49. この人、本物?
「キャーッ!! 本物、ホンモノよお父様! 本物のアルスとマリーが目の前にいるの!! ん゛っ!!」
「こらこらスノウ……あまりはしゃがないで。お二人が困っているでしょう?」
ホワイト一族の二人に至近距離で近付き、興奮する娘をシャンバが引き剥がす。暗い藍色の髪を持つ少女は、呼吸を次第に落ち着かせる。
「すっ……はぁー……す、すみません。はじめまして、私、スノウ・ユークと申します。ア、アルスさんとマリーさんの……ファ、ファンです!」
「ああ、それはどうも。アルス・ホワイトです。こっちが妹のマリー。シャンバさんに招待していただいて、今回の闘技大会を観戦させてもらっています」
限界化しているスノウにマリーは引き気味なものの、アルスは彼女を奇特な人程度にしか考えていない。六花の魔将のように頭のおかしい人は普遍的に存在する。彼女はマシな方だ。
「写真いっしょに撮ってもらってもいいですか?」
「はい、どうぞ。さあマリーも」
「は、はい……」
スノウは写真を連射し、サインをアルスたちに数枚書かせた後、十回ほど頭を下げて謝意を述べた。
彼女はずいぶんホワイト家を推しているようだが、アルスはその理由が気になった。
「スノウさんはどうして僕らのファンなんですか?」
「え、ええっと……霓天の神能は四葉じゃないですか。なんだか四属性を操るのって、素敵じゃないですか? 特にアルスさんのバトルパフォーマンスを見た時、感動したんです。人はこうも美しい軌跡を描けるのか……って。私が人の芸術性を再び信じた瞬間でした」
「なるほど。それは光栄です」
「お兄ちゃん、今の話の意味分かったの……?」
マリーはスノウの話を理解していないようだが、アルスももちろん理解していない。しかし、とりあえず同調しておけば会話は大体なんとかなる。とにかく四属性の色合いが綺麗だと言うことではないだろうか。
「お二方。客室へ案内します。実はこのビルからはリシュの街並みが一望できましてな。ぜひ美しい夜景を見てもらいたいと思い、こちらへお招きしたのです」
シャンバの家はコロシアムの近くに建つ高層ビルである。流石は資産家と言ったところで、この都市のどの建築物よりも高いビルである。
ホワイト家ですらここまで豪華な暮らしはできない。ミトロン家かナージェント家であれば可能かもしれないが、ホワイト家は質素倹約を掲げている。
「それは楽しみですね。ありがとうございます」
アルスは無難に対応をしつつ、ビルの内装の気配を探っていた。
~・~・~
そして案内された客室にて、煌びやかな夜景を眺めながらアルスは嘆息した。
「……やはり何もないな。杞憂だろうか」
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「いや、タナンがシャンバさんは嫌な感じがする……って言ってたんだけど。マリーはなにか感じた?」
「いえ、笑い方がキモいだけですね。普通の人だと思います。スノウさんもオタクなだけで普通の人かと」
アルスが気を探る限り、このビルに異様な魔力は存在しないし、シャンバもスノウも悪意を持っていない。単純に親切心で接してくれているだけだ。スノウの振る舞いから見ても、彼女がホワイト家のファンであることは紛れもない事実。
やはりタナンの勘違いなのだろうか。先程はマリーがスノウにずっと魔術の発動を乞われていて、疲れた様子である。
「それにしても、スノウさんからしつこいくらい魔術の発動をお願いされましたね。最終的には四葉秘剣も要求してきたし」
「へー……やってあげたの?」
「いや、練度が足りなくてまだ使えませんし。お兄ちゃんがやってあげればよかったのに……」
マリーはアルスに四葉の奥義、『四葉秘剣』を習っている途中だ。まだ完全には使いこなせていない。
ちなみに四葉秘剣は二種類存在する。アルスが独自で生み出したものと、初代霓天スフィルが編み出したオリジナルのもの。マリーが教わっているのは前者。どちらが彼女に適しているのかを考えた時、アルスオリジナルの方が使いやすいと判断したためだ。
「奥義は素人にすら容易に見せてはならないものだ。うん、一度相手の技を見ただけで完全学習する天才もいるからね……エルゼアとか……」
初見の技を浴びせる瞬間は、誰しもに与えられた専売特許だ。技が多ければ多いほど意表を突ける可能性は高まる。武人たるもの、自らの技能の秘匿は意識しなければならない。
「うーん、そうですね。以後気を付けます。……私は魔力を結構使ったので、もう寝たいんだけど……電気消していい?」
「いいよ。明日と明後日は休みで、その翌日が二回戦か。今後の試合も楽しみだね」
「はい、あれは勉強になります。私はもっと強くなりたいので……がんばって見学しますね。それでは、おやすみなさい」
マリーはそう言って部屋の電気を消した。
アルスは眠ることなく、夜景を眺め続ける。妹が強さを求めるのは【狂刃】……こちらの世界線では【死帝】と呼ばれる存在に復讐するためだろう。
復讐を咎めることはできない。彼女の好きにすればいい。
「…………」
かつてラウンアクロードを屠った時、アルスは燃え尽きた。復讐を終えて全てを手放し、倒れたくなった。
それでも支えてくれる人が居たから、未来を生きようと思えたのだ。今度は自分がマリーを支える人になる。
心中で決意し、彼は瞳を閉じた。




