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共鳴アヴェンジホワイト  作者: 朝露ココア
第4部 16章 腐食呪炎サーラライト
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9. 幻神乱入

 アリキソンは絶望の炎を前にして、思考を加速させる。

 天を覆い尽くす爆炎の球。煉獄が無数に連なり、騎士団と師団に向かっている。確実に魔結界だけでは防ぎ切れない。

 マリーの精霊術、地上に配備された弾道ミサイル防衛システムを勘案しても、防げるのは半分程度。あの業火が地上へ落ちれば、命は死滅しルフィアレムは地獄と化す。


 思考をどれだけ加速させようとも、時間は止まらない。焦燥と絶望とが彼の胸中を支配しながらも炎は地上へ接近中。熱気がやがて肌を焼き焦がすほどに高まり、冷や汗が全身を伝う。

 為すすべなく魔結界を展開し続けるナージェント師団を他所に、彼は立ち尽くし……


「──『魔術改編(マカ・ラズアース)』」


 その時、世界の動きは止まった。

 邪気が周囲に満ち、無数の炎球が停滞。周囲を包み込んでいた熱気も、戦場を照らし出していた魔導光も、そして絶望を齎していた太陽も。全てが消失し、戦場は暗闇に包まれた。


 同時、パラパラと何かが降ってくる。

 地上の者らは降り注いだ謎の物体を手のひらに乗せて見る。


「……土?」


 全ての炎球が土くれへと変化していた。それはもはや魔術と呼べるものではなく、超常現象である。

 あれほどの規模の炎を全て土くれへと変えてしまうなど、人の業ではないのだ。

 何が起きたのか分からずに戸惑っているのは人々だけではない。炎を放った妖狐でさえ当惑していた。そんな折、一縷の光が灯される。


「光よ、リッツペイン」


 暗闇に落ちた都市を照らし出したのは、人工の光ではない。

 あたたかな神が灯す魔術の光。光魔術……この属性を有するのは世界でたった一人。スターチは戦場に起こった変化を誰よりも早く悟る。


「ユリーチ!」


「お兄様、遅れてごめんなさい。魔導人形の根本は断ったけど、あの魔獣は……」


 戦場へ新たに舞い降りた輝天の隣に立つ男は、天の黒影を見据えて溜息をつく。


「……あれは先代魔王カラクバラと瓜二つの容姿をしているが、模倣しただけの贋作だな。魔力体、つまり精霊に近い形で……先の魔力人形と同様の仕組みで動いているのだろう。一度死した魔族を模倣するなど悪趣味なものだ。もっとも、力はカラクバラの足元にも及ばないようだが」


 スターチは突如として現れた男の容姿を見て、即座に跪いた。他の者も一歩遅れて膝をつく。

 仮面の男を知らぬ者はいない。かつて大いなる闇を払ったリンヴァルス神。その人間体である鳴帝イージアであった。

 破壊神の騒乱を契機に姿を消したが、百年の時を経て現世へと蘇ったという。アリキソンもマリーも、伝説の存在を前にしてひたすらに震撼していた。先の奇跡のような現象もリンヴァルス神の権能だろう。


「これは、リンヴァルス神様……! よくぞおいで下さいました!」


「スターチ・ナージェント殿。私は龍神のように仰がれるのは好きではないんだ。あまり気を遣わないでくれ。さて……」


 イージアは未だ警戒の視線を向ける妖狐を捉える。

 彼は徐に一本の槍を取り出し、構えた。


「我が身に宿れ、不敗の王。──穿魔の鬼」


 一穿。まさしく神の怒りであった。

 大旋風を巻き起こした槍の投擲は、しかし周囲に一切の崩壊を起こすことなく妖狐を穿つ。貫通した槍は天を貫き、暗雲を消し飛ばす。同時、妖狐の身体が爆ぜ邪気が天へと立ち昇った。


「……どうだ?」


 彼はユリーチへ振り向き、どこか得意気に胸を張る。


「わあ、すごいすごい。もう帰っていいよ」


「……ああ」


 イージアは身を翻し、一瞬で都市の闇へと消えていった。

 そして彼が消えると同時、消失していた電光が元に戻る。戦場の全員を支配していた凄まじい威圧と圧迫感も掻き消え、真の平和が戻ったのだった。


 ~・~・~


「……その時だ。鳴帝が突如として現れ、炎の数々を土くれへ変えてしまったんだ。そして一撃で敵を屠り……って、聞いてるのかおい」


「ああ聞いてる聞いてる」


 友人のアリキソンからひたすらに鳴帝様の話を聞かされて、アルスはもううんざりだ。

 何か問題を起こした時はイージアの所為にすればいいのは助かるが、こういった面倒もある。


「で、君は魔力欠乏でまともに動けなかったと。さすがは副騎士団長」


「ぐっ……仕方ないだろう。まさかあんな強敵が出てくるとは思わなかったし……お前は何してたんだよ?」


「僕は……鳴帝を呼んだんだよ。感謝しろ」


 アリキソンとの問答はどうでもいいのだが、アルスはカラクバラの模倣品の事をずっと考えていた。あれは危険な存在だ。粗製乱造されていいものではない。他の魔導人形とは一線を画している出来であった。

 魔力純度を見るに、そう易々と作れるものではないだろうが……魔王軍の脅威に変わりはない。


「そういえば……マリーが最近お前の様子がおかしいと独り言ちていたぞ。バトルパフォーマーも引退したそうじゃないか。何かあったのか?」


「いや、無職になりたかっただけだ」


 アリキソンは疲弊した様子を見せながらも、アルスを気遣っているようだった。可能な限り昔のように振る舞おうとしているアルスだが、二百年に渡り染み付いた高邁な言動はなかなか取れない。愚鈍に振る舞うのも難儀なものだ。

 逆に言えば、長き時を生きる種族でも幼稚な言動を行う者もいる。その内アルスとして相応しい愚かな態度を取り戻せるだろう。長き時を生きながらも幼稚な振る舞いの者と言えば、タナンであったり、ゼロであったり……そういえばゼロ達はどうなったのだろうか。


「アリキソン。しばらく君の家に居候してもいいだろうか」


「は? いや……他のとこに泊まれよ」


 彼は少しばつの悪そうに顔を顰めた。大きな屋敷に住む以上、部屋がないと言うわけではないだろう。おそらく父親のタイム・ミトロンとのいざこざが原因だ。最近は父親が荒んでいると聞いていた。

 できればルフィアレムに留まり、クロイムに関して調べたいとアルスは考えていた。彼は恐らく役所に向かい、何かしらの生活保護なりを受けるはず。ルフィアから離れるとは考え難い。


「仕方ない……ナージェント家を当たってみて、そこも駄目だったらホテルに泊まるか」


 もしくは野宿だ。流石に霓天が路上で寝ていたり、深夜にふらついたりしているとマリーに迷惑がかかりそうなので……その時は仮面を被るとしよう。


 今後のアルスの予定はクロイムのストーカーで決まりだ。

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