60. 英雄の絆
イージアとラウアはルフィア王国へ出立するべく、世界鉄道を待っていた。
空を飛んで楽園へ向かう道筋も考慮したが、スフィルとオズが同行することを思い出し、陸路での行程を決めた。
「おーい、『鳴帝』様!」
自分を呼ぶ声にイージアは振り向く。
黒髪の少年と、水髪の少女が立っていた。
「お待たせしました! こっからルフィアまで行くんすよね?」
「ああ。もう乗っても大丈夫か?」
「はい。スフィルもさんざん悩んだ挙句、『鳴帝』様を信じてみることに決めたみたいですよ」
「……オズ、余計なことは言わないで。早く行きましょう」
スフィルは少し気恥ずかしそうな顔をして、足早に列車へ乗り込んだ。
かつての妹にどこか似ているな……そうイージアは思いつつ、彼女に続いた。
~・~・~
列車の車窓からイージアはぼんやりと景色を眺める。
この安息世界でも世界の造りは変わらない。むしろ今は盤上世界の方が異常な光景に染まってしまっているのだった。
ここが架空の世界ということは分かっている。それでも安息世界に息衝く生命は、心を持ち……元の世界と何ら変わらない暮らしを送っている。魔物や災厄による脅威がない以上、元の世界よりも幸福な暮らしなのかもしれない。
そんな安寧を破壊する自分はまさしく災厄。真実を告げたとて、この世界に残りたいと主張する者も多く存在することだろう。
(しかし……認めたくはない)
ATの手によって造られた理想郷、護られた世界。
創世主や壊世主の存在を知らない人々にとって、どちらの世界もそこまで変わらない。この安息世界というのも、一つの世界の在り方。世界を回帰させたいというのは、彼の傲慢だ。誰かを不幸にする選択だ。
彼はただ、魂を生まれた場所へと還したい。魂が生きるべき故郷の世界を取り戻す。そこが混沌と秩序の相克によって生み出される、残酷が満ちた世界でも。
「よう、『鳴帝』様。お茶でもどうです?」
「黒天か。その鳴帝様というのはやめて、イージアと呼んでくれ。どうにも背中が痒くなる呼び方だ」
「んじゃ、イージアさん。俺のこともオズって呼んでくださいよ。英雄呼ばわりされるのは……嫌いじゃないけど、俺の器じゃない」
オズは茶を啜りながら、何とも言えない表情で外を眺めた。
イージアには疑問があった。彼の知る歴史には、四英雄の『黒天』はマーキス・ティズと伝承されている。オズという名前は知らない。そして『黒天』の神能も詳細は不明。
好奇心の塊をぶつけてみたいと思う彼だったが、少し控え目に質問を投げかけた。
「そういえば、オズの神能はどんな能力なんだ?」
「俺の神能は【幸招】です。ざっくり言うと、周囲の事象を自在に操って攻撃を当てたり、回避したり。望み通りに色んなものを歪曲させるんです。他の三人と比べて、ちょっと地味で攻撃的じゃない能力だと思いません?」
「そうか? 聞いた限りでは一番強力な神能だと思うが……」
もしかしたら、神能最強と謳われる【嵐纏】よりも有能な神能かもしれない。伝承に『黒天』の神能が存在しない理由は分かった。
彼の神能は目視できないので伝承されなかったのだろう。内容も抽象的で、使い手であるオズ以外には理解できそうにない。
「では……マーキス・ティズという人物について心当たりは?」
「まーきす? 知らないっすね。誰ですか?」
「いや……なんでもない。忘れてくれ」
もしかしたらイージアが干渉したことで歴史が変わってしまったのだろうか。
何とも言えない気持ちになる。極力歴史を変えまいと振舞ってきた彼だが、ついにはリンヴァルス神という存在になってしまった。新たな神を一つ生み出してしまったのだ。
未来のことを考えると、漫然とした不安が迫って来る。自分はこのまま生き続けるのか。
アルスという存在は未来において消滅するのだろうか。
(今考えても仕方ない……とりあえずは目先の問題を何とかしなければ)
この安息世界を回帰させてから考えるべきだ。
ラウンアクロードを倒したと思えば、ATの新世界創造。本当に盤上世界は過酷に満ちている。
「イージアさん。好きなお菓子ありますか? 買ってきますよ」
「ああ……何でもいい。無理に買って来なくてもいい」
「いや、イージアさんからは甘党の気配がするんですよね。俺も甘党だし、カシーネも甘党。そんじゃ、ちょっと行ってきます」
そう言ってオズは席を立って購買車両へ向かって行った。
元気な英雄だ。彼と入れ替わるように、スフィルがイージアの居る席を通りかかった。
「『霓天』よ。少し良いだろうか」
「はい、なんでしょうか。このお菓子は……オズのやつですね」
彼女は向かいに座り、机に置かれている包装紙に目を止めた。
菓子の種類を見ただけで誰か判別できるほど、彼らは仲が良いらしい。
「君の使う武器は剣なのか?」
「ええ、そうですが……なぜそのような質問を?」
イージアの武の源流でもあるスフィル・ホワイト。
彼女の物腰や容姿はマリーに似ているが、扱う武器はイージアと同じ剣。そこで聞いてみたいことが一つあった。
「君の秘奥技……『四葉秘剣』について尋ねてみたいと思ったんだ」
「『四葉秘剣』を? どうしてですか?」
「私も君と同じ四属性を扱えるのだが、参考にさせてもらいたいんだ」
イージアも父の戦闘映像から『四葉秘剣』を復元し、自己流で扱ってはいた。しかし本家本元のそれとは異なる技の可能性もある。
「なるほど。しかし、あの技を扱うにはかなりの鍛錬が必要です……と、こんなことをリンヴァルス神に言っても意味はないですね。私の拙劣な技でよろしければ解説します。まず、四属性の均衡について……」
~・~・~
やはりイージアの扱う『四葉秘剣』は、スフィルの扱うものといくぶんか違ったようだ。彼は自らの祖先から秘奥の解説を聞き終え、頭に叩き込む。
神族の非忘却の特質はこういう時に役に立つ。
「お、スフィルも来てるじゃねえか。お前の好きなクレープも買ってきて正解だったな」
「……ありがとうございます」
「イージアさんも好きなのどうぞ!」
オズは机に大量の菓子をばら撒き、どかりと席に座った。
イージアは一旦お茶を置いて立ち上がる。
「その前に、ラウアを呼んでくるよ」
「お、そうですね! バカ騒ぎは人数が多いほど楽しいってね! 一人だけ仲間外れは良くないですし」
列車にオズの快活な声が響く。
一人だけ仲間外れ。そんな彼の声を聞き、スフィルが少し俯いたことには誰も気が付かなかった。




