73. 創世記Ⅰ
ある追憶の者が刻む、世界の破片。
アテルトキア創世より、前時代の出来事。
滅びゆく世界──数多の創世主を破壊し、世界を取り込み、次元を貫き、肥大化し続ける世界。
完全な管理の下で、七人の管理者は世界を維持しようと躍起になっていた。
~・~・~
「これより、新世界創世における議事を行う」
七つの意思が集っていた。直接顔を合わせている訳ではなく、簡潔に意思を伝え合うプログラム内での議事である。
今回取り上げられた議事は、『新世界創世プログラム』。枯渇していく資源、広がる病。高度に発展し過ぎた文明の中で、新たなる世界を創造することにより、窮乏からの脱出を図る。後の盤上世界誕生につながる議事である。
七人の世界の管理者は、新世界の創造にあたって意見を交える場を設立。
「意見のある者は述べよ」
「はーい。俺が新しい大地区の素案を考えてきたよ」
「三番。説明を」
ホログラム越しに、一人の男が朗らかに声を上げる。
彼は人間の姿を有しておらず、無機物の多面体のような容姿をしている。この超文明の世界において、もはや容姿など勘案するに値しない。
「まずね、戦争ゲームをモチーフにした大地区を作ろうと思うんだよね。二つの勢力に分かれて、どちらかが死滅するまで戦い合うんだ」
三番と呼ばれた彼の提案に、女性の声帯を持つ管理者が反応する。
「あら。それは勇者と魔王とか、天使と悪魔が戦うような一般的な大地区とは何が違うの?」
「指揮官がいるのさ。互いの勢力の因果律を操る者をプレイヤーとして、本当のゲームのように争ってもらおうと思う。たしか死んだ八番……次元の管理者が因果律の操縦を研究してたろ? 試行的に実験してみるのも兼ねてさ」
「ああ、LFちゃんの形見ね? たしかに、新しい技術を試す場として悪くないかもしれないわ。でも単純に争わせるだけじゃつまらないと思うの。ねえ、何かいいアイデアはない? 四番ちゃん?」
女性に呼ばれた四番は、機械的な音声で応答する。
「ええと。面白さに加味されるものかどうか、存じ上げません。が。プレイヤーとは、何を指し示すのか。説明をお願い致します。三番」
「ああ、創世主を片方のプレイヤーにしようと思ったんだけど……もう片方を誰にしようかなって。そこで考えたのさ。創世があるのなら、壊世という概念があったっていい。だから斬新な機構……『壊世主』というプログラムを提案する! まあ仔細な設計は後々やるとして……創世主が世界の庇護意志、壊世主が世界の壊滅意志にしようと思うんだ」
「なるほど。そこに、一工夫を加えればいいと。では。情意プログラムを排するという提案をさせていただきます」
「ほう……続けよ」
四番の提案に、進行を務めていた七番が興味深そうに声を上げる。
感情の機微に乏しい管理者たちは、黙々と議事を進めていった。
「知っての通り。情意は崩壊を発生させます。不要な情意によって治安は悪化すると研究は示しています。管理八番の前任者も解析不能な情意によって死亡しました。故に。プレイヤーと想定される二機構から感情を排す。ことを提案させていただきます」
四番の話を誰もが聞き入っていた。
感情を排することは、究極的な永続へと接続される。今後のことを考えても、恒久的な資源の回収が望める世界を生み出すことは急務だった。誰もが四番の意見に賛同するかと思われたが……
「……ナンセンスだな」
超音波が響く。管理者たちは明確に超音波が意図するところを聞き分けていた。
音の主は、医療を管理する二番の管理者だった。
「ナンセンスだ。いいか、情動は時にクスリになる。たとえ無心による恒久性が望めたとしても、大地区の資源は徐々に摩耗していく。逆に情動さえあれば、それなりの世界的自己修復が望める。これまでの論を参照せよ。無機管理地区よりも、有機管理地区の方が修復効果は高く、けが人の数も少ない。完璧な統制が為されているはずの無機管理地区でのけが人が、有機管理地区よりも多いのは何故だ?」
「それはアレでしょ。生物の情動が無機に危害を加えようとしたからじゃないかしら?」
「生命の情動による反動は前提として話をしているのだ。私が議題としているのは、生命意志による相互扶助。無から有を生み出す可能性、漸減利益を是正する可能性が相互情動には存在し得る。生命保持、及び生命資源のリソース確保を考えるのならば、情意を排除するプログラムは好ましくないと結論付けられる。故に私は新たな大地区のプレイヤープログラムには情意を備え付けるべきだと断言する」
まくし立てるように二番の管理者が言い放つ。他の管理者は彼の言葉をうんざりするように聞いていたが、内容は厳密に吟味していた。
「二番の言も一理ある。まずは感情の有無が齎す損益と、亡き八番の遺産の活用に焦点を当てて議事を進行する。では……」
~・~・~
結論が出た。
新世界の名は、盤上世界。
創世主と壊世主という、相反する因果の繰手を設計。創世主側には心を設計せず、壊世主側には心を設計するという運びになった。
この結論に対して、盤上世界を提案した三番が疑問を投げかける。
「でもさ、大地区の創造……『新世界創世プログラム』のコストは馬鹿にならない。万が一、情意の排斥による影響が大きくなりすぎて、新世界が使い物にならなかったら……廃棄か?」
進行を務めていた七番が彼の疑問に答える。
「いや、廃棄については対応策を考えてある。創世主側が情意を排することでまともに機能しなくなった場合……感情のスペアを使う。予め創世主に適する感情プログラムを設計しておき、必要だと判断すれば埋め込めば良い。問題は因果律の操作が成功するかどうかだな」
かつては八人存在した管理者が、一人死して今は七人。
亡き八番の管理者の技術を使いこなし、新世界を創造する。困窮する世界を救う為、管理者たちは各々がアテルトキアを創造するべく動き出した。




