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共鳴アヴェンジホワイト  作者: 朝露ココア
2章 アルス・ロンド
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35. 共鳴解放


 憎悪。僕は因果を憎んだ。


 絶望。僕は救われぬ世に絶望した。


 悲哀。僕は彼女との離別を悲しんだ。


 激情。僕の奴への怒りがココロを呑んだ。


 失望。僕がどれだけ歩けども、希望は見つからなかった。


 哀惜。僕のせいで無数の人が死んでいった。


 敗北。僕は敗北を重ね続けてなお、敗北する。


 幻滅。僕は蒙昧なる人に幻滅した。


 失意。僕は灰の中で、失意に打ちひしがれた。


 哀情。僕は彼女を忘れてしまっていた事に哀情を催した。


 喪失。僕は全てを喪って、自分をも失った。


 憂鬱。僕は心を押し殺すことに憂鬱を感じた。


 悲痛。僕の魂が悲痛なる叫び声を上げていた。


 嫌厭。僕は自分を蛇蝎の如く嫌厭した。


 暗愁。私の心に暗愁が翳った。


 忌諱。私は心の内で、白灰を忌諱していた。


 憤怒。されど、私は其に激しい殺意を覚えた。


 執念。故に、私は全ての其を殺す事にした。


 ──復讐。彼女の愛を奪った其を、私は殺す。この憎悪に誓って。





 アルスと手をつないだ途端、濁流のようにナニカが流れ込んできた。

 僕の魂の最奥に潜む誰かが、流れ込む何かを吸収しようとしている。

 手を離そうとしても、離せない。


「い、やだ……! はなせ……!」


『離さないよ、離せない。だって、僕はこれから僕の《Xuge》全てを滅ぼしに行くのだから。アレの息が掛かった存在を、世界を全て滅ぼす為にね。君が折角僕を信じて、魂のゲートを開いてくれたんだからさ……『共鳴』しようよ、僕と』


 僕の魂が呑まれていく。

 いやだ、いやだ、嫌だ! 僕はこんな、こんな奴に……これは僕じゃない!


「……『春告げる恋人(シリウス)』」


『……ッ!?』


 その時、暗闇の世界に光の矢が走った。

 同時、僕の魂に絡みついていたナニカが離れる。


 手を繋いでいたアルスは飛び退き、僕から距離を取った。

 一体、何が……


「やはり、来て正解でしたか。天才である私が誤算を起こすとは……戦神も想定していない事態でしょうね」


「ノア、エンド……!」


 どうやら、二人が僕を助けてくれたみたいだ。

 でも、扉の先には来れないって言ってたような……。


『馬鹿な……! なぜ君たちがここに居る……!?』


 災厄アルスが驚愕の声を上げて二人を見る。

 やはり、奴にも想定外の展開のようだ。


「ノアちゃんは天才ですから。戦神が用意したルールになんて縛られません」


「災厄のアルスよ。お前が何者かは知らん。だが、『俺を殺してくれる友のアルス』を傷つけるのは許さんぞ! 俺が斬り伏せてくれる!」


 エンドの手から現れたのは、禍々しい邪剣。

 あれが邪剣の魔人を災厄たらしめる剣……!

 近づくだけで気が狂いそうになるが……本人は何とも無いみたいだ。この精神世界ならば精神を汚染されずに使えるのか?


『僕の想いも知らないで……よくそんなことが言えたものだ! もう少し、もう少しだったのに……!』


「なるほど。過去の自分を媒介にして、あらゆる世界線の世界(アテルトキア)を滅ぼそうとした訳ですか。さすが災厄です、世界を滅ぼすことに関しては一流ですね」


 あらゆる世界線……つまり、アレが僕の未来だというのは本当だということなのか……!?

