12. 神破槍
「……シレーネ。またこのアーティファクト動かなくなったぞ」
店の隅で手を動かしていた機械人形が動作を停止した。
クロイムが『シレーネ工房』で働き始めて五日。アーティファクトの停止は度々発生する事態であった。唯一停止しないのが、『ラムダ二号』と言われる機体。
「ああ、三号ですか。ケツ引っ叩けば直りますよ」
「……お前、その内アンドロイドに反逆されるな。二十八箇所刺されるぞ」
クロイムはアーティファクトたちに謝って、彼らの溜飲を下げることにした。アンドロイドが自由を主張し始めても自分だけは助けてもらうのだ。
「私は意志を持つレベルのアーティファクトは作れません。師匠なら作れますけど」
「じゃあ、その師匠の作ったアーティファクトが他のアーティファクトに知能を持たせて反逆してくるだろうな。未来が見える見える……」
クロイムがラムダ三号の頭を拭いていると、店の入り口の鈴が鳴った。
「いらっしゃいませ~……あ、ユリーチさん。お疲れ様です」
「こんにちは。クロイムさんもこのお店で働き始めたって聞いたよ。頑張ってね」
「はい! 頑張ります!」
『輝天』ユリーチは、中身が空の袋をカウンターに置いた。
シレーネは袋を受け取って、棚にしまってあった箱を中へ投げ込んでいく。透明な箱の中には、カードのようなものが詰まっている。ナージェント家から事前に予約を受けていた魔導集積回路の納品である。
エンジニア紛いの仕事はクロイムには難しいので、専らシレーネの仕事だ。
「その薄っぺらいカードは何に使うんだ?」
「魔王軍との戦闘で破損した、ナージェント魔導士団の装備を新調するの」
「ああ、なるほど。魔王軍か……物騒なもんだな」
「うん。もうすぐ神域への参拝があるから、龍神様にその件でお伺いを立ててみようかなって」
「神域への参拝……?」
神域とは、世界の中央にある神々の領域である。
そして龍神とは、四英雄と共に魔神を倒した神様のことである。
この程度の知識は教わったが、参拝とは何ぞや。クロイムは思った。
「一年に一回、龍神様へご挨拶に伺うの。それも『輝天』の仕事なんだけど、ついでに魔王はどうにかならないのか聞いてみるつもり」
「一年に一回ねえ……短かすぎじゃね? 龍神様も飽き飽きしてるだろ」
ユリーチは肯定も否定もせず、ただ微笑んでいた。
シレーネは頼まれた魔導集積回路を詰め込んだ袋をユリーチに渡して、レシートも手渡した。
「お支払いはいつもの通りで。よろしくお願いします」
「いつも通り国から公費として下ろしてもらうね。それじゃあ、また」
ユリーチはひらひらと手を振って店を後にした。
その後もやって来る客を捌きつつ、新たな魔道具の作成方法を学びつつ、クロイムは一日を過ごしていった。
~・~・~
パシリの朝は早い。クロイムがシレーネ工房で働き始めてから二ヶ月ほど経った。
重役出勤のシレーネ店長とは違い、クロイムは一足早く開店準備をする必要がある。ポーションを冷蔵庫から取り出し、点検。機材のスイッチが正常に稼働しているのか、確認。注文に使う書類のストックが足りているのか、計算。
「ヨシ!」
しっかりと指さし確認して、朝のルーチンを終了する。慣れてきたこともあってか、今日は準備が早く終わった。
手持ち無沙汰だ。彼はフラフラと店内を歩き回り、地下室へ続く階段の前に立った。
階段を下りると両開きの扉がある。試しに体重をかけてみると、ギシリと軋んだ音を立てて扉が開いた。
ここはシレーネから立ち入り禁止区域に指定されている。危険な魔道具が置いてあるらしい。
「シレーネが勝手に立ち入り禁止にしてるだけだろ」
彼は無遠慮に中へ入って行く。
部屋の中は薬品の匂いで充満していた。棚には丸形のアーティファクトが大量に嵌め込まれており、足の踏み場がないほど工具が散乱している。
そして一際目を引いたのが、中央の巨大な机に置いてある棒。
「……槍、か?」
先端は鋭利に尖っており、持ち手には様々な魔術装飾が施されている。術式はクロイムの頭では分からないが、浅薄な知識で見る限りは威力強化の術式だ。持ち手は機械仕掛けとなっており、任意で出力段階が調整できる装置がついている。
アーティファクトに装備させる武器にしては小さすぎる気がする。人間が持つものと同じサイズの槍だ。
「……何をしてるんですか?」
「お……シレーネ」
クロイムの背に冷や汗が伝った。今日に限って出勤が早い。
「地下室には入るなと言っておきましたよね? まあ、鍵をかけなかった私も悪いですが」
「すまん。部分的記憶喪失で忘れてた」
「アホですか。次入ったら、もう一回記憶喪失にしてやりますよ」
なんだか今のシレーネは気迫があって、有無を言わせぬ雰囲気だ。
珍しく真面目に怒っている。
「……悪い。気になってさ」
「……ええんですよ。早く上に戻ってください」
「ああ……この槍は?」
好奇心が勝って、ついクロイムは尋ねてしまった。
余計に彼女を怒らせてしまうかもしれない。
「私の兵器です。神の結界すら破る代物ですよ」
「へ、へえ……ロマンがあるな?」
「……ロマンなんてありませんよ。この槍にはロマンなんてありません」
どうも今日の彼女とは反りが合わない。
クロイムが勝手に入ってしまったのが悪いのだが。
「じゃ、俺は戻るぜ」
「はい。今日も頑張って下さい」
軋んだ音を立ててクロイムの後ろの扉が閉まる。
彼は振り返らずに階段を上った。




