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共鳴アヴェンジホワイト  作者: 朝露ココア
17章 真実審判剣グニーキュ
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32. 聖剣グニーキュ

 鬱蒼とした森を進む。フロンティアの邪気は相変わらず肌に蛇が這うかのような、独特な嫌な感触がある。

 暗がりの向こうから魔物の嘶きが聞こえる。しかし武人のアリキソンは、とうに魔物の威圧に怯む神経は潰えていた。今まで騎士として、何度も危険地帯に踏み入ってきたのだ。

 たとえここが化け物が闊歩する地であろうと、なんら臆することはない。


「……」


 迫った雷鳥を斬り捨てる。通常の剣なのでやや切れ味が悪い。魔鋼で作られた騎士剣に比べれば当然だろう。

 ソレイユ大森林の地図はない。ソレイユ王国が意図的に作っていないのだ。この大森林の最奥には聖剣グニーキュの眠る神殿があり、それを狙う不届き者の侵入を防ぐためだ。


 聖剣の力を解放できるのは聖剣に認められた者だけだが、振るうだけならば誰でもできる。つまり誰かの手に渡れば脅威となり得るので、神殿の在処は秘匿されていた。神殿は碧天の血のみに反応して開く仕掛けになっているので、仮に神殿を見つけられたとしても扉は開けないだろう。

 しかし、正式な碧天の一族であるアリキソンは大森林の構造を把握していた。故に迷うことなく進んで行く。



 杉林の地帯を抜け、空間が開けた。

 視界の中心に飛び込んで来たのは白亜の丘。湖に囲まれた神殿がひっそりと鎮座していた。正面扉には碧天の家紋が刻まれている。

 間違いない、聖剣が封じられた神殿だ。


「……この地に何用か」


 神殿に続く橋を渡ろうとした時、右方の森から影が飛び出す。現れた男の声はどこか悍ましく、殺気と憐憫を同時に含んだいかにも異様なものである。

 やけに白い顔、生気のない瞳。まるで屍が動いているかのようだ。


「あなたは……?」


「俺はミダク。いや、『死帝』と名乗るべきか」


「ッ……!?」


 ──死帝。六花の魔将の一人。

 かつてディオネのゼロントを襲撃し、アルスの両親を殺した災禍。


 アリキソンは咄嗟に距離を取り、剣を構える。

 まさかこのような場所で遭遇するとは。六花の魔将も聖剣を脅威と見做し、見張りをつけていたのだろうか。

 彼は死帝を前にしても臆することなく啖呵を切る。


「我が先祖の遺した聖地、お前に穢させはせんぞ」


「ほう……金色の髪に、碧の瞳。ああ、そうか……お前が今代の碧天なのだな」


 死帝はアリキソンの啖呵を受けてもなお、緩慢とした動作で身体を揺らしている。

 その仕草が自然なものであるのか罠であるのか、見当はつかない。


「碧天よ、俺はお前と戦う気はない。一度でも我が呪剣をお前へと向ければ、お前を殺すまで剣を止められぬゆえ」


 死帝の言葉を聞き、アリキソンの警戒心はますます高まる。……と同時に、どこか安堵している自分がいる事に気が付いた。


「やはり俺は……騎士の器ではないか……」


 昨日までのアリキソンであれば、人類の敵である死帝を前にすれば無闇に剣を振っていた。たとえ相手が戦意を示さずとも、民のため、誰かのためと喧伝して。

 だが今の彼は騎士ではない。自分が敵うと断言できぬ相手に立ち向かうほど、今の彼の意志は固くなかったのだ。

 自嘲するように剣を納めるアリキソンを見て、死帝は問うた。


「憔悴しているな。なにか、悩みでもあるのか」


「……さあな。お前に語ることなどない」


 相手は親友であるアルスの親の仇。自らの心を許せるはずもない。

 とは言っても、その親友からアリキソンは昨夜失望されてしまったのだが。


「この剣を触ってみないか?」


 死帝は自らが背負う巨大な剣を差し出した。

 紫色に煌めいて、どこか妖しい雰囲気を醸し出している。陽光の下で不気味な輝きがやけに綺麗に見えた。不可思議で蠱惑な剣の刃に、アリキソンは手を伸ばし──


「っ!」


 弾かれた。彼の手を、死帝が弾いたのだ。


「狂気の道にある者以外、この剣に触れようとは思わぬ。常人は我が狂刃ルナルーアの輝きを見ただけで、強烈な嫌悪を催す。今のお前は狂う一歩手前だということだな」


 ……アリキソンが覚えた違和感。

 先程まで凄まじく魅惑的に見えていた死帝の刃が、少し冷静になるとかなり気味の悪いものに見えてくる。剣身がどくどくと脈動し、まるで心臓を思わせるかのような……


「うっ……」


 彼は思わず蹲って、吐きそうになる。

 どうして先程まで俺はあんな物を触ろうとしていたのか……と。


「ひどく醜い有様よ。そんな様子では聖剣もお前を認めぬだろう」


「……それは死帝、お前が決めることじゃない。俺を認めるかどうかは、聖剣が決めることだ」


 否定はしたものの、分かり切っていた。

 聖剣グニーキュは崇高な魂を持つ者のみを所有者と認め、真の力を発揮すると伝承されている。彼のような人間では、到底……


「お前の目的は知らん。だが、戦う気がないのならば失せろ」


 アリキソンはそう死帝に吐き捨て、神殿へと向かった。


 ~・~・~


「これが……聖剣」


 銀色に煌めく剣身、ひっそりと佇む神聖なる気配。白銀の美しさは先程俺が死帝の刃を見たものとは正反対の玲瓏である。

 中央に突き刺さったまま聖剣グニーキュは次なる主を待っていた。


 足音が神殿に響く。

 俺は聖剣の前で立ち尽くした。恐怖だ。


「……」


 俺は神聖なる片鱗に触れ、身震いしている。穢れた身である己が、この剣を持つことは許されるのだろうか。聖剣は誰でも振ることはできるが、権能は限られた者にしか扱えない。

 俺は限られた者に選ばれない。分かっていた。


 それでも、俺は……


「俺は、俺自身を問う」


 諦める理由が欲しかっただけなんだ。

 もう俺は、戦いたくない。誰かのために戦いたくない。


 アルスがずっと羨ましかったんだ。騎士の血に縛られず、好きに生きるアイツが。俺も彼のようになりたかった。しかし己の使命だと嘯いて騎士に身を縛り、俺は立派な人間だと思い込んできた。呑気に生きるアルスよりは立派なのだと……彼を心の底で見下していた。

 だが、そんな彼にも俺の本質は見透かされていて……俺たちは親友ではなかったのかもしれない。


 俺は孤独だ。俺を『アリキソン』として見る者は誰も居ない。みな、俺を『碧天』と、『ミトロン家』と讃える。苦しかった。

 ただ一人、俺をアリキソンと認めてくれたアルスにも見限られ──もう限界なんだ。


「我、碧天の末裔なり。聖剣グニーキュよ、今ここに我が真価を問う」


 思い切り手を伸ばし、柄を掴む。そして一気に上へ持ち上げた。

 ──ああ、重い。俺が持つには重すぎた。


 天へと掲げた聖剣は、相変わらず美しく赫耀している。

 何も感じない。聖剣の沈黙が、俺の心を深々と抉り取った。やはり俺は認められない。英雄ではなく、碧天ではなく、騎士ではない。

 真実を悟った時、俺は救われた。


 聖剣はなんら力を湛えずとも、俺の心を救ったのだ。

 力なく膝をつき、聖剣を地面へ打ち付ける。無機質な音が神殿に響いた。

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