄をつけないかと心配してたんだ」
グッドラックに協力するにあたり、自分がアルスだとバレないように変装する道具が必要だ。
例の仮面は既に鳴帝のトレードマークとなってしまったので、レアに再び認識阻害の道具を作ってもらうことにした。これを身につけておけば彼がアルスだとバレることはないだろう。
レアは無遠慮に部屋の机の上に座り、目を伏せる。
「しかし、わが国の皇女が攫われるとは……」
「始祖の威光をものともせずグラン帝国は喧嘩を売ってきたな。ずいぶん君も甘く見られるようになったものだ」
「ぐぬ!? いやいや、それってつまりリンヴァルス神だって甘く見られてるよね?」
「神族は人間同士の戦争には介入しない。私が甘く見られている訳ではないな」
またしても不毛な争いが始まってしまう。よからぬ兆候を感じ取ったアルスは、おとなしくレアを宥めることにした。
「まあ……グラン帝国側も考えなしに動いている訳ではないだろう。向こう側も八重戦聖か、それに準じる戦力を用意しているのかもしれないな」
「何を言うんだい。私は八重戦聖の中でも最強。他の奴らにも負けないね」
「ああ、そうだな。始祖は最強。レアは最高。これで良いだろう? 早く帰ってくれ」
「…………ちっ」
アルスの皮肉を受け取って、レアは舌打ちしつつ窓へ足をかける。
帰りがけに彼女は一言告げる。
「君もわが国の神ならば、皇女の一つでも救ってきたまえ。失敗は始祖として許しがたいよ」
「分かっている。彼女は私の友だ。必ず助ける」
彼の言葉を聞き、レアは安心したように微笑んで去って行った。
~・~・~
グラン帝国へ到着したアルス。幸いにも必要なパスポートはボスが偽装して用意してくれた。
今の彼はグッドラックの一員、『変態』のルークとして潜入している。
今回の作戦は密入国となるため、大人数での実行は不可能。足りない人員はグラン帝国の支部から派遣してもらうとのこと。
詳細は聞いていないが、選抜されたメンバーはアルスを含めて五人。彼は作戦会議を行うべく、グラン帝国の一支部に向かった。
「……昔とはずいぶん様変わりしているな」
聳え立つ魔鋼、大空を埋め尽くす天廊。
飛び交う衛星に街中を巡回する人型の機械。ディストピアを思わせる都市の割には、人々の顔には笑顔が宿っている。
百年以上前にイージアがグラン帝国へ訪れた時には、長閑な田園風景が見られたものだが。やはり人の力というものは凄まじい。
彼は都市をそれとなく観察しつつ、迷いながらも目的地へと辿り着く。五分遅刻。
意外とグッドラックの支部は表立った場所に位置している。魔眼携帯の会社らしい。アルスは中に入り、受付に暗号を伝えると奥へ通された。
「よお『変態』! 遅かったな、五分遅刻だ」
会議室にはアルスを除いて全員が揃っていた。エルムが指し示した席に座る。
「すまない、道に迷った。……しかし変態と呼ばれるのは未だに慣れないな」
ボスである『世界刃』エキシア。
隣に座る『神算鬼謀』エルム、こちらに笑顔で手を振る、表の顔はアイドル(アリキソンの推し)の『白舞台』シトリー。
そして……
「ん……あんたが『変態』のルークか。俺は『無限龍』のイル。よろしく」
男性にしては少し長い黒髪に、蛇のような黒瞳。彼はアルスの斜向かいに座り、微笑んで手を差しのべた。握手を交わした彼らは互いに自己紹介。
「僕は『変態』ルーク、よろしく頼む。無限龍って……もしかして……?」
聞き覚えがある。どこで聞いたのだったか……と思い出していると、シトリーが得意気に言う。
「そう、『無限龍』くんはすごく強い人なんだよ! 一年前まで八重戦聖に入ってたんだからね」
「……そうだ、八重戦聖の『無限龍』だ。まさか本人?」
「ああ。まあ、復活した『鳴帝』に八重戦聖の座は奪われたけどな。別に俺は強さに執着とかはないから良いんだけど、今は世界で九番目に強いってことになるか」
一年前まで八重戦聖のグラネアに刻まれていた『無限龍』の字は、現在は『鳴帝』に置き換わっている。戦神が無限龍よりもイージアの方が強いと判断したということだ。
アルスは若干無限龍に負い目を感じつつ、議題に移ろうと促す。
「で、これで全員揃ったのか。ボス、始めますか?」
「ああ、そうだね。では今回の作戦を説明しよう。第一次の作戦では、リーシス皇女殿下の奪還を目標とするよ。彼女が収監されている場所は特定してある。最も堅固な帝国城だ。だが……」
ボス……エキシアはわざとらしくしかめっ面をしてから、パネルの地図を指し示す。どうやら帝国城付近の地図のようだ。
「帝国には【六傑】と呼ばれる将軍たちがいる。あ、【六花の魔将】ではないからね? で、その六傑たちが厄介なんだよねえ。問題があると即座にシュバって来るからさ」
その六傑とやらがどれほど強いのか分からないが、皇女救出の障害になる可能性がある。
しかしこちらには世界刃と無限龍が居る。おまけに帝国支部からの援護もある以上、そこまで苦戦はしないと思うが……
「で……地上で私たちグッドラックの大部分が陽動して、神算鬼謀と変態に皇女の救出をしてもらおうと思う」
「待った、ボス。ボクら二人でどうにかなるもんか?」
エキシアの案にエルムが疑問を呈する。たしかに帝国城へ侵入するのに二人では心許ないかもしれない。
「大人数で突っ込み過ぎてもねえ……二人の力を信頼しているからこそ、だよ。それにグッドラックのボスと無限龍が同時に暴れるとなれば、城の警備もかなり薄くなることだろう。少なくともセキュリティの突破に関しては『神算鬼謀』が居れば問題ないと踏んでいるけど……どうかな?」
「はあ……嫌味な面だ。そう期待されちゃ仕方ない。いいか変態、ボクらの協力で上手いこと皇女殿下を助けなきゃいけない。いけるな?」
「ああ、もちろん」
自信に満ちた表情で……とは言ってもマスクで顔の下半分は見えないが、アルスはしかと頷く。
そして以後も詳細な作戦会議が続けられ、実行の日まで待機することとなった。




