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共鳴アヴェンジホワイト  作者: 朝露ココア
15章 ココロガタリ
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78. 春永Ⅰ

 これはまだ、盤上世界(アテルトキア)が始まる前のお話。

 旧世界は七人の管理者に管理されていた。無数の世界を侵略し、次々と肥大化し、そして滅んだ。私……ノアもまた、旧世界の住人の一人だったのだ。

 私がただ一人の人間から、新世界の調停者となるまで。その筋書きを。


 ~・~・~


「先生、お久しぶりです。今日も遅刻ですか」


 オフィスに入るや否や、助手研究員から文句を言われる私。清潔な白い壁の傍にあるヒールサーバに手を翳しながら、外気に触れて低下した体温を取り戻す。

 私は後ろで纏めた黒髪を揺らしながら、彼女の向かい側に座った。


「重役出勤というのです。星艦が遅れていましたから、早起きしても遅刻していましたけどね。天才たる私は動力機関の故障さえも予測して遅く起きたのです」


「はあ……どうでもいいですが。昨日は管理者番号二が文句を言いに来ましたよ。進捗を報告しないのはナンセンスだと。先生がいないのに私が答えられる訳ないじゃないですか」


 呆れたように溜息をつく助手からデータを受け取り、私は文字列に目を通す。『医療』を管轄する二番の管理者からの命令だ。進捗を報告するようにとの旨と、嫌味がついでに書かれている。


 私は今、次元観測の研究員をしている。それなりの地位にあり、寿命もそこそこ長い。普通の役職がない人に定められた寿命は二十年。短すぎると思うが、世界全体の資源が枯渇しているので致し方なし。

 元々私は医師のような仕事に就いていたのだが、故あって父が亡くなってしまった。そこで父の研究を常日頃から手伝っていた……いや、手伝わされた私が後継に選ばれたのだ。ちなみに父は八番目の管理者と呼ばれていた。


「……まあ、適当に報告しといてください。どうせ二番は専門外の領域のことなんて分かりませんよ。後継者の私でさえ父の遺産は解析できていないのですから」


「またそれですか。いい加減にしないとクビになりますよ」


「クビになれるのなら願ったり叶ったりですけどね」


 別に私は、次元観測の仕事をやりたくてやっている訳じゃない。私以外に父の遺産の概論を理解できる者がいなかったから、半ば強制的に役割を与えて生かされているだけだ。

 もっとも、その私でさえも複雑怪奇な論理を理解し切っている訳ではなく。父が死の直前に研究していた『因果律操作』を解析するには何十年と時間がかかりそうだ。


 なんとか二項対立的な因果の存在を観測し終えたところだ。

 ChaosとOrderとして二つの因果を仮定し、現在は星の数ほどもある結果──エフェクトを分析中。終わる気がしない。


「そういえば……先生、知っていますか? 『新世界創世プログラム』において、LFさんの遺産を使おうという案があるらしいですよ」」


 LFというのは私の父のことだ。旧管理者番号八。

 ……正気だろうか。まだまだ解析が進んでいない因果律操作を使うなんて、愚の骨頂だ。でも管理者の方々は頭のおかしい人が多いから、あり得そうな話だ。

 まあどうなろうが私には関係ないけど。資源の枯渇が続いて管理者たちも焦っているのだろう。さっさと新しい世界を創造して、植民地と資源の回収先を確保しなければならない。


「発案者は何番で?」


「管理者番号三。『経済』の管理者様ですね」


「ああ、やっぱり……」


 だいたい資源回収を急ぐのは『経済』を管轄する三番か、もしくは『生物』を管轄する六番。逆に『資源』そのものを管轄する一番は、そこまで新世界の創世に肯定的ではない。理由は分からないけれど。

 管理者たちは争うか、争わないかの白線の淵でやり取りをしている。誰かが他の管轄に一歩でも踏み込めば、即座に撃鉄が起こるだろう。争いが起こらない理由は、世界全体が緩やかに破滅へ向かっており、内輪揉めなどしている余裕がないからだ。


 とかく、『新世界創世プログラム』において父の遺産が使われることはほとんど決まってしまったようだ。何も問題がないといいんだけど。


 ~・~・~


「ごきげんよう。準八番」


 ある日、研究室にブラックホールが突っ込んできた。ブラックホールというのは比喩で、彼はちゃんと人権を持つ生命体……黒い渦のような見た目をしている。一番の管理者だ。世界中の『資源』を管轄する人。

 八番の後継である私は、管理者たちからは準八番と呼ばれている。


「管理者番号一。何かご用ですか?」


「ああ、知っているだろうか。やがて新世界が創造され、資源の回収先が確立されることを。無知蒙昧たる彼の管理者たちには分かるまい。新たなる世界を夢むことが、かえって彼らの首を絞めてしまうことを……! 純然たる目前の利益にしか唾を垂れ流さず、なんと愚かしいことか……」


 相変わらず小説家のような、戯曲家のような語り口調がめんどくさい人だ。小説も戯曲もとうの昔に滅んだ文化だけど。

 しかし、彼の言いたいことは分かる、どう計算しても新世界を創造するコストが、新世界で回収する資源の総コストを上回っているのだ。たしかに創世した直後は莫大な利益が出るだろうが、やがて新世界の資源も枯渇して、維持費も必要になって……結果的には赤字。

 まるで焼畑農業なのだ。こうして赤字の生産を繰り返しては、なんとか生き延びようとする管理者たちを一番は馬鹿にしているのだろう。


「それで……何か目的があって来たのでは?」


「おお、そう。聡い子だ。朕とて命は惜しく、争いは望まぬもの。故に他の管理者たちに従わざるを得ない苦悶……! さあ、ご照覧あれ。これこそが『新世界創造プログラム』の梗概である」


 彼は渦の中からデータを吐き出し、私のデバイスに送り込んだ。

 データに記されていたのは、要求される機構、そして利用する父の遺産だった。


「なになに……創世機構と、創世機構にあてはめる心プログラム。そして壊世機構。両機構の器となるに最適な素体を見つけ出し、収容すること。そして両機構にLFの遺産の因果を適用する試行を行うこと。……めんどくさいですね。研究費はかなりかかりますよ」


「そう、そうなのだ……! 朕は声高らかに主張した、『結果的に相当数の資源が必要になり、やるだけ無駄である』と。しかし彼らは聞く耳を持たぬ。もしかしたら遺産が素晴らしい効果を引き出し、莫大な利を得ることができるやもしれぬ、と。そう申し開き、聞き入れぬ」


「まあ、言う通りにやってみましょうか。責任は発案者に押し付けてしまいましょう」


 この時、私はまだ知らなかった。

 父の遺産に、目覚めさせてはいけないものが眠っていることを。

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