 彼に触れられた時、様々な嫌な感情が入り込んで来た。とても苦しくて、とても泣きたくなるような歪なココロだった。

 それはきっと、アテルに心がないことに関連していて。僕が災厄になった原因でもあるとは思うが……今の僕の心に従うのなら。


「災厄アルス! 僕は……僕は! 君を認めない! 君の憎悪に向き合った上で、君のことは認めたくない! 君が僕の世界を滅ぼそうとしているのなら、君を倒す! だから……力を貸してくれ、『共鳴(アンチスフィス)』!」


 彼が災厄だと言うのなら。

 この力が使える筈だ。


 魂の深奥に意識を集中させる。

 人、神の表層の奥、さらに奥……そこに眠る混沌の魂にそっと触れる。

 それはまだ自分とはハッキリと異なるモノだと分かる。僕であって、僕じゃない。でもいずれは僕のモノにしなきゃいけない魂だ。



 アテルの魂をイメージする。

 魂の形なんて分からない。観測できるものでもない。

 でも、自然と白の灰がイメージされる。

 それを僕の魂の奥……混沌へと注ぎ込む。


「…………!」


 いや、注ぎ込めない。

 食われる、僕の魂が。でも、それで良い。

 僕は自分を信じている。だから、大丈夫。


 白灰は僕を完全には呑み込まない。

 だから埋もれそうになっても意識だけは絶対に顔を出しておけ。

 これは……僕だ。どれだけ魂が変質しようとも、僕が僕であることを忘れないから。



 光が走る。


 意識が醒める。


 存在が歪む。




 ──僕は、


「僕は、ここに居る」


 ……自分の身体が自分じゃないみたいだ。

 周囲の、世界のあらゆる事象が掌中にあるかのような感覚。今ならば宇宙の果てにも届き得る気がした。


「おお。共鳴(アンチスフィス)に成功しましたか。私ほどじゃありませんが、あなたもなかなかに天才ですね」

「フッ……良い力だ。どれ、アルス。その力……未来のお前にぶつけてみろ。俺たちも共に戦おう」


 災厄アルスは、僕をただ茫然と眺めていた。


『馬鹿な……馬鹿な、馬鹿な!? この段階で共鳴(アンチスフィス)に成功するなんて……あり得ない! 認めない! 解放、『反共鳴(アンチトキア)』!』


 災厄アルスが強大な邪気を発した刹那、黒の精神世界が崩壊する。


『ここで君達は殺す……! アテルトキアを殺す為ならば、誰だって滅ぼしてやる! それがせめてもの……せめてもの愛への報いだ!』


 彼が完全な悪じゃないことは分かっている。

 さっき流れ込んで来たナニカから、彼には彼なりの災厄となった事情があるのだろうと推測できる。

 でも、僕は『今』の僕の為に戦う。共鳴者として、世界を護る為に。


「二人とも……どうか、お願いだ。僕の《Xuge》を、殺してくれ」


「ええ、任せて下さい。……あのアルスさんは、必ず私が」

「今だけはお前の力を借りるぞ、邪剣。精神を蝕まれずに邪剣を振るえる日が来るとはな……」


 そして、僕らは災厄『アルス』に立ち向かう。




「邪剣よ、俺に力を!」


 エンドがアルスに斬りかかる。かつて邪剣の魔人は一撃で海を割り、大地を裂いたと言われる。

 その伝承に違わぬ威力の攻撃を、アルスは真正面から受け止めた。互いの秩序の力が拮抗し、精神世界までもが歪む。


「どうやら私はこの空間の保持にもリソースを割かねばならないようですね。アルスさん、エンドさんを補助してあげて下さい」


「ああ、任せろ!」


 僕もまた、自身の《Xuge》へと向かって行く。

 僕の共鳴(アンチスフィス)はまだ完全じゃない。きっと創世主の力の一割も引き出せていないことだろう。だが、それでも大きな力であることに変わりはない。

 エンドと力を拮抗させるアルスを、神気で作り出した剣で斬る。


