45. 百年振りの再会
シロハを去る直前のこと。
魔族王の斥候のソニアはひたすらに懊悩していた。
「うーん分かりません、分かりませんねー」
彼女が考えているのは魔王の目的はなんだったのか、という点だ。
なにやら配下の黒鎧や、同胞の【天魔】が珍妙な言葉を羅列していたが、彼女にはまるで意味が分からなかった。
彼女は傍にいたイージアに尋ねてみる。
「イージアさんは分かりますか?」
「混沌の宝玉については分かるが……それを用いて天魔が何をしたいのかは分からないな。まあ、碌でもないことに使われるのは間違いない。『棄てられし何某』……か」
ソニア曰く、何某の部分は聞き取れなかったが、フレーズが印象に残ったと言う。イージアとしても『棄てられし~』という言葉はどこかで聞き覚えがある気がした。
しかし、思い出そうとしても思い出せない。神族が記憶を引き出せないことはあり得ないので、勘違いかもしれないのだが……
『では、我も魔族王の情報網を用いて六花の魔将の目的について探ってみるとしよう』
「そうか……ありがとう」
『いや、此度もルカミアの件では世話になった身だ。イージア、お主には恩を返させてもらいたい』
ルトは自らの目で【魔王】の終焉を二度、見た。どちらも傍らに在ったのはイージアという英雄。
数奇な運命である。
「残った影魔族は魔国に収監するのか。彼らが魔国へ赴く道中に反乱を起こさないとも限らない。私もついて行こうか?」
『いや……魔王に従っていた数名の影魔族は、みな戦意を失っておる。彼らはみなルカミアを元に戻したい一心で戦っていたようだ。護衛は必要ない。我が弟にも慕ってくれる者がいた……か』
ローダンを含め、最後までルカミアに従っていた影魔族たちは彼の親友であった。狂奔に陥った友を助けんがため、魔王の傘下にあったのだ。
魔王が自ら己の存在の終焉を宣言した以上、彼らも大人しくなるだろう。
「ではでは、行きましょうか陛下。イージアさんもお元気で」
『うむ……達者でな、イージア』
イージアは去りゆく二人を見送り、次なる目的地へとさっそく旅立つのだった。
~・~・~
シロハ国の山道、秘匿されし塔にて。
警報がけたたましく鳴り響いた。ナリアの研究塔に侵入者があったようだ。
「やあナリア。百年振りだな」
「出て行け」
侵入者に辛辣な言葉を浴びせ、ナリアは扉を閉じた。
神域に迫る結界を軽々とすり抜け、独自の隠蔽幻術を看破してきた侵入者。彼は閉じられた扉を強引にこじ開け、不躾に入り込んだ。
「クロイムから君の居場所を聞いたんだ。彼がジークニンドだと言うことには気が付いているか?」
「無論だ。まさかアイツが記憶喪失になっているとは思っていなかったし、シレーネがアイツを弟子にするなんてのも想定外だったがな」
「シレーネを弟子に……ね。どのような経緯で彼女を弟子にしたのかは分からないが、君がシレーネの師になっていたのは驚きだ」
「イージア」
名を呼ばれると同時、彼はナリアの呼称を否定した。
「ああ、今代はアルスと名乗っている。もともとこちらの名が正しいんだ。今は二人しか居ないからイージアと呼んでくれて構わないが、人前ではアルスと呼んでくれ」
「ではアルス。お前はこの百年間なにをしていた?」
ナリアの視線はアルスを咎めているようだった。無理もない。
彼女からしてみればアルスは破壊神の騒乱と共に忽然と消え、百年間ものあいだ陰伏していたことになるのだから。まさか百年の時を一気に超越したとは思うまい。
「諸事情があり、動くことができなかった。信じてもらえないと思うが……すまない」
彼は真摯に頭を下げる。
ナリアも長らく過ごした楽園を追われ、辛い思いをしたのだろう。イージアにも容易に想像できる辛苦だ。
しかし彼女はイージアの頭を掴み、無理やり上へ持ち上げた。
「信じている、謝るな。もうこの件についてはいい。……さて、本題だ。お前がここに来たということは、ようやく創造神の件について話せるな。お前はあの神をどうするつもりだ?」
「……ジークニンドを覚醒させる。それから先のことについては……あまり考えていない。破壊神を創造神に戻す術があれば最善だが、手段は見つかっていない。最悪、創造神が予見したようにジークニンドを自壊機構として作動させ、創造神を殺すことになる」
創造神は自らの運命を悟り、ジークニンドを用意した。そして自分が邪気に呑まれると同時、彼を楽園から追放したのだ。
なぜ百年後に堕ちてきたのか、なぜ記憶喪失なのかは依然として不明なままだが……ひとまずの目標は、彼に十二の神能を戻すこと。
記憶を失う前に聞いたジークニンドからの話では、創造神を殺してもジークニンド自身も共倒れする訳ではないらしい。アルスのように災厄と共に滅びる運命ではないのだ。創造神を殺しても、彼は生きることができる。故に神能を戻すことについて異論はない。
「私も創造神を救う方法は模索中だが、まだ発見には至っていない。とにかく、お前には世界中で暴れている六花の魔将どもを掃討してもらわねばな」
「その件で疑問なのだが、六花の魔将を倒す際、ジークニンドは付近に居なくても大丈夫なのか? 神能は返還されるのだろうか」
「おそらく問題ない。大師匠命令と称してアイツの神気と邪気を測定してみたが、今のところ戻った神能は四つ。お前の神能は返還したのか?」
「いいや。彼の内にあるのは、元々残っていた【秩序の衝動】、リグスの【混沌・秩序の領域】、アリスの【混沌の放出】の四つだ。私の【混沌の接続】は折を見て返還する」
【混沌の接続】を返還すれば、アルスの『調律共振』は失われる。それで構わない。
ナリアは彼の言葉を聞き、かつての仲間の死を悟る。
しかし敢えて言及することなく、話を流れを戻す。
「神気と邪気は世界を出ることはない。六花の将・魔将が討たれれば自動的に神能は気へと戻り、必ず適合する本来の持ち主の袂へ還るだろう。だからお前は気にせず六花の魔将どもを駆逐していけ」
「……了解した。しかし、あれだな。話は変わるが、ずっとここに籠っているのか?」
「たまに……外には出る」
たまに、の言葉に含有される時間がどのくらい長いものか。
おそらくナリアの気質を想えば、相当な出不精になっているに違いない。
「よし、外に出ようか」
「は?」
「折角だから君の弟子が居るルフィアレムへ行こう。それとも私の故郷のディオネに来るか? いまディオネは寒いぞ、真冬だからな」
「ああ、もういい。出て行くのはお前な。さあ行け」
うんざりしたようにナリアは侵入者を排除する。
しかし……隠れ家がバレてしまった以上、彼がここに頻繁に訪れる事態は避けられない。ナリアは分かり切っていたものの、拠点を移す気にはなれなかった。
17章完結です




