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共鳴アヴェンジホワイト  作者: 朝露ココア
2章 アルス・ロンド
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33. 心を覚えていますか

 そして、僕は白い空間に戻って来た。

 振り返ると、すでに虹色の扉は無くなっていて……残るのは白と黒の扉のみ。


「お疲れ様でした、アルスさん」


 ノアとエンドが僕を出迎えてくれる。

 なんだが、僕の心に変な蟠りが残っている気がする。もっとあの日常を見ていたかった、或いはあんな未来が訪れてほしい……そんな願望のようなものが僕の心に渦巻いている。


「……どうだった? 扉の先で何を見たんだ?」


 尋ねるエンドに対し、僕は扉の先で見てきた光景を説明する。



「ふむ……なるほどな。良い未来じゃないか。それがアルスのもう一人の自分……《Xuge》である可能性もあるわけだ。悪くない運命だな」


「うん。そんな未来が訪れたらいいなあ……って、今はこんなこと言ってる場合じゃなかったね」


「ですが、まだアルスさんにとっては自分の未来の光景を一つだけ覗いたに過ぎません。複数の未来の可能性を覗いてこそ、《Xuge》の本質が分かるというものでしょう。次の扉へ向かってみてください」


 ノアは白の扉を指し示す。

 なんだか、あの扉からは懐かしい何かを感じる。


「こほん。その前に……アルス。試練とは関係ないが、少し話したいことがある。お前が扉の向こうに行っている間に、ノアと話し合ったんだが……やはり、話しておかねばと思ってな」


「ん。どうしたの?」


 エンドは姿勢を正して僕に向き直る。

 彼の目は真剣で、僕まで気が引き締まる。きっと大切な話だ。


「俺……邪剣に操られた『邪剣の魔人』は、今世紀中に復活する。お前が共鳴者として相対することになる四つ目の災厄が、この俺だ」


「……!!」


 エンドが、いや……邪剣の魔人が、復活する。

 彼は明確に僕の敵となり、戦う運命にあるということを宣言した。一瞬、衝撃で思考が停止したが……何とか言葉を紡ぐ。


「それは……その、世界を災厄として滅ぼそうっていうのは……君の本心ではないんだよね?」


「ああ、俺はお前に勝ってほしいと……そう思っている。お前はまだ災厄を目にしたこともないだろうが、災厄は本当に恐ろしい存在だ。その中でも【邪剣の魔人】は驚異的な力を持つ。心して……俺を殺してほしい。これは悪い運命だな」


 目の前でこうして話している人を、僕に優しくしてくれる人を、殺さなければならない。

 それは本当に残酷で。でも、必要なことで。


「……分かった。約束だよ、エンド。必ず君の想いを叶えてみせる」


「ああ、ありがとう」


 僕らは約束を交わす。

 邪剣に操られ、器となった彼を解放する為にも。僕は負けられない。


 ノアはそんな僕らの様子を、微笑みながら見守っていた。


「……さて、それじゃあ次の扉へ向かいましょうか」


「ああ、行ってくるよ」


 そして、僕は白い扉の先へと進む。


                                     ***********


《英雄は宿す、混沌の宿運を。

 英雄は滅す、無数の秩序を。英雄は示す、世界の限界を。

 創世主と共鳴し、数多の災厄を退けた者。

 人々に背かれながらも愛に報い続ける者。

 愛を知らず、力に溺れる者。

 やがて力の果て、心を見失う者。

 彼の者の名は──》




 見覚えがある場所だ。ディオネ王城……で間違いない。

 たしかここは、父に連れてきてもらった部屋だ。父の仕事のデスクが置いてあったはずだ。

 部屋を見て回っていると、扉が開いた。


「…………」


 空色の髪の男性が、父のデスクがあった場所に座った。

 聖騎士の勲章をつけていて、お偉いさんみたいだ。

 あれは僕……なのか? さっき見たアルスよりも髪が長いし、なんだか変な雰囲気を纏っている。


「アルスさん、こちらの確認をお願いします」


「ああ……」


 やっぱり僕で間違いないみたいだ。

 他の騎士から書類を受け取った彼は、点検を始めた。父も聖騎士は書類整理ばかりで暇だとか言っていたな……でも、聖騎士になれるなんて凄いと思う。


「今日はどこ行ってたんですか?」


「街中の警邏に」


「いやあ、困りますよ。マリーさんとの件で悪評も収まっていないんですし……あまり街中に出られるのは」


「……休憩中に何をしようと勝手だろう」


 休憩中にまで警邏してたのか……!?

 何という仕事人間。素晴らしいことのはずなのだが、アルスと話す傍の騎士の顔色は良くない。

 それに、マリーとの件って何のことだろう?


