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共鳴アヴェンジホワイト  作者: 朝露ココア
17章 真実審判剣グニーキュ
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31. 流浪

 翌日。ミトロン家に客人が訪れた。

 白昼、自室のベッドで倒れるように寝ていたタイム・ミトロンは目を覚ます。


「……ご主人様。お客様がいらしています」


 タイムの専属の使用人が部屋の扉を叩く。

 しかし彼は気だるげな声を発してベッドから動くことはなかった。


「アリキソンは……仕事か。誰だ?」


「トネリコ騎士団長です。ご主人様に直接のご用があるそうで」


「……動く気にならん。部屋に入れてくれ」


 彼のうつ病が祟って、日中はほとんど動く事ができなかった。

 たとえ相手が騎士団長だとしても、タイムが騎士であったのは昔の話。今は赤の他人なので騎士団長を尊重する理由もない。


 しばらくすると、大柄な壮年の男性が部屋に入って来る。

 トネリコは部屋の様子を見て顔を顰めた。床に転がった酒瓶、机に散りばめられた丸薬。昨日使用人が掃除したというのに、一日でこの有様だ。

 トネリコは窮屈なソファに座って、ベッドから起き上がったタイムを眺める。


「久々だな、タイム。調子はどうだ?」


「調子は……相変わらず鬱は治りませんよ。こうして家に引き篭もっててストレスもないのに、どうしてか鬱は消えてくれない。まあ、仕方ないですけどね」


 かつてタイムはトネリコの部下として騎士を勤めていた。

 タイムが片腕を失うと共に騎士を辞め、今は息子のアリキソンが代わりに仕事に励んでいる。実質的なミトロン家の主人はアリキソンだ。


「何が原因なのだろうな……」


 ヘクサム・ホワイトが死んだ頃から、タイムの精神病は悪化し始めた。ヘクサムの死が直接的な原因でないことはタイム自身も分かっているのだが、大切な友の死が一因であるのも事実だろう。


「まあ、俺の病気についてはどうでもいいんですよ。用事があるんでしょう? じゃなきゃこんな病人の場所には誰も来ない」


「……アリキソンは家にいるか?」


「あん? 息子は仕事ですよ。もしかして今日は休みで?」


 トネリコはタイムの質問に応答することなく、本題を切り出した。


「今朝、アリキソンが辞表を出した」


「……は?」


 言葉の意味をタイムは理解できなかった。

 アリキソンが辞表を出した……アリキソンが仕事を辞める旨の紙を出した……つまり、アリキソンは騎士を辞める意志を示した。ゆっくりと事実を頭の中で咀嚼する度、混乱が巻き起こる。


「いや……冗談でしょう。アイツが騎士を辞めるはずがない」


「その根拠は、どこから?」


 タイムは言葉に窮する。彼の根底には、息子は大義のために剣を振るい、何があっても折れぬ意志を持つ英雄だという刷り込みがあった。


「アリキソンは騎士剣を返上してきたが、剣身は折れていた。彼は『俺の意志はこの剣と共に折れたのです』……と、そう告げた。なにか知っていることはあるか?」


「い、いや……」


 息子は気に掛ける必要などない。彼の心は強く、親の憂いなど不要。

 そう、思っていたのだが……


「団長は息子の辞職を止めなかったんですか?」


「ああ。引き留めたりすれば、親子揃ってうつ病になるぞ。私が伝えたかったのはこれだけだ。一週間後、本人からの取り下げがない限り辞表は正式に受理される。今のお前に息子と向き合えと言うのは酷かもしれん……だが、親としての責務が問われているのであろうな」


 トネリコは淡泊に言い残し、ミトロン家を去った。


 ~・~・~


『この飛行機は、ただいまからおよそ二十分でソレイユ空港に着陸する予定でございます。お荷物を……』


 アリキソンは失意の中、ソレイユ往きの航空機に揺られていた。朦朧としていた意識がアナウンスによって徐々に覚醒する。何もやる気が出ない体を鞭うち、彼はこの旅路へと足を運んだ。

 騎士は辞めたが、誇りを捨てた覚えはない。彼が完全に誇りを捨て、剣を握ることを諦める時は……もうすぐ来るかもしれない。だが、まだだ。


『君はさ、本当は誰かを守ることは好きじゃないんだろう? ディオネ解放でも協力してくれたけど、理由は君の戦友である僕が戦っていたからだ。君は自分の周りにいる人を守りたいだけで、知らない誰かは守りたくない。きっと君は騎士に相応しくない』


 アルスの言葉がいつまでも尾を引き、あの瞬間の怒りの余燼が燻っている。いや、怒れるだけまだマシなのかもしれない。

 彼とは何度も剣を交え、互いに錬磨してきた。しかし……あの瞬間に見せられた動きは、アリキソンを遥かに超えるものだった。彼はアリキソンの弱さを見抜いている。人を守るという薄弱な意志に甘んじて生きてきた結果、本能に従って強さを求めたアルスと大きな差が開いたのかもしれない。



 騎士を辞めた今、アリキソンの気分は晴れやかで、そして虚しかった。

 ソレイユの地に降り立つ。かつて魔導王朝と呼ばれたソレイユは、今もなお優れた魔術文明を誇っている。先日も凄まじい軍事力を見せ、他国を圧倒した国だ。


 白を基調とした伝統的なレンガ造りの家々が立ち並び、人工の大運河が流れている。自然風景と魔導科学の一体化。ルフィアと違い、天を支配する天廊がなく開放的で障害物のない青空が広がっている。

 そしてもっとも特徴的なのが、この国は四分割されており、年中季節を統一した区画が存在するということ。北西部が冬、北東部が秋、南東部が夏、今アリキソンが立つ南西部が春。これらの季節を全て魔法でコントロールし続けているというのだから驚くものだ。


「…………」


 最初に彼が任務でこの国に訪れた時はたいそう驚愕した。

 騎士服を着ずに外国へ訪れるのはいつ以来だったか。今の彼は目深に帽子を被り、極力碧天だと悟られないようにしている。容姿はただの一般人。


「やはり気が楽だな、こうして何も背負っていないというのは。さて……行くか」


 彼は騎士剣ではない鉄剣を佩し、一応武装している。

 これから向かう先はソレイユの南方のフロンティア、ソレイユ大森林。世界でも有数の危険地帯であり、強力な魔物が数多く出現する。


 そして──初代碧天ローヴル・ミトロンが扱った聖剣、グニーキュが封印されている地。

 アリキソンの運命は聖剣に委ねられた。物に縋ってしまうというのも、情けない話だが。


 だが……もう、限界だった。

 彼はもう、全てを諦めたいのだ。


 聖剣がアリキソンを認めなかった時、彼は武の道を捨てる。



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