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共鳴アヴェンジホワイト  作者: 朝露ココア
15章 ココロガタリ
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75. 地真実灰を捨て置いてⅠ

 あー……ぼくでーす。セティアでし。

 ぼくは今、真っ白い虚無な空間にいます。創世から百年近く経った。

 創世時に本当はアテルにくっついてさ、この虚無の空間から出て行くつもりだったんだよ。でも気付いたらアテルとルミナが出て行ってて、ボクはこの『愚者の空』に閉じ込められてました。


 で、愚者の空は創世の際にできたバグ……いや、どちらかといえばデバックルームかな?

 そんな場所なので、普通に盤上世界(アテルトキア)と行き交いはできないんだよね。つまり何が言いたいかって言うと……出れねえんだよクソが。

 ぼくは傍に居る黒髪の少女に猫なで声で語り掛ける。


「ねえノア。ここからだーしーて♡」


「できません。世界(アテルトキア)に接続できるのは、私が役割を果たす時だけ。それに私以外は行き来できないようにルールが設けられていますから。次にセティアが出れるのは……混沌か秩序、どちらかの勢力が全滅した時でしょうね」


「それって何日後?」


「数千、或いは数万年後です」


 はー……ほんま。いくらかわいい女の子のノアちゃんが傍にいるとは言え、数千年も耐えるなんて無理だよね。

 どうにかしてこの空間をぶち破れないものか。


「というかノアはずっと引き籠ってて退屈じゃない?」


「まあ、ここに滞在するのが役目ですので。多少は」


「世界の観察なんて二十年で飽きちゃったよ。ぼくは外に出たいんだよ出たい出たい出たいあー出たい」


「うるさいですね……早く寝てください」


 まあ、寝てれば時間は過ぎていくはずだよね。

 よし、不貞寝しようか。


 ~・~・~


 おはよう。今日もいい虚無。

 創世より千年。人理がけっこう発展してきたみたい。人間が鉄器を持って魔物と戦っている。

 ああ、愚者の空から見る景色の断片は今日も美しい。ぼくには触れられない幻……


 何もない空間を漂いながら、ぼくは自分という存在について考えていた。

 ここからは少し真面目な思考に移ろうか。自己存在の思考について。

 『どうして自分は生きているのか、何のために存在しているのか』……こんなあほくさい思想をする人はたくさんいるだろう。


「ぼくの目的は、アテルとの融合。それがぼくの存在価値」


 もしもアテルとぼくが一つに……セティアナガテルトキルアになったら、ぼくの人格はどうなるのだろう。そのまま据え置き?

 自分で言うのもなんだけど、こんな性格の創世主は嫌だ。でもルミナという害悪的な性格の壊世主がいるからなあ……何とも言えない。


 そしてもう一つ、世界を時折眺める間に。心配になることがあった。

 レーシャ・ナーレ・エイルケア・ブラック。アテルの器となった人間の少女だ。ルミナの器となった少年は、壊世主の心に人格を支配されて消失した。

 でもアテルには心がないから、レーシャの人格はまだ消されていない。ぼくがアテルと融合したら、レーシャは消えてしまうのではないだろうか。別に彼女とぼくは面識はないけど、旧世界の存在であるという共通点があって、流石に考えてしまう。

 でも、最終的にぼくはアテルとの融合を望んでしまうだろう。


「えごいずむ」


 ──利己主義。それがぼくの心の核だ。

 レーシャがどうなろうと、アテルと融合して世界がどうなろうと、与り知るところではない。結局のところ、ぼくはぼくのために動きたいんだ。

 だって、いつまでもいつまでもこんな虚無に満ちた空間に閉じ込められているのは嫌だから。自らを終わらせるために。ぼくは心を創世に差し出すのだ。


 たぶん、アテルに心が宿れば世界は崩壊してしまう。

 だって、延々と世界を盤面とした遊戯をしているのもつまらない。きっとルミナから誘われてゲームを放棄するに違いない。そして世界を放棄し、次なる世界への種を撒くのだ。

 植物が種を残し、朽ち果てていくかのように。世界も同じように朽ちていく。


 誰もが、創世主に連なる者でさえも……終わりを望んでいる。悠久を過酷な盤上世界で生きるのは苦痛に他ならない。全ての咎は、この新世界を創った旧世界の管理者たちにある。

 でも、彼らはもういない。彼らを吹っ飛ばして鬱憤を晴らす事も許されず。


 自己の存在意義について考えながら、ふらふらと歩いていると……虚空からノアが飛び出した。


「セティア、ここに居ましたか」


「あ、ノア。こんちは」


 この空間には空間という概念がない。どこへ行ってもノアに遭遇するし、どれだけ遠くへ行っても距離は生じない。


「ねえノア。自分の存在を終わらせたいと思ったことはない?」


 ぼくの唐突すぎて剛速球な質問に、彼女は少したじろいだ。

 だって気になったんだもん。彼女は愚者の空で何の苦痛もなさそうに過ごしている。どうやったらそこまで強靭なメンタルが備わるのか。辛くないのかな。


「うーん……複雑ですね。私がもしも調停者としての役目を放棄して、存在を消失させれば、きっと世界(アテルトキア)は酷いことになりますよ。背負うものの大きさを考えたら、私は消えるなんて選択肢は取れません」


 うん、そこがぼくとの違いだ。彼女はぼくと違って他の人のことを想って行動できるんだ。

 時間の感じ方は生命体によって異なる。創世主や壊世主、ノアのような調停者は数千年が一瞬で過ぎ去るのかもしれない。ぼくだって眠っていればすぐに時間は過ぎ去る。でも、問題は体感時間の長さじゃない。


 ぼくを苛むのは、終わりの見えない苦痛だ。ずっと愚者の空に幽閉されたままという恐怖。

 誰にも触れられず、誰とも心を交わせない虚無の空間。そんな場所で、ノアは世界に生きる人々のことを想える。ゲームの中のNPCを想うくらい、ぼくには難しいことだ。


「きっとセティアは、自分をパーツのままとして考えてるんでしょうね」


「え?」


「あなたはアテルの心のパーツとして設計されました。しかし、今や創世主プログラムの成否を判断する管理者たちはいません。そして、きっとアテルもあなたと一つになることを望まないのではないでしょうか」


 どうして、そんなことが言えるのだろう。

 アテルには心がない。予め適合が許されたぼくと融合を求められれば、機械的に了承するに違いない。まるでノアは……アテルに心があるかのように語るのだ。


「もう旧世界の法則に縛られる必要はない。私たちや創世主、壊世主に設計されたプログラムなんて過去の遺物です。ルミナだってそれに気付いているようです。あなたも自分を心のプログラムではなく、一人の命として捉えてみてはいかがでしょうか」


 ──分からん。

 ぼくの心はつくりもの。そも、心とは何なのか。

 生命が生じさせる欲求のプログラムを心と呼ぶ。でも、ノアは『心』という言葉を別の意味で使っている気がしてならない。


 難しいな、難しいね。

 もう考えるのはやめにしようかな。

 でも、もう少しだけ考えてみようかな。

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