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共鳴アヴェンジホワイト  作者: 朝露ココア
18章 地獄死闘舞台バロメ
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57. 対『死帝』

 死帝ミダク。

 彼の凶悪性・狂暴性は全世界に知れ渡っている。担ぐは巨大な黒紫の剣、ひとたび歩けば死が躍る。

 彼の魔将によって生み出された犠牲者は、推定千六百人。人理への襲撃回数は合計で三十二回。現代の価値観からすれば、許されざる大罪人に他ならない。


 鏖殺の化身が突如として神聖なる闘技大会に現れた。異常事態にコロシアムは蜂の巣をつついたような大騒ぎに包まれ、観客たちは逃げ惑う。

 しかしながら死帝に相対していたエニマは退くことはない。腐ってもバトルパフォーマーであり、一人の武人。ひとたび剣を交えた相手に背を向けることはない。


「びっくりしちゃったね。まさかスペシャルゲストが死帝だなんて……逆に幸運かも?」


「もはやお前の奥義は受け、我が致命に至らぬと知れた。お前が最も闘技大会で強き者であるのならば、他の闘士もまた俺を屠れん。故に、殺す、一切合切の命を斬り捨てる!」


「うーん……なんかわたしが雑魚みたいな扱いで不服。しかも自分が殺されないから、周囲を皆殺しにするってロジックも意味不明。ただ……わたしより強い人はいると思うよ?」


「何……? それは一体何某……っ!」


 死帝へと無数の光が降り注いだ。

 光線は大別すれば四つの属性を持ち、誰が放ったものなのかは明白であった。


 観客がみな逃げ惑う中、果敢にコロシアムの中心へ降り立った者。


「私の前に姿を現したな、死帝……!」


「──スフィルの血か。ああ、分かるぞ。あの時の幼子が随分と牙を研いだものよ」


 明確に互いを記憶していた。

 マリー・ホワイトは死帝に親を殺された記憶を。

 ミダクは霓天の一族を斬り殺した記憶を。


「今ここで、殺します。両親の仇を討ち、そして──」


 そして、何を為すのか。答えはマリーだけが知る。

 ルチカはマリーの後を追いつつも、彼女を止めるべきか判断しかねていた。きっと説得は耳に入らない。主に判断を仰ぐべきだとは思うのだが、地下にいる所為かアルスに通信は繋がらず。


「明鏡止水──水面の糸(みなものいと)


 問答無用。マリーは即座に死帝へ矢を放った。

 精霊術によって生み出された矢は凄まじい魔力を凝縮し、死帝の袂へ。


「ぬうっ……!? ほう、これは……なんとも痛苦、良い! だが、まだ足りんぞスフィルの血! 数多の術を以て我が身を破れ!」


「言われずとも……!」


 マリーは再び精霊術の矢を放つ。しかし再び放った矢は、紫色の靄によって掻き消される。


「待って! その男に一度見せた技は効かない! わたしがさっき闘っていて得た確信だよ」


 エニマの忠告を受け、マリーは動揺する。無理もないだろう。

 あまりに馬鹿げた能力だ。エニマの見識が間違いであることを信じたかったマリーだが、当の本人の口から望みを否定される。


「よくぞ見破った。俺の【接続】の神能、『縁断(えにしだち)』。一度受けた技は効かん。それを理解した上で、初見の技のみで! この化け物染みた俺の体躯を滅してみろ!」


 死帝が動き出す。

 背負った剣を横一文字に振り抜き、マリーとエニマを同時に斬り裂こうと斬撃を飛ばした。エニマは跳躍して回避、マリーは精霊術によって威力を減衰した後に受け流す。

 しかし、なおも刃は止まらない。


「裂空の狂刃(ルナルーア)!」


 戦場を駆け抜けた烈風。

 風刃は周囲の全てを斬り裂かんと荒れ狂う。


「竜牢!」

「明鏡止水、『水鏡』!」


 エニマは死帝の周囲に魔力結界を展開し、荒れ狂う暴風を弾く。しかし勢いは止まらず、どこからともなく招来された雷撃が結界を穿ち抜く。

 風のみを減衰させようと展開したマリーの精霊術も、不意の雷撃は防げない。

 二人に襲い掛かった風刃と雷撃。


「影弾」


 迫る魔術の暴威を、ルチカの後方支援が打ち払う。彼女はマリーを守る為に戦場の悉くを把握し、そして現状を分析していた。

 死帝が先程使った技を見る限り、剣術の腕は相当に熟達した域にある。加えて、攻撃を無効化する馬鹿げた異能。一筋縄ではいかぬ相手……どころか、逆立ちしても勝てぬ相手だ。


 後方から戦いを支援するルチカに、一人の男が緩慢と歩み寄る。


「よお姉ちゃん。ホワイト家の使用人だっけか」


「ヤコウ・バロール様。他の観客の皆さまは……」


「いや。俺もさっきまで避難を手伝ってたんだがね、どうにも不味いことになった。死帝の仕業だろうが、このコロシアムが奇妙な魔力障壁で覆われている。俺の見立てだと呪術に近いんだがね。で、誰もここから逃れられないって寸法だ。つまり……」


