Decay5. 救いの道へ
回廊を進むイージア。
邪気が次第に濃くなってゆく。神殿の外部では依然としてダイリードと龍神の闘争が続き、地鳴りは止まない。ゼロたちは無事にレヴィーで脱出したのだろうか……憂慮しながらも彼は足を止めない。
「──どちらへ?」
「青霧覆滅」
声が響いた瞬間、イージアは剣を振り抜いていた。即斬の姿勢を彼は忘れてはいなかった。
しかし青霧は中空を掠め、声の主を滅することはなかったようだ。気配が現れる前触れはなく、突如として現れたのは仮面の奇人。
仮面を被った二者が向かい合う形となった。
「こんにちは、私はソウムと申します。以後お見知りおきを」
「何者か」
「私は『干渉』の神能を破壊神様より与えられました。そして、六花の将の討滅を命じられました」
ソウムと名乗る敵が纏うのは空間の歪曲、次元の断絶。イージアは一瞬にして敵の纏う異様を見抜き、次の一手でソウムの命を貫く構えを取った。そして会話を続ける。
「『回精』の居場所と、『錬象』の居場所を問おう」
「ええ、残念ながらサーラライト族のお二人は手遅れです。『錬象』は楽園の外へ出て行きました」
「……」
眼前の者の言葉が真実とは限らない。
それに、なぜまともに敵であるイージアと会話を試みるのか……全てが不可解。ソウムは不気味極まりない者であった。
「退け」
「なりません。私は貴方の討伐を命じられていますので、」
ソウムが消える。いや、空間全体に干渉して移動しているのだ。故に気配も感じ取れない。
──右、斜め後ろ。イージアはソウムが姿を現した瞬間に存在を知覚。
ティアハートを生み出し、目にも止まらぬ速度で至極の一穿を放った。彼の攻撃は正しくソウムの魂を穿ち抜き、屠る。
「……よもや『鳴帝』はここまでの脅威とは。無念にございます」
ソウムの姿は邪気となって霧散し、塵と化す。
完全な絶命を確認したイージアは回廊を進み、創造神の間へ辿り着く。
~・~・~
玉座に座する、一つの神。
膨大な邪気を身に纏い、イージアへ殺気を向けている。瞳から光は失われ、正気は保っていないようだ。神の殺意を一身に受けるイージアはなおも臆さず真っ直ぐに進み……玉座の正面に立った。
「……創造神。聞こえているか」
「…………」
創造神……いや、破壊神の手から闇の弾丸が射出されイージアへ向かう。彼は青霧で弾を打ち払い、語り続ける。
「なあ……私は君に救われたんだ。孤独だった私を迎え入れてくれて、絆をくれた。私は君を独りにしたくないよ」
闇に落ちた神を戻す手段は確認されていない。そんな手段があるのならば、災厄に取り憑かれた邪剣の魔人も対処できているのだから。ルカを救うことだってできるだろう。
物言わぬ創造神。かつての面影はなく、一瞬にして彼の意志は奪われてしまったのだ。
どうして彼が邪気へ呑まれてしまったのか……
「──姿を表せ」
イージアは槍を創造神の……玉座の裏側へ向けた。
反応はない、しかし何かが其処に居る。
代わりに答えたのは三つの足音。
「ここに居たか……『鳴帝』よ。どうか、我が身を屠れ……それが我が贖罪」
東より、巨大な邪剣を携えた男。
見覚えがある。イージアの父ヘクサムを殺した『狂刃』である。
「うふふ……ねえ、まだ残ってる馬鹿がいたのね? 他の人達みたいに逃げれば良かったのに……でも好きだわ、勇敢な殿方。ねえ、あなたの血をちょうだい?」
背後より、紅に染まった女。
気配はアリスが斃れていた場所のそれと同質のものだった。
「……ああ、貴様……貴様はッ! カラクバラ様の! おのれ、おのれオノレノレ……憎き仇よ! 今こそニンゲン供を根絶やしにし、忌まわしきリンヴァルスもろとも屠ってくれる!」
西より、邪槍を構えた男。
魔王ルカミア。魔族王の弟にして、カラクバラの腹心。
四面楚歌。絶望的な状況においても、イージアは狼狽せず。
毅然として前方を見据えた。玉座の裏にある『何か』は姿を現すつもりはないようだ。おそらく、その何かが創造神が闇に落ちた鍵を握っている。
「……終わりだ、イージアよ」
「ダイリード……」
最後に姿を現した、見慣れた大男。
彼がここに現れたということは、龍神を撃退したということ。歴史は変わらず、再び暗黒の神と徒が生まれようとしている。
仲間であったはずのダイリードを哀れに思いながら、イージアは──
「……ははっ」
笑った。
彼の行動に、ダイリードは眉を顰める。
「いいか、ダイリード。ジークニンドの役目を君も知っているはずだ。──百年後だ。百年後に、必ず君と創造神を救いに来る」
「戯言を……我が汝を逃がすと思うか」
イージアは懐にあたたかい気配を感じ取る。
わずかに薫った、懐かしい匂い。今こそ『彼の意志』がイージアを呼んでいる。
「君は哀れだよ……ダイリード。きっと創造神もこんな末路は望んでいなかった。しかし、未来は訪れた。本当に創造神を想うのならば……彼の意志を背負い立つがいい。私は救いの名を決して捨てぬ。我が名はイージア。……覚えておけ、この誓いを」
彼は理性をなくした創造神に微笑み、手元で光を放つ指輪を掲げる。
鈍色に輝く指輪から溢れ出したのは『希望』。ATが託した未来であった。
「これは……!」
──これは賭けだ。
イージアの、創造神の、ダイリードの……世界の命運を賭けた一世一代の賭博。
何が起こるのかはイージアも完全には分かっていない。ただセティアからは『未来を取り戻すための指輪』だとしか聞いていなかった。
だが、それで十分だ。
彼が託した未来をイージアは背負い、戦い抜くと決めたのだから。
「これより私が歩むは、復讐の生涯ではない! 救済の生涯だ!」
彼は今、未来を創る。
己が手で全てを救う、英雄の道を取り戻す。
彼の名はイージア。『鳴帝』と呼ばれた正真正銘の英雄。
またの名をリンヴァルス神、生ける伝説。
盤上世界の救世者である。
「さあ、救いの道へ……!」