『チッ……僕は創世主の力と、災厄の力をも吸収したんだ! 不完全な共鳴で、完全な僕を倒せると思うな!』


 混沌と秩序が混ざり合った波動が満ちる。

 アルスはその波動を操り、無数の黒色の茨を創造した。


「アルス、気をつけろ! アレに触れれば只では済まんぞ!」

「分かった!」


 光をも凌駕する速さで茨が飛来する。

 エンドは茨を邪剣による結界で防ぎ、僕は回避する。だが、災厄アルスは創世主の力を完全に吸収し使いこなす存在であるのに対し、僕はまだほんの一部しか力を引き出せていない。能力に決定的な差があるのは明白……速さでも彼に劣る僕は、茨を回避しきれなかった。


「くぅ……ッ!」


 茨が手を掠める。

 そこから秩序の力が入り込み、僕の力を奪っていく。人が毒を受けた状態に近い。


「大丈夫ですか? 『不死鳥の絵空事(マグナフェニクス)


「ノア、助かった」


 ノアの不思議な魔術により、僕の内に入り込んだ秩序の力が消える。

 それを見たアルスは、茨の中から奇妙な力を発する。


『やはり、ノアが最も警戒すべき存在か。……『魔術改編(マカ・ラズアース)』』


「ぐっ……!?」


 アルスが邪気を発した途端、手から再び力が奪われ始める。先程よりも、ずっと強く。


「なるほど……この精神世界における魔術法則を改編されたようです。あれが災厄であるアルスさんの権能ですか」


「俺は邪剣を振るうだけだから関係ないが……ノアには痛手か」


「いえ、大丈夫です。ノアちゃんは天才ですから、少し時間を稼いでもらえればこの法則も攻略してみせましょう」


「フッ……頼もしいな。では、時間ならば俺が稼ごう」


 再びエンドとアルスの衝突が始まる。

 無数の茨がエンドに絡みつこうとするが、邪剣の比類なき結界がそれを弾き返す。


『ふん……共鳴(アンチスフィス)


「何ッ……!?」


 刹那、アルスから混沌の力が解き放たれ、灰の奔流がエンドを呑み込んだ。

 その奔流は確実に邪剣の障壁を削り、貫こうとしていた。


『言っただろう。僕は創世主と災厄の力を両方支配していると。……残念ながら、壊世主からは力を貸してもらえなかったけどね』


「おのれ……! 邪剣よ……もっと俺に力を! ……聞こえているのだろう、【邪剣ンムフェス】!」


 爆発的な秩序の波動が巻き起こり、エンドを呑み込む混沌の奔流を跳ね除ける。

 もはやエンドの力は災厄の領域を遥かに超越し、創世主の力を持つアルスに迫っていた。理性があるからこそ、より邪剣の力を引き出せたのかもしれない。

 折角共鳴(アンチスフィス)を解放できた僕だが、今あの両者の交戦に入り込むのは自殺行為。力を奪われている状態では、傷一つアルスに負わせることはできないだろう。


「魂、解析完了。蓄積量、爆発規模を解錠。……見えました。この魔術法則を払ってください、春告げる恋人(シリウス)


 ノアが五色を持つ爪型のアクセサリーのようなものに触れると、不思議な浮遊感が僕とノアを包んだ。同時、僕から力を奪っていた秩序の力が再び消える。


「アルスさん、具合はどうですか?」


「ああ、元に戻ったみたいだ。ありがとう」


「重畳です。では、そろそろ彼を倒しましょうか……いくら精神世界とは言っても、エンドさんへの負荷が心配ですし。災厄アルスを倒すには、貴方の力が必要です。協力してもらいますよ」


「勿論だ。僕の未来には、僕の手で終止符を打たせてもらう……!」


「それでは……」


 ノアの力が僕に流れ込み、僕の為すべきことが明瞭に見えた。

 僕は今から、もうひとりの自分……《Xuge》を殺す。


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