 ヤコウは腰に提げていた剣を抜く。


「あの死帝(バケモン)をここで食い止めねえと、一般人は皆殺しって訳だ」


 闘技大会の参加者は施された魔法陣によって極端な魔力欠乏に陥っており、戦力として見込めない。ヤコウもまたかなり疲弊しているはずだが、彼は戦う意志があるようだ。


「では、私も……」


「あんたはアルスを探しに行け。あの馬鹿、こんな時に限って居やがらねえ。さっきの動きを見る限り、姉ちゃんは影魔術の使い手だ。単身ならまだコロシアムの結界から離脱できるだろう。外に居るアルスを連れて来れば、まあ……あいつなら何とかしてくれる。たぶんな」


「否定はできません、ご主人様であれば死帝を討つ術を持っているかもしれません。しかし、私にはお嬢様……マリー様を守る主命もあり……」


 ルチカが離れれば、マリーは危うい。霓天の末裔である彼女は強いが、無敵ではない。エニマとヤコウ両名の補助があっても命の保証はないのだ。


「心配無用。知ってるか? 『猟犬』からは逃げられない……後は頼んだ」


 言い残して、彼は死帝へと向かって行く。

 ゆっくりと、苛烈な戦場には不相応な足取りで。


 マリーが矢を放ち、エニマは隙を窺って打撃を叩き込む。苦し紛れの継戦。攻撃の悉くは靄に阻まれ、ヤコウから見ても勝ち目のない戦いであることは明白であった。


「よおマリー。苦しいな、よく分かるぜ。俺も昔はどうしようもない災害級の魔物に当たって、絶望したもんだ。……騎士の十戒、第四の戒律!」


「えっ!? は、はい! ええと……汝、敵を前にして退くことなかれ! 騎士とは勇気、知性、良識を兼ね備えた、王の刃である。常に礼節を欠くことなく、如何なる時においても武人の誇りを忘れること勿れ。民と平和と、安寧秩序のための刃、そして盾、兼ね備えし者が騎士である。故に、最後まで守る者としての矜持を捨ててはならない!」


 突然やって来て、戒律の復唱を命じたヤコウ。

 マリーは困惑しつつも上官の命令に従い、戒律を諳んじた。死帝はこちらを値踏みするように刃を構えている。


「よく言えた。まあ、お前なら心配は要らないな。では……民を守るために、敵を前にして退くことなく、なおかつ最低限の犠牲で済むような選択肢を取らねばならない。これくらいの道理は分かるな?」


「は、はい……私たちがここで死帝を抑えねばなりません。いえ、倒さねば……」


「ああ、そうだ。で、忘れちゃならないのは『最低限の犠牲』って点だ。少し下がってな。いや、敵を前にして退けと言ってるんじゃなく……まあ、なんだ。先達の剣を見て学べ」


 彼は状況を把握できていないマリーを置き去りにし、エニマに目配せして先へ進む。エニマは彼の意図するところを分かっていた。

 ──「一人ずつ死ね」。彼はそう物語っている。援軍が到着するまで、この封じられたコロシアムで可能な限り耐え抜け。ならば、一人ずつ死帝の視線を釘付けにして死んでいくしかない。

 残酷な選択だが、これが『最善手』。


「『猟犬』」


 異能が発動。

 ヤコウと死帝を円形の線が包囲する。狙った獲物は逃がさない、彼の隠し玉。


 眼前の光景を見て、マリーはようやく得心がいった。

 ヤコウは捨て身の気概で死帝に挑むのだと。彼女は思わず走り出し、ヤコウを止めようとしたが……エニマに動きを止められてしまう。


「……駄目だよ。私たちじゃ勝てない。あるるんの妹さん、あなたがどれだけ死帝を憎んでいようが、その矢は届かない。そして、彼の合理的な選択を蔑ろにしてはいけない」


「でも、それでも……!」


「それでも、じゃない。ここに留まりなさい。うん、きっと大丈夫。何とかなるから」


 根拠の欠如したエニマの言葉など、納得できたものではない。

 しかしマリーはどうしようもなく動けない。己の非力と惰弱に歯を食いしばり、縫い留められるしか選択肢は残されていなかった。

 死帝は眼前に立つヤコウを睨め付けるようにして視線を巡らせる。


「お前は俺を殺せぬ。佇まいから分かるぞ、剣の腕は生半可、魔力の質も高くはない。されど武人としては熟達し、成長の限界にある。いわば屈強な凡人、努力の限界点。それでも俺に刃を向けるか?」


「ああ。お前はマリーにとっての親の仇だけじゃなくて、俺の友の仇でもあるんでな。……畜生、外道が。地獄に落ちろ」


「地獄へは落ちる。そうだ、死にたいのだ。誰も俺を殺せぬ、地獄へ送ってはくれぬ。友を裏切り、民を裏切り、穢れに穢れた我が身を祓える者がいつまでも見つからない。スフィルの血は力なく、カシーネの血は神能にすら目覚めず……ミトロン家に刃を向けられるはずもなく。まして神へ我が身を捧げれば、世を滅する罪過が発動する。八方塞がりなのだ、この身は……!」


 死帝はどうしようもなく利己的な存在だ。

 己を殺せる者が存在しないが故に、全てを斬り殺す暴虐。赦されてよいものか。

 否、断じて否。


 ヤコウは騎士として、一人の友を喪った人間として。

 名乗りを上げる。


「……ああ、クソ。こんな名乗りはこっ恥ずかしくてやってられないんだが。まあ、こんな大舞台くらいはな。……ディオネ神聖王国、聖騎士ヤコウ・バロール! これより悪逆非道の死帝を討つ! いざ、いざ、尋常に──勝負!」

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