46. 誘致
ホワイト家の庭では、今日も鍔迫り合いの金音が響き渡っていた。
アルスの眼前に立つ少女は紫紺の髪を揺らし、右へ左へと動き回る。彼女は放浪の剣士ベロニカ……即ち、リンヴァルス帝国第二皇女、リーシス・フェン・リンヴァルスである。
ベロニカはお忍びでディオネにやって来て、アルスから剣技を学んでいる。彼女もアルスと同じくルカの弟子であり、アルスは彼女からすれば兄弟子と言うことになるだろうか。
変装するにしても、眼帯をつけるだけではなく仮面を被ったり、名前を変えたり、口調を変えたりして欲しいものだ……とアルスは自分の過去を顧みて思う。
剣を振り抜き、彼は一息ついた。
「……今日の訓練はこれで終わりにしましょうか」
「はい。ところでアルス様、私は深淵にどれほど迫れているのでしょうか。さしずめ天災を退ける程度には届いていないと思うのですが、闇を裂く一閃には値するかと自負しております」
そしてこの難解な言語である。
アルスが幼稚な精神をしていた砌ならば、まだベロニカの中二的言動にも付き合えたが今は正直しんどい。
「そうですね……既に十分な剣の腕は身についているかと思いますが。そもそも皇女殿下がどれほどの高みを目指しているのかにも寄るでしょうね」
彼はここまでの過程でロキシアに剣を教えていた時間を思い出した。
彼女もまた、自分の限界点に見切りをつけて剣を納めた人間である。ベロニカにも諦めの選択を迫る時は必ずやって来るだろう。
「再三言っておりますが、私は皇女ではありません。そして……そうですね。どこまで強くなるか……ですか? 無論、アルス様やルカ師匠のように【破滅の型】は習得したいのですが、明確な目標は分からないのです」
「まずは目標を明確に決めなければなりませんね。まあ皇女殿下には【半神降臨】もありますから、地力自体は申し分ないでしょう。技能をどれだけ磨くか、分水嶺の見極めですね。立場上、いつまでも放浪しているわけにもいかないでしょうから」
「そう、ですね……いつまでもお父様を心配させたくないのも本心です」
半ば自分が皇女だと認める発言をしつつ、彼女は剣を片付ける。
アルスにも創造神を救うという目的があり、いつまでもベロニカに構っているわけにもいかなかったのだ。
「さて、次はマリーか」
ぼーっと訓練の様子を眺めていた少女は、自分の名前を呼ばれて我に返る。
アルスの妹であるマリーもまた彼に剣を習っていた。主に扱う武器は弓と精霊術だが、騎士剣術も学ぶ意志が彼女にはあり、亡き父ヘクサムの騎士剣を受け継いでいた。
「ああ……はい。お願いします」
「……なんか元気ないね。風邪でもひいた?」
「いえ、最近は仕事で夏季休業前の追い込みが忙しいので。長期休暇前になると事務仕事が山のように降ってくるのです、疲れています」
疲れているらしい。
もはや疲労などと言う概念は捨て去ったアルスだが、彼女の境遇には同情できた。日頃から放浪しているどこぞの兄が居るせいで、彼女は世間からのホワイト家への印象をよくしようと頑張っている。
騎士にもならず、バトルパフォーマーを辞め、放浪しているどこかの誰かのせいで。
一応アルスにもディオネ解放で国を救った功績があるとはいえ、それだけで無職の汚名を晴らせる訳ではない。力があるのならば国のために騎士として戦えと叫ぶ、頭の固い者もたくさんいる。
「じゃあ今日は休みに……」
「いえ、やります」
「でも、」
「やります」
やるらしい。
マリーの頭の上に乗っているクラゲ……精霊のシャスタも心配そうに彼女を見つめている。
アルスはそれとなく手を緩めつつ、彼女へディオネ剣術を教えることにした。
~・~・~
「ご主人様、郵便物が届いております」
翌日、使用人のルチカが薄い封筒を差し出した。仕事の勧誘やショッピング関連の広告は全て捨てるように言ってあるので、大事な郵送かもしれない。
「ありがとう。差出人は……誰だこれ?」
差出人の名はシャンバ・ユーク。住所はリシュ親神国という、ルフィア北方に位置する国である。
アルスは封を破り、中身を確認。五枚の紙が中には入っており、うち四枚はチケットのような紙であった。
残り一枚の手紙をざっと読み、アルスは郵送物の正体を悟る。
「ルチカはリシュ親神国で三年に一回開催されてる祭りって知ってる?」
「はい、武闘祭ですね。バトルパフォーマンスとはやや異なり、勝利することだけに重きを置く祭事であったかと」
「そうそう。で、この差出人のシャンバさんは武闘祭のコロシアムのオーナーで……僕を観客に招きたいらしい。出場者としてではなく、ただの一観客としてね」
なぜアルスが招かれたのかは分からないが、本人に聞いてみればいいだろう。恐らく霓天の家系のファンだとか、そういう理由だろう。
チケットは四枚あるので、あと三人連れて行くことができる。せっかく貰ったのだから行かないのは失礼にあたってしまう。
「そういえばこの日って、マリーは夏休みだったよな。ルチカも連れて行くとして、皇女殿下は帰国予定だから……タナンでいいか」
龍神の息子にしてホワイト家の居候、自称アルスの一番弟子、タナンを連れて行くことにした。マリーは何か予定を入れているかもしれないが、他人の計画に配慮するアルスではない。
「この日、リシュに行こう。マリーとタナンにも時間を空けておくように言っておこうか。まあ、タナンはいつでも暇だけど」




