3. 使命の福音
僕……アルス・ホワイトがこの空間に連れてこられて、どれほどの時が経ったのだろうか。
「はぁ……」
ログハウスの一室で思わず溜息をついてしまう。
「どうしたのー?」
そばにいた少女、アテルが問いかけてきた。
「そろそろ僕を精神世界から解放してくれないかなあ、と」
返答はすでにわかりきっている。今まで何度この質問をしてきたのかは数えきれないが、その答えは総じて『もう少し待ってね』と素敵な微笑みで拒否されるのだ。
「うーん、いいよ」
「ですよねー……もう少し待ちますよはいはい……って、ん?」
……今なんて言った?
いいって言った?
僕の聞き間違い?
「え……ほんとに?」
「うん、ほんとだよ。でもその前に、君をここに連れてきた理由とか、お話したいことがあるから話させてね」
「はいっ!」
姿勢を直し、はっきりとアテルに向き合う。
やっぱり美人だけど……なんか、目の感情が機械的……?
……まあいいや。
それから彼女は滔々と語り始める。
「じゃあまず、一つ目の理由だよ。まず、私がこの世界の創世主ってことは知ってるよね。それで、これを見てほしい」
そう言ってどこからともなく取り出されたのは……天秤?
……と、石版のような物だ。
「これはなんですか」
「これは、ルアの天秤と石板といいます。まず、天秤をみてね」
天秤の秤には二つの灰が乗せられていた。一方は白く、一方は黒い。
比重は黒の灰の方がこんもり多く、そちらに傾いている。
「白い灰が世界の存続を、黒い灰が世界の破滅を示すんだ。これはどういうことかわかる?」
「えっと……黒が多くて、そっちに傾いてるから……世界がヤバい!?」
さすが創世主、わかりやすい解説をしてくれる。
「そうさ、この世界には【災厄】が降臨して世界を滅ぼそうとするんだ!」
「うん、それで?」
「この天秤では百年毎に灰が増えたり減ったりする。災厄がその百年中に一体も出現しないなら、黒の灰もない。一体だけ出現するなら、白の灰と釣り合いが取れるように……といった具合にね」
「……めっっっちゃ黒の方に傾いてるけど?」
「そう、聞いて驚け! なんとこの百年間は災厄が四体も出現する!」
わあ、災厄のバーゲンセールかな? 世界が死ぬ。
「それで、次はこっち……ルアの石板をみてね。文字は教えたから読めるよね、読んでごらん?」
「ええっと……?」
一つ、冥世の深淵より天を穿つ魔性、方舟に永劫の焔を乗せ大地を睥睨す。
一つ、重なりし亜空より出づるは混沌の使者。地に這う意思を喰み、白灰に牙を剥く。
一つ、破滅を伴う暴威天高く轟く。器は既に世界の影に、狂騒と力の狭間に開かれるは嘆きの声。
一つ、逃れ得ぬ悲劇は剣を取り、遍く生命に叛逆の狼煙を上げる。其は人の罪業。
「な、なんだ……これは……」
「その痛いポエムみたいなやつは、予言さ。四つ書いてあるから、災厄がこの百年間で合計四体降臨するということだね」
「なんかこう……魂が躍動するかのようなカッコよさがあるな!」
言葉で上手く表現はできないけど、この予言というやつはとにかくカッコいいな。何かに目覚めそう。
「あー……そういえば、今の君の精神年齢は十四歳くらい……ジャストだね! まあ、それはおいといて……」
何がジャストなんだろうか……?
「それで、さいやく……が百年以内に四体出現するのはわかったけど。それがどうしたんだ?」
「ん、君はそれを倒す役目に選ばれました。おめでとう! ぱちぱちぱち……」
ぱちぱちぱち……乾いた音が響く。
つまり、これは、僕にどうしろと言うんだ? 世界を滅ぼすようなヤツを倒せって?
