Decay3. 崩壊と裏切り
楽園の異変に気付いたアリスとリグスも、中央にある神殿へと向かっていた。
異様な光景だ。神が守るこの地において、邪気が渦巻くなど──
「……アリス様」
「ええ、気が付いています。何者かの気配……ひとつ、ふたつ、みっつ……三人ですか」
ぞっとする、背筋が凍るような殺気。
明らかな殺意と敵意。向こうもこちらの気配に気が付き、接近して来ている。アリスは『春霞』を構え、リグスは魔力を練る。何かしらの敵襲だろうか。
「……貴様らが六花の将か」
木々の間から姿を現したのは、肌が異様に白い細見で長身の男。
おそらく魔族。
「あなたは何者ですか、答えなさい」
「私は……ルカミア。魔族王の弟、で、あったはず……!」
様子がおかしい。ルカミアと名乗った彼は、時折悶え、息を切らしている。
血走った相貌がアリスたちを捉える。そして彼は虚空より邪気に塗れた巨大な槍を取り出した。開戦の合図。
「来い……邪槍ドラドゥス! ヌ……アアッ! 砕け、砕け、忌まわしき……ニンゲン……!」
「『炎術結界!』」
即座にリグスが結界を展開。ルカミアの邪槍を弾く。
連携の取れた動きでアリスは翻り、背後へ回り込む。そして『春霞』を突き出した。
槍の先端はたしかにルカミアの背を捉え、貫いた。しかし──
「!?」
「おのれ……おのれ、オノレ! なぜ我が邪魔をするッ……お前の名はなんであった!? 我が呪いは……どこへ消えた! もう二度と、ニンゲンへ……ヌアアアッ!」
穿たれた傷口が、一瞬の内に再生した。神気を以て貫かれた傷口は容易に治せないはずだ。
異様な光景に息を呑むアリスに、更なる脅威が迫る。
「アリス様っ!」
「え……?」
血飛沫が舞った。
アリスはいつしか『春霞』を持つ手を斬り落とされていた。くるり、くるりと彼女の腕が舞う。鮮血の噴水が上がり、彼女は即座に自身の状況を把握。リグスの足元へ下がった。
「『復元瞳孔』!」
リグスの神能により、腕の傷口が塞がる。
しかし即座に傷は完治できない。腕を再生させるには、あと数時間はかかるだろう。アリスは痛みを耐えながら毅然として攻撃を加えてきた者を見据える。
紫毒のように不気味に光る、巨大な剣を持った男。
「……神能の回復か。素晴らしい、その力があれば俺を殺せるか、いや……」
男は諦めたように首を横に振った。
ルカミアと名乗った男、そして大剣を持つ男。二名の狂人の言葉の意味は理解できない。しかし、強者であり敵であることは火を見るよりも明らかだった。
故にアリスは決断を下す。
「リグス、撤退します。他の皆さんの協力を仰ぎましょう」
「承知しました。『炎術結界・幻影』」
リグスは幻術を行使。相手が正気でないほど幻術の効果は高まる。
二者を惑わすことに成功したアリスたちは、森の中を疾走。中央にある神殿を目指した。
~・~・~
「……どういうつもりだ、ダイリード」
「…………」
神殿前の大階段にて、ナリアとダイリードが向かい合っていた。
二人の間に横たわるのは、とても親愛とは思えぬ剣呑な雰囲気。殺気。数千の時に渡り共に楽園で過ごしてきた二者は、どうしようもなく相克していた。
「我が主は仰せになった。六花の将を討滅せよ。ほか、全ての生命をこの地から駆逐せよと」
「今の創造神は正気ではない。お前は分かっているはずだ」
ダイリードとナリアは数分前に、創造神の姿を見た。彼の瞳は狂気に満ちており、凄まじい邪気を纏っていた。闇に落ち、正気を失っていることは間違いない。長らく彼と過ごしてきた二人だからこそ断言できる。
しかしながら、
「主が正気でないことの何が問題だと言うのか。我は主の命に従うまで」
「……阿呆だな、お前は。創造神を治してやろうとは思わんのか?」
「治せぬ。一度闇に落ちた神族は救えない……それは過去を見ても明らかだ」
過去の世界でも、闇に落ちた神族は何体かいたが……全て救うことはできず、他の神族に粛清された。
そして此度も──
「……来たか」
ダイリードは空を見上げる。
邪気を突き破り、一つの巨大な影が飛来した。龍神。彼の神が闇へ落ちた同胞を救いに来たのだ。介錯という名の救いを。
龍神は重苦しく口を開き、ダイリードに現状を問う。
『ダイリードか。状況を説明せよ』
「我が主は邪気に呑まれ、正気を失った。我らは六花の将と、楽園に住まう生命の駆逐を命じられた」
『……尋ねよう。汝は闇へ堕ちたナドランスの意に従うか?』
「無論、我が命は主のためなれば。反逆は許されぬ」
僅かな問答だけで、戦火が舞うには十分だった。
龍神もナリアも、ダイリードの性格はよく分かっていた。彼は主命とあらば、絆を育んだ仲間をも手にかける。最も忠実で、最も危険な神の駒である。
ダイリードは巨大な白き獣に神転し、龍神に牙を剥く。
これより巻き起こるは、伝説にも残る『破壊神の騒乱』である。




