48. 猟犬・刹那の竜闘士
闘技大会は計七日間にわたって行われる。
試合は全三日で、二日間のインターバルが試合の間に設けられる。
初日は盛大な開会式が催され、式辞を終えた後に試合が始まることになった。
試合開始の直前、アルスたち四人は席に座って第一試合の開始を待っていた。
「一回戦はヤコウさんと……知らない人の対決だ。タナン、どっちが勝つと思う? ……タナン?」
アルスが横に座るタナンの方を向くと、なにやら彼は上の空でぼーっとしている。いつも溌剌とした彼にしては珍しい現象だ。
「お、ああ……ルス兄。わりい、なんかさ……このコロシアム、変じゃねえか?」
「変って? 特に何も違和感はないが……」
見渡してみても、ごく普通のコロシアムに見える。ルチカやマリーも異変は特に感じていないようだが。
「なんかこう、気持ち悪いんだよ。直感だから具体的に説明できねえけどよ」
タナンの直感は馬鹿にできない。神族特有の敏感さ……ではない。アルスが何も感じ取れていないのだから。何かしら彼に備わった、超常的な感覚である。
彼の感覚は的中する。
「それは悪い感覚か?」
「いや、悪いのかどうかは分かんねえ。俺とルス兄がシィーメ峡谷で呪術師と戦った時みたいな、うすら寒い気なんだけど……それと比べてどうにも掴みどころがない」
アルスの目視や気配の探知によると、周囲に呪術の痕跡は見えない。これほど強者が集まる大会で呪術を使おう、などという無謀な者はいないと思うが。
「まあ警戒するに越したことはないね。君も気を付けておいて」
「おう」
憂慮であれば良いが、慢心はできない。タナンの忠告を素直に受け止めてアルスは観戦することにした。
~・~・~
一回戦、ヤコウ・バロールの試合は見事なものだった。
普段アルスやマリーが目にする気だるげな姿勢ではなく、気合の籠った剣筋。聖騎士なだけあり、実力は折紙付。円外に敵を逃がさない異能『猟犬』を巧みに利用した闘いであった。
「どう、マリー? ヤコウさんがあんなに真剣に闘ってるの見たことある?」
「いえ、初見です。どういう風の吹き回しなんでしょう」
「さっき直接会ってきて聞いてみたんだけど、彼は毎回この祭りに参加しているらしい。というかリシュ親神国が出身地らしいよ」
今明かされる衝撃の事実。言うほど衝撃でもない。
ヤコウ本人は何度出場しても優勝できないと嘆いていて、アルスは少しいたたまれない気持ちになった。
それはともかく次は二回戦。
先程遭遇した少女、『刹那の竜闘士』エニマが出場する。相手の名前は見知らぬ人。アルスとしては知己のエニマを応援したいところだ。
タナンはトーナメント表を眺めて、自らと同じ肩書を持つエニマに興味を示した。
「次の選手は竜闘士……竜? ってことは俺みたいに竜に変身できんのか?」
「いや、彼女は竜属性の魔術を操るからそう呼ばれているだけだ。属性進化で誕生した珍しい属性だね」
「よく分かんねえな。竜みたいにブレスとか吐くのか?」
「魔力を体内の内燃機関で燃やして一気に放出するんだ。この術式が竜のブレスに似ているから竜属性と名付けられたけど、ブレスを吐くわけじゃない。今の人類はほとんどが体内の魔力内燃機関を使いこなせないけど、彼女は特質だ。人類の進化とも言えるかもしれないね」
タナンは最後までよく理解していない顔をしていたが、とりあえず頷いていた。難しいことは考えず、とりあえず拳で解決するのが彼のポリシーなのだ。
そうして待っている内に試合が始まった。神に捧げる名目の祭事ゆえ、粛々と試合は行われる。
エニマの相手は剣士。彼女はよく紅蓮剣士エルゼアを相手にしているので、剣士の相手は慣れている。
(そういえば最近、エルゼアの姿を見ていないな……忙しいのか?)
ふとアルスは性別不明の剣士を想起する。グットラックの幹部という裏の顔を持つエルゼアは、時たま多忙を極めている。
物思いに耽る彼の鼓膜を、マリーの驚嘆が叩いた。
「っ……すごい!」
彼女は闘技場で行われている試合に釘付けになっている。
視線の先ではエニマが凄まじい速度で動いていた。一定の経過時間まで緩慢な動きで剣士の攻撃を流していた彼女が、突如として火が点いたように駆け出す。蓄積した魔力を高め、質を昇華させた上で放出したのだ。
一撃は大地を割り、疾走は暴風を巻き起こす。彼女の様相はまるで暴竜。
穏やかな前半戦から、苛烈極まる後半戦。試合の緩急こそが彼女を人気のバトルパフォーマーたらしめる所以でもある。
エニマの強烈な打撃が相手の剣士を吹き飛ばし、試合は彼女の勝利に終わった。
~・~・~
初日の全試合を観戦し終えたアルスは、ルチカが手配してくれたホテルへ向かおうと荷物を纏めていた。コロシアムのフロントで支配人のシャンバが彼に歩み寄る。
「アルスさん、今日の闘技はいかがでしたかな?」
「ああ、シャンバさん。それはもう楽しめましたよ。次回も楽しみです」
「んほほ……それは何より。ああ、そうそう。宿泊先は予約していますかな?」
「ええ、大丈夫です」
「ううむ……そうですか、既にご用意していたのですね」
シャンバは気難しい顔をして唸った。
「なにか問題でも?」
「いえ、実は娘がホワイト家のお二人に会いたがっておりまして……せっかくなので我が家に泊まっていただこうかと思ったのですがねえ」
曰く、彼の娘はアルスのファンらしい。
シャンバはコロシアムの支配人かつ資産家なだけあり、相当な金持ちだ。もしかしたらホテルに泊まるよりも豪華な待遇を受けられるかもしれない……アルスはがめつく考えた。
「お言葉に甘えてもいいかもしれない。マリーはどう?」
「構いませんが、ホテルをキャンセルしなければいけませんね」
「いや、その必要はないぜ。俺がお前らの予約した部屋に泊まるからよ」
マリーの言葉を遮ってタナンが顔を顰める。なにやら先程のように彼の態度に違和感がある。彼はアルスの耳元に近付き、誰にも聞こえない声で囁いた。
「……どうにもコイツ、信用できねえ。また直感だけの説得になるが、一応気を付けておけよ」
アルスはこくりと頷き、了承の意を示す。
シャンバは悪意を持っていない。それだけはアルスの心眼が見極めていた。しかしタナン曰く、どこか信用できないものがあるらしい。
「ルチカは……」
「私もホテルに宿泊いたします。タナン様が問題を起こさないか心配ですので」
「うるせえ! 俺は大丈夫だ!」
タナンは違和を悟られぬように気丈に振る舞っている。
何も考えていないように見えて、深く思慮がある男なのだ。
「はは……じゃあよろしく頼むよ。シャンバさん、お世話になります」
「おお、ありがとうございます! 憧れの御仁に会えて、娘もさぞ喜ぶでしょう! さささ、こちらへ」
シャンバに案内されるがまま、アルスとマリーは彼の後を追った。




