24. 暗澹
アリキソン・ミトロンは今日も騎士としての仕事を終え、帰路に就く。八年間も使い古した魔導車に乗ってルフィアレムの車道を駆ける。
目指す先はミトロン家、彼の実家。彼としては正直あまり帰りたくはない。ホテルか王城にでも泊まった方が気は楽だと思っていた。
時刻は深夜。昨今は『魔王』の侵攻が活発化していることもあり、仕事は深更にまで及ぶことも珍しくはない。十年に一度くらいだった侵攻が、最近は数か月に一度攻撃してくるようになった。国もさすがに手を打たねばならない。近隣諸国……主にソレイユ王国や南北ロク王国も魔王の侵攻には頭を悩ませているようだ。
もっとも魔王の侵攻というよりも、侵攻によって発生する死亡者や建築物の倒壊に際した事務処理の方が面倒なのである。
車を降り、アリキソンは広大なミトロン家の敷地へ入る。
「お帰りなさいませ、アリキソン様。お疲れ様です」
「ああ……今日の夕食はいい。さっさと寝る」
「承知しました」
彼は使用人に鞄を預け、早々に三階の部屋へ向かう。
疲労がかなり溜まっている。早めに寝なくては明日の仕事に支障が出るだろう。
長い渡り廊下の最中で、彼は一人の者とすれ違う。すれ違った男の右手には酒缶がぶら下がっている。左腕はない。
「…………」
「おう、帰って来て父親に挨拶もなしか?」
「……ただいま帰りました」
「はっ……立派に息子が育って俺も嬉しいね。がんばれよ」
アリキソンの父、タイム・ミトロン。
彼は明らかな皮肉を吐き捨て、アリキソンの横を通り過ぎて行った。
「ふう……」
いつから父はあんな人間になってしまったのか……彼は嘆息する。
うつ病だそうだ。原因は不明。もしかしたら息子であるアリキソンの所為かもしれない。アリキソンは父には無愛想な態度を取ってきたが、心を痛めつけるほどの態度は取ってこなかったはずだ。少なくとも、アルスと出会ってからは立派な騎士であれるように努めてきた。
「……どうでもいいさ」
~・~・~
「うおおお……はあっ!」
「おお! クロイムちゃんがクロイム君になりました!」
シレーネ工房にて、邪気と神気がたびたび放出されていた。
客のいない間を縫って、クロイムは習得したばかりの転身をシレーネに披露していたのだ。
「こうさ、魂の奥底っていうか? 蛙の声を出すみたいに腹を締めると、性別が変わるんだ! その時に黒い靄とか白い靄が出るけど、これは何なんだろうな?」
「黒いのが邪気で、白いのがたぶん神気ですよ。邪気は有害なので他人の周りでは女の子にならないようにしましょう」
どうやら女性に変身する時は邪気が、男性に変身する時は神気が出るらしい。
「しかし、本当にこれ何なんだろうなあ……俺の異能かな?」
「まー異能でしょうね。で、性別が変わると中身も変わるんですか?」
「いや、人格は変わらない。でも身体能力がちょっと変わるような……女性体だと運動神経が上がって、男性体だと身体が硬くなる気がする」
「よく分からんです。でも精神衛生上、普段は女性の方で過ごしてもらいたいですよ」
「いや、俺の人格はどう考えても男だし……普段は男性になっておくぜ」
とは言いつつも、クロイムはシレーネの要望に応えて女性に変身してみる。依然としてこの能力にどんな意義があるのかは分からない。いくつか考えた利点は変装しやすいこと、身体の再生が瞬時にできること。前者はともかく、後者は重症を負った際に活用できそうだ。
シレーネは性別を変更する系統の異能など聞いた事がなかった。
「まあ異能なんて千差万別ですから……っと、いらっしゃいませー!」
ふと店に客がやって来た。
彼はやや濁った瞳をクロイムへ向けて微笑んだ。
「やあクロイムちゃん。今日もかわいいね」
「あらあら照れるわね……って、気持ち悪いからやめてくれ。アルス、今日はなんのご用で?」
「アリキソンに頼まれてお使いに来た。ルフィア中の魔道具店から、対魔物用の魔道具を調達するようにと言われたんだ」
アルスは棚に置いてある対魔銃を片っ端から籠に入れてレジに置いた。
