65. 死闘
「崩壊せよ、裁光!」
「普呪外真、尊身に逆らう悪逆なる不届き者を裁き給ふ……新芥梓詠兜!」
龍神の光と術神の魔術が相克する。
周囲には人間の目があり、タナンは神転せずに戦わねばならない。
「ルス兄! あの術神とかいうの、どんな神か知ってるか? 弱点とかあれば知りたいんだけどよ」
「古代魔術を使う……ってことくらいしか分からないな。僕らは龍神様の補助に回ろうか」
「補助か……あんまり好きじゃねえが、今の俺は龍に神転できない。仕方ねえか」
とにかく術神を倒し、状況を打破する。二人は頷き合い、龍神と共に攻撃に参加。
「横から邪魔するぜえ!」
タナンの鋭く振るわれた拳が術神の鳩尾を捉える。だが、そこは神と人の差。軽々と拳撃を回避した術神はくるりと身を翻し、広域にわたって術式を展開。
古代文字で描かれた即席発動の陣だ。
『ああもう、うざったい……雑魚は寝てろよ。──我が足、果てなき牢獄、波美縛命』
「……! タナン、跳べ!」
龍神は咄嗟に叫ぶ。
地面から飛び出した蛇のような鎖がタナンに迫る。龍神の警告を受けた彼は、咄嗟に跳躍し回避を試みるが……失敗。その体躯を鎖に絡めとられた。
捕捉を確認した術神はにやりと口元を吊り上げ、一直線に魔刃を投擲。
瞬間、龍神とアルスは同時に動いた。龍神はタナンを守るべく後退し、龍結界を展開。魔刃を防ぎ切る。アルスは追撃を防ぐべく術神に斬り掛かった。
「タナン、汝では力不足だ。下がって周囲の人間を被害から守れ」
術神の相手をアルスが担当している状況を目視しつつ、龍神は息子に後退を命じる。
しかし龍神の配慮を、タナンは煽りかのように感じてしまう。彼の性質を思えば当然のことであった。
「ああ!? 俺が弱いって言うのかよ!」
「そうではない。神転できぬ今は、力が足りぬと言うだけだ。汝が弱い訳ではない。人々を守ることもまた、神族の役目だ」
「神族の役目だあ? 知らねえよ、そんなもんは!」
怒号を飛ばすタナンと、諭すジャイル。
険悪な彼らの様子を見て術神は溜息を吐く。
『喧嘩か。野蛮だねえ、あの男。昔のジャイルを見てるみたいだ』
「昔の龍神はそこまで荒れていたのか?」
『そうだね、アレは酷かった。たしか俺はあいつを諭して、最終的に約束を……どんな約束をしたんだっけな……』
アルスと術神は斬り結びながらも会話を行っていた。
まだ互いの手の内を探り合っている状況だ。
アルスは思う。この神、通常の神族よりも数段上の力を持っている……と。もしかしたら龍神よりも格上かもしれない。生前からそうだったのか、神霊として召喚されたから強くなったのか。どちらにせよ一筋縄ではいかない相手だ。
「っらァ!」
いつしか喧嘩は終わっていた……というよりも、タナンが言うことを聞かなかったようで。龍神の静止を振り切り、彼は術神へ吶喊。
回し蹴り、跳び蹴り。アルスの斬撃の退路を断つようにタナンは攻め立てる。
『おっ、おっ。いやはや、見事な腕前だね。だけど……きみの一撃なんて防ぐ必要すらない』
純粋な結界。術神の周囲に張り巡らされた結界によって、タナンの攻撃は弾かれる。
防御の必要も対処の必要もないほど、両者の間には力量差があった。
──この差はタナンが神転しても覆せない。
アルスも龍神も、タナン自身も悟った。されど矜持が後退を許さず。タナンは果敢に攻撃を継続する。
「クソがっ……!」
『まあ何の影響もないし、俺としてはこの男は放置でいいかな。ああでも、流れ弾で死ぬよ』
術神の古代魔術が発動。コロシアムの東西南北に、白光の鬼が出現。
『これより咎人を紅蓮の業火で焼き払はん。逆巻く鬼、衣遊白洛陣』
鬼を模った光像は口に魔力を溜め、炎の吐息として放出した。四方からコロシアムを焼き尽くす神炎。それらはアルス達だけではなく、観客にも被害を及ぼす。
「いかん、龍結界!」
龍神は結界を展開して被害を防ごうとするが、完全に防ぐことはできず。
炎の残滓ですら人間を焼き尽くすには十分だ。
観客席では闘士たちが炎を防がんと魔術障壁を展開。マリーも精霊術を以て炎を掻き消すために奔走した。
『ひい、ふう、みい……うん、八つ。肉が八つ焼けたね。俺は肉は好きじゃないから生ごみに捨てるけど』
被害者、八名。炎により八名が死亡した。この神に慈悲も容赦も存在しない。
タナンは歯ぎしりして術神に飛び掛かる。
「テメエっ!」
「タナン、下がれ! まだ炎は消えていない!」
アルスの呼びかけに、タナンは咄嗟に足を止める。中心へと伝播した炎は未だに術神の支配下。迫ったタナンへ向かって炎の手が一直線に伸びた。
龍神は彼を神気で守り、アルスは眼前に割り込んで青霧で炎を相殺。なんとか一命を取り留める。
『そこの粗暴なきみさあ。自分が足手まといになってるって自覚はある? そもそも器の格が低すぎるんだよね。ジャイルと、そこのリン……変な神の邪魔になってるよ。たぶんきみさ、人の皮を被ってるけど神族だろう? だからかえって傲慢になってる。きみが逆立ちしても、俺には傷一つ付けられないってこと』
「っ……」
『俺は同胞を殺す趣味はないんだよね。人間は皆殺しにするけど。まあ、そこの二神は脅威になってるから殺すつもりだけど、きみは殺す価値すらない。うっとおしいし下がっててよ』
正論を突きつけられ、言葉に詰まるタナン。それでも退くことは彼のプライドが許さないのだ。
彼の傲慢は強さでもあり、弱さでもある。アルスは理解した上で、彼の肩に手を置く。
「……悪いルス兄。俺、戦いたい」
「今、八人の尊い命が亡くなった。死を防ぐために君にはできることがあるはずだ」
「…………」
術神は手を止めて彼の様子を眺めていた。退屈そうな視線。
アルスは未だに術神が余裕を秘めていることに対して、警戒心を引き上げた。
「タナン、下がれ。これは龍神としての命である」
納得できない。自分の弱さを認められない。
タナンは意固地になっている。
彼の様子を見て、龍神は決意する。
「霓天の子よ、汝が術神と張り合えておるのは僥倖であった。しばしその愚神の相手を頼む」
「はい。お任せを」
一旦アルスに術神を相手を任せ、龍神はとある行動に出る。
彼が決断した行動とは──




