74. 創世記Ⅱ
──灰に染まる。
世界は はじめ 灰の海であった。
二つの 意志が 灰の海に舞い降りた。
片方の意志は 言った、『神を創り それらが息衝く場所を 創る』。
片方の意志は 言った、『厄を創り 汝の箱庭を 滅ぼす』。
神々を創った 混沌の神は この世の全てを 形にした。
災厄を創った 秩序の神は この世の全ての 滅びの刻限を 定めた。
神々は命を創り 地を耕し 海を広げ 天を青く染める。
災厄は 終わりを創り 繁栄した摂理を 滅ぼそうとする。
決して 交わらぬ 混沌と 秩序は 永遠に争い続ける。
~・~・~
『新世界創造プログラムが実行されました。
管理者が不在です。プログラムの実行を中断しますか?』
「ノー! 管理者はみんないなくなったのさ!」
虚無の空間に、黒い化け物の声が木霊する。
彼の名はゼーレルミナスクスフィス。秩序の壊世主を任じられたプログラムである。
「ルミナ、うるさい。叫ばないでよ」
彼に苦言を呈したのは、水色の透明な球体。混沌の創世主アテルトキアの感情プログラムとして製作された、別パーツのセティナガルである。
セティナガルの背後で動かずに鎮座するは、創世主アテルトキア。アテルは感情を排除されているため、心の別パーツであるセティアが代弁している。
「しかし、しかしだ! あんな無様な最期があるだろうか!? 前世界の管理者供は我らプログラムを創った者の遺産により、爆発四散したのだ! 広大な世界もろともな! よもや因果律の操作に不完全の代名詞とも言える『情意』が必要だとは思うまい! クハハハハッ!」
詳しい事情はルミナやセティア達にも分からないが、彼らを創った旧世界は滅んでしまったらしい。どうやらアテルトキア作成プログラムにおいて使われた、八番の管理者の遺産……『因果律の操作』が旧世界を滅ぼしたようだ。世界を巻き込む自爆機構が作動したという。
つまり、アテルとルミナは本当にゼロから世界を創っていくということになる。
「はいはい。早く世界を創ってくださいね」
そんな彼らを見守る……のではなく、監視する少女が一人。
彼女の名はノア。創世主と壊世主が不正をしないように監視する機構である。そして、彼女の傍には二人の人間が眠っている。
創世主と壊世主の器になる予定の人間体だ。
片方の少女をレーシャ、片方の少年をイージャという。イージャはルミナの心に侵食され、元来の人格を失うであろう。また、レーシャはアテルに心が存在しないため、セティアがアテルと融合しない限り、元来の人格を失わないと思われる。
「世界を創るのは我が身の役割ではない。さあ、セティアナガテルトキルアよ、世界を創れ」
「……了。これより、規定プログラムに即し、神族を生成する」
アテルは創世主の力を行使し、魂をいくつも生み出した。
これらの魂が神族となり、世界を創っていくことだろう。そして災厄に倒され、命を落としていく神族も数多く現れることになる。
淡々と魂を創っていくアテルの様子を見つつ、セティアがノアに尋ねる。
「ねえノア。創世主から心を排除するのは分かったけどさ……何を基準にその施策を失敗とするのかな?
ボクが何を契機にアテルと融合すればいいのか……よく分からないよ?」
「それは私も聞かされていません。そもそも創世主から感情を排する施策に関して、成功と失敗を判断する管理者が全滅したのですから、基準なんて存在しないも同然です。アテルとセティアが互いに合意すれば融合ということでよろしいのでは?」
「そっかあ……アテルもそれでいい?」
「……了」
アテルはセティアの問いかけに短く返事し、神族の創造を続ける。
ルミナは創世の様子を、退屈そうに眺めていた。
~・~・~
──ところで。『創世記』の途中で独りガタリをさせてはくれないか。
ああ、我だ。ルミナだ。
時にお前は、この創世記を見てどう思う?
退屈だとは思わなかったか?
……そうか。まあ、お前の意見などどうでも良いのだが。
我にはとても、そりゃあもう、欠伸が出て目玉が腐り落ちるくらい、この創世が退屈だった。感情のない人形が、更に人形を創って箱庭遊びをしているのだからな。
我はアテルを軽蔑している。あの感情すらない傀儡をどうしたものか。
セティアと融合してくれればマシに……少なくとも張り合える程度の相手にはなるだろうが。ノアはアテルにも心があるという。しかし、どうしても我には理解できぬのだ。
お前はどう思う?
これまでのアテルを見てきて、あの傀儡には心があると思うか?
……なるほど。まあ、やはりお前の意見などどうでも良いのだが。
心があるからこそ戦争ゲームは面白い。相手との読み合い、煽り合い。これが神髄ではないか?
いつまでも無機質な人工知能と対局している気分だよ。適当に不正をしてやれば、アテルなど簡単に出し抜けるものを……ノアの監視があるせいで碌に不正もできない。
延々と、つまらぬ対局を強いられているのだ。
この拷問はいつ終わる?
我が身には心があるのだ、こんな苦悶に耐えられぬ。ああ、耐えられぬ。世界を盤面として、いつまでも生物に苦悶を強いて。こんな残酷な因果の運びが何になろう? ひたすらに世界を回して回して、最終的に何を生み出す? 最後に待つのは虚無だけだ。そもそもの話、『世界が存在する』ということ自体間違っているのだ。最終的には全てが虚無へ還るのだからな。
──同情してくれないか。たしかに我はATを唆し、不正を働いた。
しかし、我が身の不遇を考えれば仕方ないことだと……そう思わないか?
……そうか。まあ、再三お前の意見などどうでもいいのだが。
まあ、ここらで『創世記』は終わりにしようじゃないか。いつまでもつまらぬ話を読ませても仕方あるまい?
という訳で、次回からは『地真実灰を捨て置いて』をご覧に入れよう。
セティアが主人公の物語だな。我もあやつの独白には割と興味がある。
さあ、勝利を祈っているぞ……救世者?