シレーネ工房では一般的な魔道具も扱っているのだが、店主の趣味のせいでやけに用途の分からない魔道具も多い。中には対魔銃ではなく、ただの水鉄砲も混じっていた。
「見た目に騙されるなよアルス。これは水鉄砲。これは豆鉄砲。これは結界破壊レーザー銃。対魔銃は……これとこれと、これだな」
「なるほど。ずいぶんと慣れたものだね。働き始めて三ヶ月も経てば、ある程度は覚えられるか」
「まだ魔道具の作成はそこまで上達してないけどな。判別くらいはつくようになったぜ。……それにしても、なんでこんなに対魔物用の魔道具を?」
「いや、僕も分からない。ただアリキソンに集めて来いと言われてね。最近はルフィアにも近隣諸国の使節団がよく来ている。ニュースではマリーベル大陸における安全性を再確認……とか漠然と報道されているけど、それに関係があるのかもしれないね」
クロイムの与り知らぬところで、何かが動いている。もっとも国の水面下に動くような事態に首を突っ込むつもりはない。
クロイムはひたすらシレーネ工房で働き、記憶が戻るのを待つのみだ。
「あ、そうそうアルスさん。対魔用の魔道具でしたら、自律制御の戦闘アーティファクトが四機ありますけど、買って行きますか? 一機四百万ルアですけど」
「よ、四百万か……じゃあ試験的に一機買うよ。請求書はミトロン家に送っといて」
「はい! お買い上げありがとうございます!!!」
シレーネは高額取引に成功し、ウキウキで店の奥へ入って行った。
「アーティファクトか……クロイム、彼女は錬象術を誰に習ったか聞いた事はあるか?」
「いや? たしかシレーネには師匠がいるらしいけど……誰かは知らないな。聞いてみようか?」
「ああ、頼む。後で教えてくれると助かる」
錬象術の始祖はナリアであるが、現代では微妙に普及している。
シレーネの師匠がナリアである可能性は望み薄だが、楽園の生き残りを探すアルスとしては一縷の望みにも縋りたいところ。八重戦聖のグラネアに『錬象』の文字が刻まれているので、ナリアは死んでいないはずだ。
「お待たせしましたー! 自律型アーティファクトです!!」
シレーネが持ち出したドローン形態の魔道具を見て、アルスは困惑する。
「え、手で持って帰るのか? ミトロン家に郵送してくれればそれで良いんだけど……」
「あ、さいですか。たしかにそうですね。興奮して忘れてましたですよ。じゃあこの銃たちを梱包しますので少々お待ちください」
シレーネは少し前のサーラライト国での一件などすっかり忘れたかのように振る舞っている。
アルスは気丈な彼女の様子を眺めながらも、心の奥底では思慮を巡らせていた。
~・~・~
「クロイムさん、折り入ってお願いがあるのです」
「なんでしょうか店長」
店じまいをした後、唐突にシレーネは切り出した。
「出張をお頼み申す。私は店を離れる訳にはいかないんで、クロイムさんが行って来てください。もちろん旅費は出しますよ」
シレーネが取り出した地図を俯瞰してクロイムは顔を顰める。
彼女の細い指が示した先は、ルフィアからずっと遠く……マリーベル大陸の最北に位置する国であった。
「なかなか遠いな……」
「そうでもありませんよ。飛行機で一日です。まあクロイムさんは飛行機に乗ったことがないと思うので、乗り方を調べてもらう必要がありますが。で、用件というのは……この荷物をある人物に届けてほしいのです」
ドカンと置かれたスーツケース。黒光りする外見はなんだか蠱惑な雰囲気を醸し出している。
「これ、中に白い粉とか入ってないよな?」
「怪しい物ではございません。少なくとも検査には引っ掛かりません。で、このブツをシロハ国という国に住んでいる、私の師匠に届けてほしいですよ」
シレーネ曰く、彼女の師匠の名はナリアと言うらしい。ふと彼はアルスにシレーネの師匠の名を聞くように頼まれていたことを思い出す。そのうち伝えよう。
目的地の住所を記録したクロイムは、仕事の一環として外国へ旅立つこととなった。