「いくら貴方が聖騎士一位で、八重戦聖の一人とはいえ、評判が落ちれば降格もありえるんですよ。今この時代では、力よりも世間からの評価の方が大切なんです」


「…………」


 ……今、何と言った?

 僕が聖騎士第一位で、八重戦聖!?

 それってつまり、ディオネでは一番強くて、世界では少なくとも八番目以内には強いってことになるが……この年齢ではあり得ないだろ……。


 僕はそこまで戦闘の才能がある訳じゃない。いくら鍛錬を積んだからといって、八重戦聖になるなんて……無理がある。

 きっと、この《Xuge》は僕の正しい未来じゃない。あからさまなフェイクの未来だ。この未来を選んで解答しないように気を付けよう。


「……報告、報告です! ケルキュ雪原に天災級の覇竜、他竜種が十体以上出現! おそらく五大魔元帥『魔王』の手によるものかと思われます! 聖騎士の方は、至急応援を!」


 その時、部屋の扉が開かれ、火急の報告が入った。

 覇竜。

 竜種の中でもきわめて強く、頂点に位置する種だ。天災の名を冠するだけのことはあり、被害は甚大なものになるに違いない。


「……『魔王』本体は居るのか?」


「いえ、本体は確認できていませんが……応援が必要です!」


 アルスは書類を確認しながら、飛び込んで来た騎士に問う。


「たしか、ケルキュには聖騎士のジルが居た筈だ。『魔王』本体が来ていないなら、彼女に任せておけば大丈夫だろう?」


「いえ、ジル様も倒れてしまいました! アルス様、応援を!」


「は……? 聖騎士が、覇竜如きに破れるだって……? 恥をかかせるような真似はやめて欲しいな……民を守れなかったらどうするんだ? おい、行くぞ」


 いやいや、覇竜如きって……天災級の魔物は聖騎士でも複数人じゃないと倒せないだろ。

 アルスは剣……ではなく、傍に立てかけてあった槍を持って出て行く。なんで槍なんだろう? 一応、腰に父が持っていたホワイト家の騎士剣も下げているみたいだけど。


 僕も慌てて彼を追い、同じ車に乗り込む。

 彼は露骨に苛立ちながら、されど極めて冷静に、席に腰を下ろしていた。




 ケルキュ雪原は、地獄のような有様だった。

 天を覆う程の大きさの覇竜が咆哮し、それに呼応するように他の火竜や邪竜が唸る。竜種は魔物ではないが、どうやら魔王の権能に操られて狂暴化しているみたいだ。


 雪原を真っ赤に染めているのは、人間の血だろう。その上に吹雪が雪化粧を被せ、赤色を白に再び染め上げていく。

 騎士は己の身を投げ打ち死に、民は逃げ惑っては竜に食い殺される。あまりに残酷で、あまりに凄惨な地獄に、一人の人間が到着した。


「うげ……これはヤバいですね。アルスさん、他の聖騎士の応援も呼びましょう」


「何故だ……何故……」


「……アルスさん?」


 運転して来た騎士の話を、アルスは聞いていないようだった。

 譫言のように、何かを呟いている。


「何故、民を守れない……!? 騎士ともあろうものが、聖騎士までもが居ながら、何故!? こんな雑魚供に、遅れを取るなど……! 僕は許さない!」


 取り乱したように喚き散らしながら、彼は戦場へと進んで行った。

 傍らの騎士たちは慌ててそれを追うが、竜が跋扈する戦場に突っ込んでいける騎士は居なかった。

 僕はアルスについて行き、この状況をどう打開するのかを間近で見ようとする。


「……我が身に宿れ、『不敗の王』」


 ──闘気。殺気。戦意。渇望。

 その全てに、僕は包まれていた。あのアルスから放たれる『気』が、その戦場を支配していたのだ。

 ……強い。絶対に超えられない壁のようなものを、僕は未来の自分の可能性に見てしまった。これは、人の領域にない。神をも凌駕し得る……得体の知れない何かだ。


 彼は槍を構え、その気を槍に宿す。


「不敗、絶対、完全、最強。力は我にあり──『穿魔の鬼』」


 そして、一突き。

 覇竜に向かって、槍を一穿した。気が絶対的な力を伴って、覇竜を貫く。同時、迸った閃光が周囲の竜達を薙ぐ。吹雪の中、竜種の血が雨のように飛び散り、人間よりも多くの血で雪原を染め上げた。

 一撃で、彼は全ての敵を絶命させたのだ。


「……終わったか。おい、帰るよ。後始末はジルにさせておけ」


「は、はっ!」


 絶命を確認したアルスは、即座に踵を返し車に乗り込む。


 僕は呆然として、血だまりの雪原から動く事はできなかった。

 そうしている内に、この精神世界は崩壊していった。



 

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