「え、どうやって? 虫の駆除みたいに簡単にできるならやるけど」
「さすがにそう簡単にはいかないかな。でも大丈夫! 対抗策はちゃんとあるよ」
そう言うとアテルは僕の胸に腕を突っ込んだ。いや比喩じゃなくて突っ込んだ。
「うのっ……!? 苦しく……ない。なんか、触られている実感がすごくある」
「そのまま聞いてほしい。今、君の魂は三つに分かれてるんだ。いや、分かれているというよりは三つが混ざっていると言った方がいいかな」
ここは精神世界だから、肉体の心臓に当たる位置が魂となる。
アテルは僕の魂の右上らへんをサワサワして続ける。
「まず、人の魂。これは君が元々持っていたもの。次に、神族の魂。これも君が生まれた瞬間に私がこっそり植えつけておいた」
人の魂を勝手にいじくるってどうなんだ? まあ、創世主だしいいか。
この世のすべては彼女の所有物みたいなもんだ。
「最後に、混沌の魂。これは私と全く同じもので、この精神世界にいる間に育てた。まだまだ不完全で二割ぐらいしか定着はしてないけどね」
ん? 混沌?
色々と話が急展開すぎてイマイチついていけないが、とりあえず疑問が生じた。
「アテルの魂って混沌なの? なんか混沌ってダークなイメージあるけど」
「まあ、人間のイメージではそうだね。でも、実際は逆だ。混沌は万象を創造し、生命の世界を多様にしていく。つまり、創世に近い。逆に、秩序は全てを無に返して世界を統一しようとする。万象の破滅に近い」
ええと……つまり世界のあらゆる営みは混沌ってことか?
「ん、なんとなくわかった。僕の魂は人、神、混沌のミックスなんだね」
「そう……つまり、君は創世主たる私の力を行使できる。それをもって災厄を討ち倒すんだ!」
「うん? 創世主のチカラ……響きだけ聞くととんでもないけど、そんな簡単に他者に渡しちゃっていいのか?」
そんな力があればなんでも作ったり、世界を思いのままにできそうだ。
「そりゃあダメだよ。だから、制約がある。災厄との交戦以外では、創世主の力は使用禁止! もしルールを破ったら魂ごと死ぬから注意してね」
それは……恐ろしいな。
ここまで話を聞いて、とんでもなく壮大な説明だったが……ひとつ言いたいことがあるんだ。
「それで、僕はその役目を引き受ける意味はあるの?」
「えっ……」
「いや、別に受けてもいいけど、報酬とか。命かけて戦うんだしさ」
まあ、受けるんだけど。アテルがどんな反応をするのか見てみたくて。
「いや、あの……でも流れ的に引き受ける流れっていうか……」
アテルが涙声になってきた。
マズい、泣きそう!
「いやいやいや、ごめん嘘だよ。君のためになるならどんなことでも引き受けるよ」
「さっすがアルス君! 君ならやってくれると期待してたよ!」
こいつ、一瞬で笑顔に戻ったぞ。さては演技してたな?
まあ、ここでアテルの言うことを聞いておかないと精神世界から出してもらえなさそうだし……仕方なく引き受けてあげよう。
「さて、まだ色々と話したいことはあるんだけど……早く出たそうな顔だね。じゃあ、現実世界に戻してあげよっか!」
「おお、ついにこの時が! ……でも、ここにはもう来れないの?」
「いや、いつでも来れるよー。説明もいい加減飽きてきただろうし、続きはまた今度ここに来たらね」
それを聞いて僕は安堵する。もしかしたらもうアテルに会えないんじゃないかと思ってしまった。
「会いたくなったらいつでも来てね。私が強制で呼ぶこともあるけど」
アテルは手をかざし、空間に穴を作りだした。その先には白黒で停滞した街が見える。僕が連れてこられる前にいた場所だ。
……しかし、体も四歳に戻るのか。ちょっと恥ずかしいな。
「……それでは、アルス君。あなたに祝福を。さあ、歩きだしなさい」
「……行ってきます」
創世主の言葉とともに、僕は世界へと足を踏みだした。
【ルアの天秤】……世紀毎に、創生の力と、破滅の力を比較する天秤。白い灰が創世側を、黒い灰が破滅側を示す。ルアと呼称されるものの正体は不明。
【ルアの石板】……世紀毎に、災厄の予言を記す石板。
【災厄】……一般的な意味の災厄とは異なり、世界を滅ぼし得る可能性を持つ存在。世界を滅ぼす力がなければ、どれほど大きな被害を齎す存在であっても災厄には指定されない。